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予想外

 頑丈そうな壁に囲まれた丈夫そうな部屋の中で夕食を食べ、場所を移動して談話室。


「それで、これからどうするんだ?」


 要塞都市三の街ユールにて与えられた屋敷――というよりは武骨な城塞のような建物の中、全員で集まって今後の予定について話し合う。


「そうね。とりあえず街には辿り着いたから、魔湧きが始まるまでは情報を整理しながら待機かしら? 情報の方は街に入る時に会った役人が持ってきてくれるのよね?」

「そうだ。要塞都市の持つ全ての情報が今夜中にこの屋敷まで届けられる手筈になっている。数時間以内に使いの者がやってくるはずだ」

「情報が来るまではできることも少ないよね。今まで通りラシュナのダンジョンで誕生する魔物との仮想戦くらいしかできないし。あ、おやつ食べてもいい? おなかすいちゃった」

「魔湧きが始まってからの動きについては何度も話し合いを重ね、練習もしました。……きっと、やり遂げられますよね?」

「はい、シフォン様。もちろん何も心配はいりません」

「シフォン様には我々がついております。それに、今回はトール殿たちも協力して下さります。必ずや、魔湧きの鎮圧を成し遂げられましょう」


 フィナンシェがこっそりとその場から離れ、持ち出したおやつ袋の中身の内いくつかの食物をテッドの入っている背負いかばんの中へと投入しているあいだに、魔湧きの鎮圧が成功するかどうか不安に思ったらしいシフォンが護衛騎士たちに励まされる。


 正直、俺も多少は不安に思う気持ちがないわけでもないが、護衛騎士六人にフィナンシェとノエルまでいて心配するような事態になるとは到底思えない。

 魔湧きに対し不足がないようしっかりと作戦を立て、練習もしてきたし、魔湧きの規模が予想の範囲内であれば何も問題なく鎮圧できる。

 それにもし不測の事態に陥ったとしても、多少の予想外であればフィナンシェたちが解決してくれる。

 シフォンの気持ちもわからなくはないが、予想外にも程があるというような事態でも起こらない限りは何も心配いらないだろう。


「とりあえず、その情報とやらが届けられるまではすることもないということか?」

「そうなるわね。情報が届くまでは部屋で休んでてもいいわよ」

「じゃあ、そうさせてもらう。情報が届いたらまた呼んでくれ」


 ユールに入ってからこの屋敷にくるまでのあいだに随分と敵意のこもった視線を向けられたからな。

 ずっと警戒していたせいか頭が重い。

 テッドもかばんから出してやりたいし、一度部屋に戻って疲れをとろう。


《一旦部屋に戻る。護衛騎士たちから十メートル以上離れたらかばんから出てきてもいいぞ》

『わかった』


 この世界の生物がテッドの魔力に嫌悪感を抱くのはテッドから三メートル以内の距離にいた場合。

 ノエルのように魔力に敏感な者であればテッドから五メートル程度の距離でも自然と身体が怯え始めてしまうみたいだが、おそらく護衛騎士の中にはノエル以上に魔力に敏感な者はいない。

 今日まで数十日行動を共にした中でも十メートル以上の距離があってテッドの存在に感づいた者はいないようだし、十メートルも距離をとれば十分だろう。


 というか、テッドを直接見られさえしなければ誤魔化しようはあるしな。

 疲れていて考えるのが面倒くさいせいか、テッドの存在を隠すのにここまで気をつかう必要はないんじゃないかとさえ思えてきた。

 …………慎重になって然るべきテッドの隠匿についてこう考えてしまうのは、本格的にやばいかもしれない。


 少し寝た方がいいかもな。

 早ければ四~五日後には魔湧きの日がくるということだし、早急に英気を養わなければ足をすくわれかねない。


《部屋に戻ったら俺は少し寝る。誰かが訪ねてきたら起こしてくれ》

『了解した』


 魔湧きはフィナンシェたちにとっては余裕でも、俺にとってはフィナンシェたちやテッドがいなければ高確率で死亡してしまうような現象だからな。

 いつ魔湧きが起きてもいいよう体調は常に万全にしておくべきだろう。


 ――とはいえ少なくてもあと三日は魔湧きが起こらないという話だし、休む時間は十二分にある。

 情報の共有も大事だし、熟睡しすぎて情報が届けられたことにも気づかないなんてことにならないよう今日のところは軽く寝るだけに留めないといけないな。






『おい……おい、起きろ。トール!』


 いつもよりも騒がしいテッドの声に起こされる。

 無理やり起こされたせいか視界はぼんやりとして定まらず、身体はダルい。

 耳もおかしい。音がどこか遠く聞こえ、耳鳴りがする。


「そんなに騒いでどうしたテッド?」


 まだ夢の中にいるような感覚のせいか護衛騎士が近くにいるあいだはテッドとの会話は念話で行うと決めていたにもかかわらず思わず声が出てしまった。

 テッドの名を呼んでしまったが、近くにテトラ以外の護衛騎士がいたりしないだろうか?

 もしいたとするなら失言になりかねない。


 しかしまぁ、テッドが注意してこないということは今この部屋の近くにテッドの存在を知らない者はいないということなのだろう。


『様子がおかしい。ダンジョン方面が騒がしいぞ』

《騒がしい……?》


 失言を回避できたことにほっとしている中、テッドからの念話が届けられる。

 騒がしい。その言葉に疑問を持ち耳に意識を集中させると、たしかになにやら騒がしいような気がしなくもない。


「音はラシュナのダンジョンの方からか」

『そうだ』


 この部屋には窓は……なかったな。

 なら、上の階のバルコニーに向かうか。


 遠方、おそらく街の外から聞こえてきているであろう小さな音に耳を澄ませながらベッドを出て外の様子を確認できる場所まで移動する。

 歩いている内に意識がはっきりとしてきたのか先ほどよりもしっかりと音が聞こえる。

 目もよく見える。


「あ、トール! あれ見て!」


 辿り着いたバルコニーにはすでにフィナンシェやノエル、シフォンたちの姿。

 その中で一人、俺に気づいたフィナンシェが街を囲む分厚い壁の向こうを指差しながら大きな声で俺を呼ぶ。

 フィナンシェが指し示す先に見えるものは……。


「壁の向こうが明るい? それにこの音……魔物と戦闘中か?」


 明るい壁の向こう側と何十人もの人の声、数えきれないほどの魔物の鳴き声。

 壁からかなり離れたこの屋敷まで伝わってくるほどの音。

 どう考えても、戦闘をしている。


 なぜ、どうして、なんで。

 魔湧きの日は四日以上先の話ではなかったのか。

 もしかして魔湧きとは関係のない魔物たちの戦闘?

 いや、しかしこの大量の魔物の声。

 魔湧き以外の理由でこれだけの数の魔物が襲ってくるとは思えない。

 よく見るとここ以外の街、ラール、シール、ナールがある方角も明るくなっている。


 突然の事態、決して多くはないが少なくもない情報量の中、目の前の光景を上手く処理しきれない脳が急いで状況を理解しようと懸命に努めるも、やはり魔湧き以外の答えは導き出せない。


 だが、一体どうして……。


「……予想よりも少し早いけど、魔湧きが始まったみたいね」


 小さく騒がしい音が響く中、ノエルがそう呟いた。

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