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腕試しの意味

「トール殿、食事の準備が整いました」


 そう言われ、名前も覚えていない中背の護衛騎士について行った先。

 半日ぶりの食堂。


 今日の夕飯はパンに肉に野菜にビーフシチューと、食べ方のわかるものばかりが並んでいて安心する。


『食事か』

《そうだ。お待ちかねの夕飯だ》


 ノエルはまだ来ていないみたいだが、シフォンとフィナンシェはすでに椅子に座りテトラも出入口となる扉のそばに立っている。

 テッドは今にも食事に飛び掛かりそうなほど落ち着きがない。


 回復魔法をつかうと空腹も解消できるのか昼食は食べずとも活動することができたが、最後に回復魔法をつかってもらってからすでに二時間以上が経過している。

 俺もさすがに腹が減った。

 今すぐにでも料理に食いつきたい。


 しかし……。


《気持ちはわかるが、まだかばんから出るなよ》


 この屋敷内でテッドのことを知っているのは今この部屋にいる面子とノエルのみ。

 そしてノエルは俺と同様に護衛騎士の誰かに連れてこられるのだろうからノエルが食堂に入って扉が閉められるまではテッドをかばんから出すわけにはいかない。もしノエルを連れてきた護衛騎士がテッドの存在に気づきでもしたら大変なことになる……かもしれない。

 料理をかばんの中に突っ込むということもできないこともないが、せっかく綺麗に盛り付けられているものを無造作にかばんに突っ込んでしまうというのも気が引けるし、そもそも食事というものは特別な事情でもない限りはなるべく全員揃って食べるのが基本だ。


 孤児院にいた頃、何人の子どもたちが空腹に負けてつまみ食いをしてしまい、院長に怒られたことか。

 俺も何度も怒られそのたびに頭にコブをつけられたことを覚えている。


 ここに院長はいないが、食べ物と見ればすぐに目を輝かせてしまうあのフィナンシェですらこの美味しそうな料理たちを前にしてまだ手を付けていないのだ。

 もう少しすればノエルもここに来るのだろうし、俺たちも大人しく席に座って待っているべきだろう。


《ノエルが来るまでの辛抱だ。もう少し待て》

『仕方ない。大人しく待とう』


 そういえば……。

 空腹が解消で思い出したが、たしか以前リカルドの街でシフォンから回復魔法をかけてもらったときは精神疲労も完全に取り除かれサッパリとした気分になっていたような……それなのに記憶が曖昧になるほど疲れていたということは、今日の精神疲労は回復魔法でもどうにもならないくらいに酷かったということだろうか?


 いや、むしろ回復魔法を使用してもらっていたからこそ記憶が曖昧になる程度で済んだ、という考え方もできるな。

 つまり、回復魔法を使用してもらっていなければ今頃どうなっていたかわからない、最悪の場合死あるいは取り返しのつかないくらい精神が崩壊していたかもしれない、と……。


「気づかなければよかった。そんな恐ろしい事実」

「何か言った、トール?」

「いや、なんでもない」


 意識がもとに戻って良かったな。

 もとに戻らず、記憶が曖昧な状態でこれからの人生を過ごすという未来もありえた。

 そうならなかったのは本当に運が良かったとしか言えない。


「あ、ノエルちゃん来た!」

『やっと食べられるな』


 食堂の扉が開く前、フィナンシェとテッドが嬉しそうにノエルが来たと声を上げ、その数秒後に廊下へと続く扉の奥からノエルが姿を見せる。


「アタシが最後だったみたいね。待たせてしまってごめんなさい。さ、早く食事にしましょう」


 部屋に入ってきたノエルがそう言い、そのまま席に着く。


 ……凄いな。

 十五メートル以内のモノはすべて感知可能なテッドはもかくとして、フィナンシェはどうやってノエルの接近を感じ取ったのだろうか。

 廊下を歩くノエルの足音でも聞こえたのか?

 俺には何も聞こえなかったように思えたが。






「シフォンとアンタは自分の腰よりも低い位置にいる相手との戦いが苦手みたいね。それと、水場での戦いにも不慣れね」


 食事の途中、日中の戦闘についての反省会が始まった。

 ノエルがステーキを一切れ咀嚼したあと、言葉を続ける。


「ラシュナのダンジョンには水場はないけど、メタルリザードはたくさん出るわ。足元近くの敵を攻撃する練習をした方がいいわね。あとは突然のことに対する状況判断と対応力は二人とも中々のものだったわよ」


 足元、水場、対応力……なるほど。


 何の情報も与えられず強行軍のように飛び回された腕試し。

 あれで何を試していたのかと思ったが、ちゃんとラシュナのダンジョンや今後を見据えた考えがあっての行動だったか。


「回復魔法の使用は今日くらいの間隔であの回数なら全く問題なさそうね。ただ、魔湧きの規模次第ではいかに継戦できるかが重要となるかもしれないから攻撃魔法を気軽に連発できるくらいには魔力に余裕を持たせておいた方がいいわ」


 他にも、シフォンは周囲を囲まれときの視野の狭さや森等の視界が遮られるものが多い場所での戦い方、俺は環境に適した戦い方ができていないことや敵の攻撃を回避することに比べて攻撃するときの技量にムラがありすぎること等、反省点はたくさんあるな。

 フィナンシェからも後半になって剣が乱れ始めたと言われたし、継戦能力の向上が俺の今後の課題であることは間違いない。


 とりあえず、当面の問題としては足元の敵への対処法を学ばないとな。

 ラシュナのダンジョンでも大量に戦うことになるというメタルリザードは俺の膝くらいまでの高さしかなかったし、カラダが硬いから目や口、鼻といった部位以外には攻撃が通りにくい。そして、それらの部位はカラダの正面に集中しているからそこに攻撃を加えようとすると必然的にメタルリザードの牙や爪も当たりやすい位置に立つことになる。


 膝くらいまでの高さしかない敵と攻撃の通りにくい相手との戦い方。

 これは今後絶対に必須となってくる技能。


 旧ミカグラ採掘場にいたメタルリザードはあらかた狩り尽くしてしまったみたいだし、この周辺にメタルリザードと戦える場所はもうないらしいが、とにかく対メタルリザードを想定した訓練を今すぐに……いや、今日はもう疲れたから、明日から訓練を始めないといけないな。


 さて、考えるのはここまでにして今はこの食事を楽しむことに集中するとするか。

 こんなにも美味い食事、食べないともったいないからな。

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