連戦未達
「ここがターコンス高原よ!」
響き渡るノエルの誇らしげな声。
広がる平地、見下ろす空。
交易都市リーシャンを出て三十分。
浮遊魔術で一っ飛び。
連れてこられた先は周囲に魔物蔓延る危険地帯。
モコモコフワフワしていそうな毛を全身に纏った四足魔物たちが俺たちパーティとシフォンのお付きの護衛騎士六名の周囲をぐるりと取り囲みながらその外見に似つかわしくない凶暴そうな目つきで射殺さんばかりに見つめきている。
まるで今にも襲いかかってきそうな危ない雰囲気。
「えーと、ここは?」
「ターコンス高原よ!」
どうしてここに連れてこられ、どうしてこんな状況になっているのかと訊いたつもりだったが、返ってきたのは二度目の地名紹介。
俺の発言内容を思い返しみると今のノエルの返答でも間違っていないというのが笑えてくる。
突然、危険地帯に連れてこられたことでまだ頭が混乱しているのだろうか。
聞きたいことがあるのに上手く言葉が出てこない。
こんなことなら初めての浮遊魔術に心弾ませ楽しそうにしていたシフォンに構うことなんてせずに目的地とそこでどういったことをするのかということをしっかりと確認しておくべきだった。
というか、どうしてわざわざ魔物たちの密集している場所、それもその中心に降り立ったんだ?
もう少し魔物から離れた場所に着地するという選択肢もあったのではないだろうか。
「新パーティでの腕試しに行くと聞いていたんだが、こいつらを普通に倒せばいいのか? まだシフォンを加えての連携パターンを一つも聞いていないんだが……」
シフォンを交えての連携を試すにしても、どういうふうに連携するのかを聞いていない。
これでは何をすればいいのか、どのように動けばいいのかまったくわからない。
シフォンの戦闘スタイルは知っているからなんとなく想像できないこともないが、その動きがフィナンシェたちの想像している連携と同じものかどうかはわからないしな……。
ただ、詳しいことを聞く時間はもうなさそうだ。
何十体もいる魔物のうち九体ほどがすでにこちらに向かって突撃してきている。
まだ動きを見せていない後ろの魔物たちもすぐに続いてくるだろうし、死なないためにも倒しまくるしかない。
「来たわね! それじゃあ始めるわよ! 《風鞭》!!」
ノエルも何か目に見えない魔術をつかって魔物を攻撃し始めたみたいだし、とりあえず俺も攻撃を始めればいいのだろう。
たとえもしこれからの俺の行動がノエルたちの想定していなかった行動だとしても、それはしっかりと説明をしなかったノエルたちが悪い。
ということで。
《テッド、頼んだぞ》
とりあえず剣を構え、待ちの姿勢を維持だな。
俺たちはノエルの攻撃を抜けて近づいてきた魔物を倒す役割……のはずだ、たぶん。予想が間違っていなければ。
「これで終わりだね!」
シフォンがその両手に握った細長く取り回しのよさそうな棒術用武器で最後の一体にトドメを刺したのを確認しながらフィナンシェがそう言って笑顔を見せる。
周囲を確認すると、たしかに魔物の姿は一体も見当たらない。
「やっと終わりか……」
体内に籠った熱を外へと排出するように長い息を吐きだすと、自然とそんな言葉が口から出た。
自分の身体に目を向けると、息が上がり、汗も凄い。
フィナンシェとノエルはさすがというべきか疲れていないみたいだが、シフォンは俺と同じように息を切らしている。
パーティでの戦闘でこんなにも疲れたのはすごく久しぶりかもしれない。
《何体いた?》
『二百十六体だ』
《……そんなにいたのか》
今の戦闘は新しくなった俺たちパーティの腕試し。
よって、テトラたち護衛騎士六名は手出しをしていない。
俺、フィナンシェ、ノエル、シフォンの四人で二百十六体。
それはまぁ、これだけ疲れるはずだ。
ノエルとフィナンシェが次々と魔物をカード化していたにもかかわらず勢いを衰えさせることなく、むしろ苛烈さを増しながら俺やシフォンも攻撃に加わらなければいけないほど大量に襲いかかってきた四足魔物の群れ。
幸いなことに魔物たち一体一体はあまり強くなかったために誰も怪我をしていないし、怪我をしそうな場面すらなかったが、それでも全方位から突撃を仕掛けてくる魔物たちの圧迫感と気を抜くことすら許されない連戦には神経を削らずにはいられなかった。
結局、シフォンが回復魔法をつかう機会すらなかった上に、そもそもシフォンに回復魔法をつかう余裕があったようにも思えない。
シフォンをパーティに加えての腕試しが何の連携もなく回復魔法をつかうことすらなく終わったわけだが、ここには本当に何をしに来たのだろうか?
とりあえずシフォンの戦闘能力を確かめたかっただけか?
「何はともあれ戦闘は終わったんだ。早く帰ろう。ノエル、浮遊魔術を頼む」
屋敷に帰ったら今日はもう何もせずにゆっくりと過ごそう。
いっそ夕飯の時間まで寝てしまうというのもありかもしれない――
「え? まだ帰らないわよ?」
――と思ったんだが、どうやらまだ帰れないらしい。
「…………え?」
「当然でしょ。腕試しに来たんだから。回復魔法があれば疲れを気にする必要もないし、どんどんいくわよ!」
本当に休むつもりはないのか嬉々として叫ばれた声。
高らかに宣言するノエルの声が、俺を絶望の淵へと追い込む死神の声のように聞こえた。