視線の正体
時を遡ること数分前。
トールたちが要塞都市三の街ユールを歩き始めてから少しした頃、一人の男がその集団に気づき、声を上げた。
「おいっ、あれ」
視線の先には冒険者の装いをした少女たちの姿。
「なんだ? うおっ、なんだあの一団!?」
「女だらけ……。八人…………いや、九人か?」
男が声を上げるとその声を不審に思った者たちも男の視線の先へと視線を這わし、その華やかな集団を見つける。
「綺麗……!」
「女ばかりのパーティか。珍しい」
「よく見ろ、男も一人まざってるぞ」
「ほんとだ。なんだアイツ、羨ましい……」
民衆の目に映るはユールの街を往く八人の少女とフードで顔を隠した一人の女、それと一人の少年から構成された一つの集団。
フード付きのローブを身に纏い顔を隠している女性もわずかに見えるその口元の肌つやや輪郭から相応の美貌を持った年頃の少女であると予想することができる。
「あれって【金眼】じゃねえか? 前にギルドで見たことあるぞ」
「マジか。あれが……たしかに金色の眼をしているな」
「でも【金眼】って一人で活動してるんじゃなかった?」
「ヒュドラを一捻りしちまう化物みたいな男とパーティを組んだって話もあるぜ」
「じゃああの少年が噂の【ヒュドラ殺し】か? とてもそうは見えないが」
「待てよ。【金眼】と【ヒュドラ殺し】がパーティだとして、残りの八人はなんなんだ? あの身体つきと佇まい、ありゃあ明らかに素人のもんじゃないだろ」
冒険者も多い街の中。
トールたちに注目している者の中には当然、フィナンシェやその周辺の噂について知っている者もいる。
一人があれは【金眼】だと言うと、それをきっかけに一団の正体について議論が交わされ始める。
残りの九人は誰か、【金眼】とはどういう関係か、やはり魔湧きに参加しに来たのか、あれはラシュナ近くに領地を持つレッチリ伯が派遣した『百合乙女騎士団』ではないか、それなら【金眼】たちはレッチリ伯爵からの依頼でここに? 等々。
耳聡い者は【金眼】と【ヒュドラ殺し】のパーティにレトルファリア魔術師学校を首席で卒業した【神童】が加わったという情報も掴んでいたが、仮に一団の中の三人を【金眼】【ヒュドラ殺し】【神童】としたとしても、残りの七人の素性は不明。
明らかに異常な戦力を有するその三人パーティと行動を共にしているあの七人は何者かと、【神童】の情報が投下されると話し合いは余計に白熱していった。
魔湧き直前の要塞都市。
腕自慢の男冒険者ばかりが集まるその街に現れた、見るも可憐な九人の乙女と一人の少年。
女同士で集まるパーティは数あれど、女ばかりが九人も、それも綺麗どころばかりが集まったパーティは滅多にない。
それに加えてその内の一人は【金眼】だという。
突如現れた謎の一団の正体は一体なんなのか。
本当にあの有名冒険者【金眼】なのか。
好奇、嫉妬、羨望、尊敬、期待、敵意…………。
民衆から様々な感情を向けられながら、一団は街中を歩んでいく。
そして多くの者からの注目が集まる中、ついに一団の正体に迫る会話が注目を集めている少女たち自身の口から交わされる。
「目立っているわね。魔術師としてのアタシの実力がこの身体から滲み出てしまってるのかしら?」
「ノエルちゃん有名だもんね~」
「フィナンシェさんも有名ですよ! 私たちの国で【金眼】と聞けば誰もがフィンシェさんのことを思い浮かべるくらいですから!」
「それを言うならシフォンちゃんだってこんなフードを被ったくらいじゃ隠しきれない気品が漂ってるよ?」
「そんな、私なんて全然……。私よりもトールさんやフィナンシェさんの方が断然オーラがあります!」
「まぁ、トールは別格だよねー。なんて言ったって【ヒュドラ殺し】だもん!」
周囲にいた者にも聞こえるように交わされたその会話には、魔術師、ノエル、【金眼】、【ヒュドラ殺し】と、十人中三人の正体を確定させる名詞が含まれていた。
これにより、三人の正体が判明。
会話内にはシフォンという名もあったが、シフォンという名の騎士や冒険者で有名な者はいない。
無論、ブルークロップ王国第三王女の名がシフォンであることを知る者もいたが、まさか王女が魔湧き直前の危険な地に赴いてくるとは夢にも思わない。
結果、シフォンという名前はすぐに忘れ去られ、正体の判明したトール、フィナンシェ、ノエルにさらなる注目が集まる。
「あれが【ヒュドラ殺し】」
「もっと巌のような大男かと思ってた……」
「なぁ、声かけに行こうぜ」
「バッ、おまっ、聞いてなかったのか!? 【金眼】に【ヒュドラ殺し】に【金眼】がいるんだぞ! 俺たちなんて相手にされるわけないだろ!」
「そうだぞ。それにもしアイツらの不興でも買ってみろ。五体満足じゃいられなくなるかもしれないぞ」
「ちくしょう! あの野郎、一人だけいい思いしやがってッ!」
「くそっ、【ヒュドラ殺し】が相手じゃ勝負にもなんねえ」
「不平等すぎる」
「殺す殺すコロスころす……」
特に少女たちに囲まれているトールに対しての嫉妬と敵意は凄まじいものであったが、そのことにトールが気づくことはなかった。




