要塞都市ラシュナ
遠くに見え始めたのは分厚い壁に囲まれた四つの近接した街。
たしか、奥にある街から右回りにラール、シール、ユール、ナールという名前だったか。
あれら四つの街を総合した呼称が――要塞都市ラシュナ。
ラシュナのダンジョンの魔湧きに備えるために造られた堅牢な要塞。
未だ魔物の侵攻に負けたことのない、難攻不落の都市。
四つの街を線で繋ぐとちょうど綺麗な菱形になるように配置されているとシフォンが言っていたが……この位置からだとまだ菱形には見えないな。
「どう? 要塞都市は見えたかしら?」
浮遊魔術による快適な空の旅。
遥か高空から遠くに見え始めた要塞都市を眺め一人感心していると、地上を駆ける馬の上に跨っているノエルから風魔術を利用した通信が届けられる。
ノエルが風魔術を使用しているあいだしか会話はできないとはいえ、これだけ離れていても会話が可能というのは相変わらず凄い。
遥か遠く、豆粒のような大きさにしか見えないノエルからの声がまるですぐ隣から話しかけられているかのように感じられる。
「見えたぞ。魔湧きはまだ起こってないみたいだ」
「そ、ちゃんと間に合ったみたいね。なによりだわ」
俺たちの目的は魔湧きの鎮圧と魔湧きで活躍して名を広めること。
特に魔湧きの鎮圧はブルークロップ王家に伝わる大事なしきたりらしいから、せっかくここまでやってきて「もう魔湧きの制圧は終了しました」などということになったんじゃ話にならない。
街やその周辺の様子からして大量の魔物と戦闘を行った形跡はないし、なんとか魔湧きの開始前に街に辿りつけたみたいだ。
「それと、街のまわりにテントのようなものが乱立しているようにも見えるな」
街の周囲にたくさんある小さな何か。
形状からしておそらくテントやそれに類するものだろう。
「そのテントは魔湧き目当ての冒険者たちのものよ。金銭に余裕がない冒険者や街へ入れなかった者たちが街の近くにたむろしているの。魔湧きのときにはよく見られる光景ね」
「街へ入れなかった者?」
「揉め事を起こしそうな輩や不審な者、あとは街の収容人数を超えた場合にも街へ入れてもらえないことがあるわ。魔湧きのとき以外は普通に街として利用されている場所だから居住空間や食べ物の関係で大量にやってくる冒険者たちを全員は受け入れられないことも多いのよ」
テントらしきものの正体やそれらのテントが乱立している理由をノエルが簡単に説明してくれる。
要するに、たくさん見えるテントの中で生活している者たちは街へ入れなかった者たちで、四つの街すべての周囲にテントが乱立しているということはすでにどこも受け入れ可能な人数を超えてしまっていて街へ入れてもらえなかった者がたくさんいるということか。
これは俺たちも街のまわりにテントを張って野宿しないといけないみたいだな。
「ま、アタシたちには関係ないわね。シフォンがいるんだから街に入れないなんてことは絶対にないわ」
……ああ、そうか。
王族であるシフォンと一緒にいれば街に入れないなんてことはありえないのか。
要塞都市三の街ユール。
一~四までの数字を冠す四つの街の中で「三の街」の名を与えられ、造られてからこれまでに幾度もの魔湧きを耐え抜き、撃退してきた、四つの街の中で最もラシュナのダンジョンから離れた地にある街。
ラシュナのダンジョンから湧き出てきた魔物のほとんどをここより後方には通さないという、最終防衛戦にして最強の攻撃力を備えた防御に長けた街。
決して落ちることなく、他の三つの街すべてを援護しながら魔物たちを殲滅へと追い込む、司令塔のような要塞。
そう思って見てみるとたしかに堅固で何物をも寄せ付けないような、そんな貫禄を兼ね備えているようにも見える。
しかし……。
「なぁ、なんか街中から火が上がってないか?」
「そうね。燃えてるわね」
「うん。真っ黒な煙がモクモクと上に昇っていってるよね」
「何かあったのでしょうか?」
街の中心部より少し外れたあたり、そこから明らかに事故かなにかがあったとしか思えないような一本の黒煙が立ち昇っているのは一体なぜなんだろうか?