疑惑
フィナンシェによる二日間の街案内も終わり、今日から冒険者業再開だ。
とはいっても襲撃があるかもしれないことを考えると人目につかない場所には行きたくない。
フィナンシェと話し合った結果、人の目が多ければ敵もそうそう襲ってこれないだろうという考えのもと、しばらくは街中でこなせる依頼を受けることに決めた。
手持ちの金が少ないので街中での雑用依頼ばかりだと報酬的に少しきついが身の安全を考えたらそれも仕方ない。
先日の薬草採取依頼の報酬は高難度依頼だっただけあってとても多く、昨日まではしばらく働かずとも生活できるくらいの金を持っていたのにそのほとんどを使ってしまったのは俺だ。
生活が厳しくなったとしても自業自得というやつだろう。
昨日は初めて見る施設や道具が多くはしゃぎすぎてしまったからな。
特に映像関連の道具が高かった。
映像を記録する道具と記録した映像を見るための道具、音を記録する道具と記録した音を聞くための道具のセットだけで金貨二枚も使ってしまった。
昨日、宿に戻ってからフィナンシェに聞いたところ、金貨二枚もあれば働かずとも八十日間くらいは普通の生活を送れたらしい。
テッドの食費を考えるともう少し短くなるだろうがそれでも数十日分の生活費にはなったはずなのにそれを一気に使ってしまったことになる。
生まれてから一度も金貨なんて大金を持ったことがなかったこと、フィナンシェに頼りきりだったせいでこの世界の物価を知らなかったこと、一度の依頼達成で手に入るくらいの報酬だからそこまで大した額じゃないと思い込んでしまっていたことから、金貨の価値をよくわかっていなかった。
金貨二枚でそれだけ生活できるのであればまずはしっかりと依頼をこなし、手持ちの金がある程度貯まってから映像関連の道具に手を出すべきだった。
「失敗したなぁ」
そうは言ってもやってしまったことをなかったことにはできない。
だから今も金を稼ぐために依頼を受けている最中なんだが……
「おい、トール! お前、俺様の子分になれ!」
「コラ、子分とか言っちゃダメだろ。トールさんに謝れ!」
「おねーちゃ、あそぼー」
今、俺の目の前には三人の子どもがいる。
生意気な次男、しっかりした長男、まだ舌足らずな長女だ。
それぞれ年は七才、十才、三才。
今日の朝から夕方までこの三人の世話をするというのが今回の依頼内容だ。
依頼人はこの街でも有数の商家の主人。
普段、子どもたちの世話をしてくれている人が病気にかかってしまったため急遽依頼を出し、それを俺たちが受けた。
子どもの世話等の依頼は万が一があってはいけないためギルドから信用されている冒険者にしか回ってこないらしい。
俺たちがこの依頼を受けられたのはフィナンシェの日頃の行いがよかったからだ。
討伐依頼や採取依頼と違い、誰にでも任せられるという依頼ではないためそのぶん報酬も多いので、今の俺にとってはかなり嬉しい依頼である。
この家に来てまずやったことは子供たちの担当決めだ。
長女の世話はフィナンシェがすることになっているから俺の担当は長男と次男。
長男の方は全く手がかからないから楽だ。
次男の方も少々やんちゃだが問題ない。
孤児院にいたときはもっとたくさんのチビ達の世話をしていた。何人かやんちゃな奴もいたからそれに比べたらこんなチビ一人の世話なんか楽勝だ。
子分になる気なんてさらさらないがその言葉、利用させてもらおう。
「俺を子分にしてみたかったらこの問題を解いてみろ!」
そう言って俺は三枚の紙を次男の鼻先に突き出す。
この三枚の紙には算術の問題や次男が覚えておくべき知識が書かれているらしい。
今回の依頼書には次男に勉強をさせられたら追加報酬を出すと書かれている。
そしてこの三枚の紙が今日の次男の勉強分だ。
少しでも金が欲しい今、次男にはぜひとも勉強をしてもらいたい。
「ふん、やだね。誰が勉強なんてするもんか」
なるほど。勉強をさせられたら追加報酬を出すと書かれるわけだ。
そんな紙なんて見るのも嫌だというように背を向けられてしまった。
かなりの勉強嫌いみたいだ。
「わかった。お前、勉強が苦手なんだろ」
「だったらなんだ。俺が勉強苦手でもトールには関係ないだろ」
「なんだ、俺を子分にしたいってのは本気じゃなかったのか。まぁお前みたいな子どもにはこの問題は難しいかもな」
この世界の文字なんて読めないから何が書かれているのかわからないがとりあえずそう言っておく。
これで「そんなことない! このくらいの問題楽勝だ!」とか言ってくれれば楽なんだが、多分そうはならないだろう。
「俺のことをバカにしてもムダだぞ。俺はやらないって言ったら絶対にやらないんだ」
まぁ、そうなるよな。
この程度の言葉に反抗して勉強を始めてくれるようなやつなら勉強させられたら追加報酬なんて条件わざわざ出されない。
それにしても、長男はもうとっくに今日の分の勉強を終わらせたうえに今もおとなしく本を読んでいるというのに兄弟でどうしてこうも違うのだろうか。
フィナンシェの方を見ると長女と手をつないで楽しそうにおしゃべりしている。
本当に、なんでこいつだけ生意気に育っているんだろうか。
「バカになんてしてないぞ。お前くらいの年齢の奴が解くには少し難しいんじゃないかって思っただけだ。むしろこんな問題を出してもらえるくらい勉強が進んでるなんてすごいなと感心していたくらいだ」
「褒めてもダメだぞ。やらないって言っただろ」
「そうか。じゃあこの話はもうやめよう」
なんかめんどくさくなったし勉強はさせなくてもいいか。
これが孤児院のチビ達相手ならもっといろんな手をつかって勉強させるんだが、こいつの場合は俺が勉強させなくてもこの家の誰かがそのうちなんとかするだろうしな。
追加報酬はもらえたらありがたいが、たとえ追加報酬がなくてもこの依頼を達成するだけで俺とフィナンシェの二日分の生活費は手に入る。
俺が面倒な思いをしてまで勉強をさせる必要はない。
「この話はもうやめるって、勉強しなくてもいいのかよ」
「ああ、いいぞ。俺も勉強は好きじゃなかったからな。気持ちはよくわかる」
「そうか、トールも勉強好きじゃないのか。お前バカそうだもんな!」
「なんだとこの野郎!」
「うわあ、トールが怒った。逃げろー!」
勉強は苦手だったし好きでもなかったが孤児院で教わったことのおかげで助かってるということもたくさんある。
こいつは商家の子どもだし俺が学んでいないようなこともこれからたくさん教えられるはずだ。
そうして教えられたことがいつの日かこいつの身を助けるということもあるだろう。
そうだ、こいつはこれからたくさんのことを学ぶことになる。今日くらいは勉強せずに遊びまわったっていいじゃないか。
そう自己弁護し、俺は次男との追いかけっこに興じた。
依頼は無事に終わった。
依頼人にも満足していただけたようで、しっかりと依頼書に依頼完了のサインをしてもらった。
あとは冒険者ギルドでこの依頼書と報酬を交換してもらうだけだ。
「あー楽しかった!」
夕方になるまで長女とずっとおしゃべりをしていたフィナンシェはいい笑顔で俺の横を歩いている。
しゃべり疲れたりはしていないみたいだ。朝よりも元気になっている気がする。
「はぁ~疲れた~」
俺は次男が思っていたよりも元気に動き回ったせいで予想以上に疲れてしまった。
孤児院のチビ達を相手にするよりかは楽だったが、チビ達のときは世話さえ終わればそのまま自分の部屋に戻り眠りにつくこともできた。
しかし、今回は世話が終わったあとも冒険者ギルドに行き報酬をもらったり襲撃を警戒しながら宿に戻ったりしなくてはいけないのをすっかり忘れていた。というか、そんなこと考えてすらいなかった。
依頼人の家から冒険者ギルドまで二十分、冒険者ギルドから宿まで十分くらい歩かなくてはいけない。
そのあいだずっと周囲に気を配らなくてはいけないし正直言ってすごく疲れる。
襲撃者の存在さえなければもっと気楽に外を歩けるのに。
そう、襲撃者だ。
依頼中は考えないようにしていたが、襲撃者の正体はやはりカルロスとケインかもしれない。
昨日、筋肉ダルマはケインが一人で俺たちの周りをうろついていたと言っていた。
カルロスの護衛であるはずのケインが一人だけで行動し、しかも俺たちのことを見ていたという話を聞く限り、この間の二人組の襲撃者の正体がカルロスとケインで、襲撃時にカルロスがカード化してしまってまだ戻していないからケインが一人だけで俺たちの様子を窺っていたという可能性が高いように思える。
もちろん、いくらケインがカルロスの親友で護衛だからといって常に二人一緒に行動しているわけではないだろう。
カルロスの護衛がケインだけとは限らないし、カルロスの護衛を他の者が務めていてケインが非番だったという可能性もある。
俺たちを見ていたという話も、たまたま俺たちが目に入ったタイミングを筋肉ダルマに目撃されただけかもしれない。
しかし、襲撃者のうち一人がカード化しているタイミングでケイン一人だけが姿を現したというのも事実だ。
カルロスとケインが襲撃者である可能性が高まった以上はケインを見かけたら警戒を高めた方がいい。
フィナンシェの話だとあと三日くらいは襲撃者の一人はカード化したままだろうという話だったから、もし今日か明日にでもカルロスの姿を見ることができれば二人が襲撃者じゃない可能性がぐんと高まるんだが。
「はい、こちら依頼報酬の銀貨十五枚です。お確かめください」
考え事をしていたらいつのまにか冒険者ギルドに着いていたようだ。
気が付いた時にはフィナンシェが依頼報酬を受け取っていた。
これであとは宿に戻るだけだな、と思っていたらテッドに念話で話しかけられた。
『おい、一人こちらをずっと見ているぞ』
《ケインか?》
『おそらくな。ギルド入口付近の顔を隠している男だ。感知できるぎりぎりの距離にいるからはっきりとはわからんが、体格と魔力があいつのものに似ている』
《そうか。フィナンシェにも伝えておく》
テッドとの会話を終えてからフィナンシェに小声で話しかける。
「フィナンシェ、テッドからケインが一人でこちらの様子を窺っている可能性があると言われた。注意してくれ」
「わかった。気をつける」
それから、警戒のレベルを上げて宿まで戻ったが襲撃はなかった。
やはり襲撃者はカルロスとケインで、カルロスがカードから戻るまでは襲撃はないんだろうか。
そう考えながらベッドの上で眠りについた。
ちなみに、今日の依頼報酬は追加報酬も含まれている。
次男との追いかけっこのあと、勉強したら俺の冒険譚を語ってやると言ったら驚くほど簡単に勉強を始めてくれた。
生意気なだけあってかっこいい冒険譚なんかに憧れがあったようだ。
しっかりと勉強してくれたので人魔界で有名な英雄譚を語ったらものすごく喜んでくれた。
思った以上にちょろかった次男の将来が少し心配になったが、そのおかげで追加報酬がもらえることになったのでラッキーという感じだ。
これで少なくともあと三日は今と同じレベルの生活ができる。
襲撃者のことは気になるが金も稼がないとどうしようもない。
明日も朝から依頼をこなしてしっかりお金を貯めないとな。
今日こそは24時までに執筆終わらせたいなぁ。