視線
シフォンの権威をつかうことで簡単に入ることができた三の街ユール。
街を歩いていると街中の視線が俺たちに集中しているのがわかる。
『見られているぞ』
《ああ。注目されているな》
布の上に品物を並べて商売をしている商人や売り子、足を止め道端で雑談でもしている様子のおばちゃんや冒険者らしき風体の男たち、ただ道を歩いているだけの通行人等……座っている者から立っている者、たまたますれ違っただけの者まで、俺たちを視界に収めることのできる範囲にいる者の六割以上がこちらに意識を向けてきている。
《誰も目立つ格好はしていないよな? テトラたちも今日は鎧を着ていないし》
『しかし明らかに注目を浴びているぞ』
《そうだよな。どうしてこんなに注目されているんだろうな?》
魔湧きの時期、魔湧きの起こるダンジョン周辺には人が集まる。
それも、戦闘に自信のある者や勇名を馳せたい者、場合によってはすでに実力者として名の知られている者など、実にカードコレクター好みの者たちが集まり魔物と戦い、カード化していく。
そして、恨みを買いやすく各国から捕縛命令も出ている上に良いカードを所持している者は同じカードコレクター仲間からも狙われることがあるというカードコレクターたちにとって、自身を守ってくれる強い人材の確保は必須。
強者や名のある者を蒐集することに興味のない者でさえ、機を窺いさえすれば労せずして大量の戦力を手に入れることのできるこのチャンスにはその身を危険に曝すことも厭わず前線まで出張ってくる。
好機到来、杓子果報。
魔湧きの後には玉が落つ。
ゆえに、冒険者にとって稼ぎ時である魔湧きの日はカードコレクターにとっても絶好の稼ぎ時なのである。
――ということで、どこにカードコレクターが潜んでいるかわからないという理由から街の者による案内や滞在中の使用を許された屋敷までの送迎等すべてを拒否してまで注目されることや見知らぬ者が近くに寄ってくることを避けていたはずなのに、どうしてこんなにも注目されてしまっているのだろうか?
見た目がおかしいのかと今一度格好に目を向けても、俺もフィナンシェもノエルもシフォンも護衛騎士たちも、全員おかしな格好はしていない。そこら辺にいる冒険者たちと似た服装、似た装備を身に付けている。
馬車に乗っているとカードコレクターだけでなく金銭目当てのならず者にも狙われるかもしれないということでブルークロップ王国を出て以降は馬車も使用していないし、フィナンシェたちが乗っていた馬だって街に入る際シフォンの身元を明かした役人に預けてきた。
今の俺たちはどこからどう見ても十人組の冒険者パーティに見えているはずだ。
それなのになぜ……?
「目立っているわね。魔術師としてのアタシの実力がこの身体から滲み出てしまってるのかしら?」
「ノエルちゃん有名だもんね~」
「フィナンシェさんも有名ですよ! 私たちの国で【金眼】と聞けば誰もがフィンシェさんのことを思い浮かべるくらいですから!」
「それを言うならシフォンちゃんだってこんなフードを被ったくらいじゃ隠しきれない気品が漂ってるよ?」
「そんな、私なんて全然……。私よりもトールさんやフィナンシェさんの方が断然オーラがあります!」
「まぁ、トールは別格だよねー。なんて言ったって【ヒュドラ殺し】だもん!」
なんだか盛り上がっているノエルたちの会話も、注目を集めている原因の核心には触れていないような気がする。
いくら街中にいる冒険者の割合が多いといってもその冒険者たちの中で俺たちの顔や素性を知っている者はおそらくほんの一握り。
それも通り名と見た目が合致しているフィナンシェならともかく、俺やノエルの【ヒュドラ殺し】や【神童】等から俺とノエルの見た目を想像することは不可能。
明らかに冒険者やその関係者でない者からも視線を向けられていることから、この注目の理由が俺たちの正体や実力を見抜かれたからではないということがわかる。
「う~ん…………」
考えれば考えるほど謎が深まっていく。
王族直属の騎士であるテトラたちがこのような失態を演じるとは思えないが、注目されることを避けて行動していたはずの俺たちに注目が集まってしまっていることも事実であるし、それによく見てみるとこれほどの注目を浴びてしまっているにもかかわらずテトラたちの表情に焦りなどの色は見られない。
これは――注目されてしまったのは想定外だったものの注目を浴びてしまったとしても何も問題はない、ということか?
実際、テトラたち護衛騎士六名に加えてフィナンシェやノエルもいれば大抵のことはなんとかできるだろうし、テトラの頭の中では俺やテッドも重要な戦力として数えられてしまっているはず。
隠せるものなら隠した方がいいが、隠しきれないのであればそれはそれでまた良し。
これだけの戦力があればどのような障害でも軽く跳ね除けられる……などと考えられてしまっていたとしても不思議ではない。
――とはいったものの、明らかに敵意のこもった視線も向けられているのだがこのまま平然と進んでしまってよいのだろうか?
場合によっては敵意を持った者たちに俺たちが一夜を明かすことになる屋敷まで特定されてしまうことになりかねないんだが……。