ある一つの可能性
時間が惜しいということでノエルが整地を完了次第さっさと出発してしまったが、結局さっきのゴブリンたちはなんだったのだろうか。
たかがゴブリンがどうしてあそこまで数を増やすことができたのか。
そして、あの場所で一体何をしていたのか……すべてが謎のままだ。
《テッドはどう思う?》
『何がだ?』
《さっきのゴブリンたちの話だ。あれだけの規模のゴブリンがどうしてあんな場所に集まっていんだと思う?》
人の住処や街道からも離れた場所にいた八百一匹のゴブリンたち。
人間が滅多に立ち入らない場所にいたからこそ討伐されることもなくあの規模まで拡大できたのかもしれないが、人間のいない場所には魔物が多く住み着いていることが多い。
ゴブリンたちがいたあの山にもゴブリン程度なら簡単に蹴散らしてしまえるほどの強さを持った魔物が何体も生息していた。
見つけた魔物はノエルとフィナンシェがあっというまに狩ってしまっていたから正確な強さはわからないとはいえ、テトラが言うにはクレイジーモンキーに匹敵する強さを持った魔物もいたということ。
あれらの魔物すべてがゴブリンの数が増えたあとにあの山までやってきたとは思えないし、ゴブリンたちがまだ小さな集団だった頃からあの山にいた魔物だって絶対にいたはずだ。
そんな魔物たちにとってゴブリンは絶好のエサのはず。
それなのにゴブリンたちがあそこまで数を増やすことができたというのはどう考えてもおかしい。
数が増えて強い魔物と渡り合えるようになるまではいくつかの小集団に分かれて生活していたのだろうか?
それとも上位種というのは強い魔物を寄せ付けないほどの強さを持っているのか?
それにしてはノエルの魔術であっさりとやられていたような気がするが……。
『八百一匹のゴブリンの話か。見ていないから何とも言えんな』
《見ていない?》
『ゴブリンたちの巣は感知範囲外だったからな』
ああ、そういえば。
崖下までは十メートル以上はあったように思うし、テッドはもともと下方向への感知が苦手だったな。
《予想でいいから何か思ったことがあれば聞かせてくれ》
テッドは俺よりも物事に気づきやすい。
八百一という数と五体の上位種、それと武装していたゴブリンが百匹以上いたという情報だけでも何か俺の思いつかないようなことに気づけるんじゃないだろうか。
『そうだな、ゴブリンたちは戦争でもする気だったのではないか?』
《戦争?》
これはまた、穏やかじゃない言葉が飛び出してきたな。
戦争とはどういうことだろうか?
『百以上の数のゴブリンが武装していたのだろう? それならばそのゴブリンたちは確実に人間を襲い、武器を奪い取っている。武装していたことから武器や防具の扱い方を知っていたことも明白だ』
《それは、たしかに……》
使い方を知らなければ武装なんてできないし、使い方がわからなければその辺に捨てられていたとしてもおかしくはなかった。
『武装していたということは当然、武器の有用性も知っている。武器の有用性を知り、数も多く、上位種と呼ばれる存在もいて、人間が武器を持っていることも知っている。さらなる武器を求め人間を襲おうと考えていたとしても不思議ではあるまい』
なるほど。
テッドの言い分はわかった。
《だが、武器の有用性を知っているからという理由だけでゴブリンたちが人間と一戦を交えようとしているというのは、少し発想が飛躍しすぎていないか?》
武器の味を知ったからさらに武器を欲しようとした。
その理屈はわからなくもないが、だからといってゴブリンたちが本当にあれ以上武器を必要としていたかはわからない。
武器のために人間を襲おうとしていたと判断するには情報が少なすぎる。
『魔物というのは力を求めるものだ。それは知っているな?』
《もちろん知っているが、それがどうかしたか?》
魔物は力を求める。
弱い魔物なら生き残るためにもなおさら力を求め、無茶もする。
一説では、ゴブリンが周囲の物体や魔力に敏感なのは危険から身を隠すためではなく、力のある物に近づき、取り込むためではないかとも言われていたくらいだ。
スライムであるテッドの親友である俺がその程度のことを知らないわけがない。
『魔物は力を求める。これは、人魔界で言われていたことだ。必ずしもこの世界の魔物にも当てはまるとは限らない』
要領を得ないな。
《何が言いたい?》
魔物は力を求める。
しかしこの世界の魔物もそうかどうかはわからない。
それはなんとなく理解できるが、だからどうしたというのだ?
『トール。お前、休日にゴブリンを狩って戦っていたな。あのゴブリンたちは武器を持っていたか?』
《いや、木の棒くらいなら持っていたが、さっきのゴブリンたちみたいに剣なんかは持っていなかったな。だが、それは俺の戦ったゴブリンたちが人間を倒せるほど強くなかったからなんじゃないか?》
俺は三匹以上で群れているゴブリンたちとは極力戦わないようにしていたし、さっきの集団には上位種と呼ばれる存在もいた。
数が多く強い存在もいれば人間を倒し武器を奪うことも難しくはないだろう。
そう考えると、俺が人間の作った武器を持ったゴブリンと戦っていなかったことは不思議でもなんでもない。必然だ。
それなのにそんな当たり前のことまで言い出して、テッドは一体何を言いたいのだろうか?
『お前はいま、戦ったゴブリンが弱かったから武器を持っていなかったと言ったな――だが、それは違う。人間の子ども程度の大きさしかないゴブリンの筋力では、人間用に作られた長剣等は重く、長すぎるのだ。とても扱えたものではない』
《しかし、ゴブリンに武器や道具を与える存在のことをゴブリンのエサと呼び侮蔑している者もいるという話を聞いたぞ》
『その武器というのはおそらく短剣や盾などのことだ。長剣などは含まれていないだろう。だが、今お前の近くを浮遊している武器の中には三十本以上の長剣が含まれているな』
せっかくだから次の町で換金しちゃいましょと言ってノエルが浮遊魔術で運んでいる武器の中には、たしかに何本もの長剣が含まれている。
『この世界の武器は重く、長いためにゴブリンには扱えないと言ったな。それなら、この世界の武器と同等の長さでこの世界の武器よりも軽い長剣があったとしたらどうだ?』
《それって……》
……一つだけ、そんな武器を知っているな。
俺が人魔界から持ってきてしまった長剣がちょうど、その条件に合致する。
いや、しかし、まさか…………。
『――そこにある長剣、軽いぞ』
テッドが言いたいのはつまり、俺たちの他にも“世界渡り”をしてきた者がいる、ということか?