まさかの……
ラール、シール、ユール、ナール。
要塞都市を構成する四つの街のそばに大量に溢れ返っている有象無象の魔物たち。
各街の壁に張り付くかのように街周辺に留まっている魔物もいれば街のそばを素通りしてそのままどこかへ行こうとしている魔物もいる。
そしてそんな魔物たちと戦っているのは兵士や冒険者たち。
接近戦を得意とする者たちは街壁付近で焚かれている火の明かりを頼りに地上で魔物と交戦し、遠距離から攻撃する手段を持っている者たちは街壁の上から魔物たちに矢や魔法の雨を降らせている。
街壁の内側では傷ついた者たちに治療を施している者や矢や食糧等の物資を次々と街門付近まで運んでいる者の姿も確認できる。
「ひどいな、予想以上に負傷者の数が多い……」
フィナンシェたちが言うには外が騒がしくなってからまだ三十分も経過していない。
それにもかかわらず視認できる範囲にいる負傷者の数がすでに五十を超えているのは街の外で寝ていた者たちが魔物の初動に対応できずにやられてしまったからだろうか?
それともラシュナのダンジョンから溢れ出してきた魔物の数が予想以上に多かったからか?
いずれにせよ、この分だと街の外で寝ていた者たちのほとんどはもう戦闘に復帰できる状態にないかもしれない。
「やっぱり普通の魔湧きよりも数が多いわね」
「もう三百体くらいは出てきちゃってるよね。このままだと朝を迎えるまえに要塞都市が墜ちちゃうんじゃないかな?」
「これを私たちが鎮める……。皆さん、頑張りましょう」
ノエルの浮遊魔術によって上空から地上の様子を見下ろしつつ、ノエル、フィナンシェ、シフォンの三人が各々緊迫感を伴った口調で所感を述べる。
特にシフォンから伝わってくる緊張感と不安が凄い。
フィナンシェやノエルとは違い戦闘に関してはほとんど素人なシフォンはこの面子の中ではある意味一番俺に近い存在。
こうして俯瞰していると状況がよくわかるがゆえに、シフォンの緊張と不安が容易に伝播してくる。
魔湧き開始から数十分ですでにこの数。
見えている範囲だけでも数十体は超えている。
街と街のあいだなど、暗くてよく見えない範囲を含めればどれだけの魔物が湧き出てきてしまっているのかわからない。
それも、魔湧きの日と呼ばれているくらいだ。
魔湧きは半日から一日は続く。
もしこの勢いのまま魔物が湧き出し続けるのだとしたら最終的に何体の魔物と戦わなくてはいけなくなるのか想像もつかない。
フィナンシェの言うように朝までに要塞都市が陥落してしまうというのもありえない話ではない。
「ノエル殿、魔術で殲滅はできそうか?」
「こうも視界が悪いと難しいわね。人と魔物を区別しないといけないし、ラシュナのダンジョンの魔物は硬い魔物も多い……。力押しもできないことはないけどできれば急所を狙って少ない魔力で仕留めていきたいわね。そうしないと最後まで魔力が保たないと思うわ」
「そうか。それならノエル殿たちと我々は行動を別にした方がよいな。シフォン様と我々をラールの街に下ろしてくれ。ノエル殿たちにはシール、ユール、ナールを頼みたい」
「ラールは一番多くの魔物とぶつかる場所よ。いいのかしら?」
「無論だ。この魔湧きを鎮めるために我々はここに来たのだ。後ろで控えている気など最初からない」
「そ、ならいいわ。運んであげる」
テトラとノエルがなにやら色々と話しているみたいだが、やはりこれだけ暗いといくらノエルでも魔術で一気に殲滅とはいかないのか。
ラシュナのダンジョンで誕生する魔物のうちメタルリザードやアイアンゴーレムなんかは急所を狙わないと一体を倒すのに必要とする魔力量がぐんと跳ね上がってしまうらしいし、いかに継戦できるかが重要となってくる魔湧きではバンバン魔力を消費することはできない。
これが昼間なら話も違ったんだろうが、時間が悪いな。
役人からの情報が届くまえに戦闘が始まってしまったせいで現在の要塞都市周辺の詳細な地形や魔湧き開始前のラシュナのダンジョン周辺の様子、前回までの魔湧きの情報等がわからないのも痛い。
要塞都市の保有している武力や戦術についてもなんとなくしか把握できていないから迂闊なことはできないし、地形がわからないせいでもしも街から離れる場合には慎重に行動しなくてはいけない。
情報が届くまえ、夜、突然の魔湧き、予想を超えた大量の魔物。
現在の状況のすべてがノエルや俺たちの行動を制限し、後手にまわる原因となってしまっている。
ユール付近にいる魔物に関してはノエルや護衛騎士たちが魔術や魔法を地上に放ち今も数を減らし続けているが、ラシュナのダンジョンから一番離れているユールでもこれだけの魔物と接敵・交戦しているのだ。他の三つの街にはさらに多くの魔物が押し寄せてきているに違いない。
そして俺たち十人と一匹、もとい、俺とテッドにシフォンの二人と一匹を除いた九人は、単体でも高火力を発揮する過剰戦力。
この魔湧きを鎮めるためにはたしかに戦力を分散させた方がいい――
「こういう状況ならアタシたちも個人で行動した方がいいかもしれないわね。フィナンシェさんはシール、アンタはナール、そしてアタシはラシュナのダンジョンを担当することにしましょう」
――と思ったが、さすがにパーティメンバーまでばらばらに行動するというのは予想外すぎる。
これでは俺とテッドが担当するナールだけ戦力が少なすぎる。
……いや、現時点でナールの戦力が突出しているという可能性もなくはないが、それでも俺とテッドだけでは不安が大きすぎる。
「アンタは加減が苦手みたいだから単体だとそこまでの戦力に数えられないかもしれないけど、いざとなったら全力で手加減すればなんとかできるでしょ? アタシは定期的にラシュナのダンジョンに向かって大規模魔術を放ってみるわ」
しかも、俺やテッドが実は強いと思い込まれてしまっているせいで逃げ場がないのが最悪だ。
本当は大した力を持っていないと説明したところでノエルがすぐに納得してくれるとも思えないし、打つ手がない。
別の世界出身ということを知られたくがないために実力を誤解させたままにしていたのが裏目に出た。
この状況、かなりピンチかもしれない。
「うん! トールもノエルちゃんもシフォンちゃんもテトラさんたちも、皆がんばろうね!」
「はい! 私、頑張ります! トールさん、フィナンシェさん、ノエルさん、ご健闘をお祈りしています。また無事にお会いいたしましょう!」
フィナンシェやシフォンも俺とテッドがナールを担当することに何も疑問を持っていないみたいだし、本格的に逃げ場がなくなった。
なんとかして誰かと同じ場所担当になれないだろうか……とは思ってみたものの、残念なことに俺の頭ではいい案は思いつきそうにないな。
「……そうだな。互いに頑張ろう」
結局、口から出たのはありきたりな言葉。
一分一秒を争う現状において数秒もつかって考えを巡らせてみたが、なにも思いつかなかった。
こうなってしまってはもうどうしようもない。
全力で死なないように頑張るしかない。