益体無き考えごと
少し硬いベッドの上、何をする気にもなれずボーッと天井を眺め続ける。
ゴブリン狩りの後、テッドから伝えられた言葉がずっと胸の奥に残り続けて消えてくれない。
「『――叶わぬ希望ならさっさと捨ててしまった方が気が楽だぞ』、か……」
どこか別の世界からやってきたと思われる者たちはおそらくもうゴブリンたちに食べられてしまっている。生きている可能性は低い。
そして、すでに亡くなってしまっている者との会話は不可能。
もしかしたらゴブリンたちのいた場所には何らかの痕跡が残っていたかもしれないが、ゴブリンたちのいた場所はノエルが魔術で荒らし、その後綺麗に均してしまった。今からあの場所に戻っても何も見つからないだろう。
「俺は――どうしたいんだろうな」
テッドから告げられた言葉がこんなにも頭から離れてくれないということは、やはり俺は人魔界に帰りたいのだろう。
そもそも、今向かっているラシュナのダンジョンにしてもこれまでに行った色々な場所にしてもほとんどがギルド長からの依頼やノエル絡みで行くことになってしまっただけで、俺が行きたいと思って向かった場所などほとんどない。
俺が行きたいと思ったのは……おそらくシフォンに会うためにブルークロップ王国の王都まで行こうと思ったときくらいだろうか?
それ以外はどこも危険な依頼や馬での移動付きという厄介な旅ばかり。
行く先々での体験は新鮮で楽しく面白いものもたくさんあったが、それ以上に危険も大きかった。
そして、テッドやノエルと一緒にいる限りこれからも危険な日々が続いていくということは火を見るよりも明らか。
この世界に来てからすでに数度命の危機にさらされているという事実もあるし、こっちには孤児院のチビどもや酒場のおっちゃんたちもいない。人魔界に戻ればカードコレクターから狙われることもなくなる。
俺とテッドが世界を渡ってきてしまったせいでこの世界に様々な異常事態が発生してしまったのではないかという懸念も、俺たち以外にも世界を渡ってきた者がいるかもしれないという希望的観測によっていくらか緩和された。
人魔界に戻れるのならそうした方が良いのではないかという気持ちも強い。
しかし――
「“世界渡り”は行先不明。一度触れてしまえばもう二度とこの世界には戻ってこられない……」
何もわかっていない現状でこんなことを考えても何の意味もないかもしれないが、もし人魔界に戻る方法が判明したとして、それでフィナンシェやシフォンとお別れというのは……それはそれで寂しいものがある。
筋肉ダルマパーティや他にも何人かの冒険者たち、テトラたちやカラク工房の面々にギルド職員やギルド長……あとついでにノエルも。
改めて確認してみるとこの世界にもそこそこ以上の付き合いの者が随分と増えてしまった。
人魔界に戻るということはこれらの縁を全て断ち切るということ。
そう考えると、帰りたくないという気持ちもまた、帰りたいという気持ちと同様にこの心に内在してしまっている。
……というか、ゴブリンの集落を旅立ったあとテッドは『たびたび孤児院のことを口にしていたお前のことだ』などと言っていたが、俺はそんなにも孤児院のことを気にかけていただろうか?
人魔界に戻れるかもしれないなどとは考えてもいないし、戻りたいと考えたこともなかったはずなんだが……心の奥底では人魔界を恋しく思っていたということなのだろうか?
「……ま、どうでもいいか」
長々と考えてはみたものの、今こんなことを考えても何の益体もない。
たぶん一生をかけたとしても人魔界に戻る方法なんて見つからないだろうし、仮に見つかったとすればそのときにまた帰るか否かを悩めばいい。
いまは別の世界からこの世界にやってきてしまった者が俺たち以外にもいるかもしれないとわかっただけで十分だ。
面倒くさい考えはこの辺で終わりにしてそろそろ寝てしまうか。
なんといっても、明日はラシュナのダンジョン近くに造られた要塞都市ラシュナに到着予定だからな。
目途すら立っていないことよりも、目の前のこと。
今は帰還方法の有無や実際に帰還するかどうかを考えるよりも目前に迫ったラシュナのダンジョンの魔湧きを鎮圧することの方が重要だ。
ここに来るまでにかかった日数を考えればもういつ魔湧きが起こってもおかしくない時期になっているし、明日魔湧きが起こったとしても対処できるようしっかりと睡眠をとっておかなければいけないだろう。




