ブルークロップ王家のしきたり
シフォンの突然のパーティ加入。
どうしてシフォンがとか王女が冒険者として活動するなんて許されるのかとか色々と疑問があるが、パーティへの加入を認められたシフォンが「迷惑をかけないように頑張ります!」と意気込みながら嬉しそうに笑っているところを見るとブルークロップ王やラーゼあたりから無理やり言わされているわけではなさそうだな。
パーティに入りたいというのがシフォンの本心であることは間違いないのだろう。
ただ、これがシフォンの独断でないことが気になる。
シフォンはさっき、「お父様からも許可はいただいています」と言っていた。
シフォンの父が許可したということはつまり、内界一の大国の王――ブルークロップ王がこのことを容認したということ。
内界の統治者と言っても過言ではないブルークロップ王が何の目的もなく王女が冒険者になることを認めたとは思えない。
それに……。
「シフォンちゃんのお父さん、よくシフォンちゃんがお城を出ることを許可してくれたね」
「はい。私も驚きました。ですが、我が王家に伝わるしきたりを終えるまでという条件付きなので簡単に許してくれたのだと思います」
そう。俺の記憶が確かならブルークロップ王は王城の外は危険という理由だけでシフォンのリカルドの街行きを何年も拒否し続けていたほどシフォンのことを大切にしていたはずだ。
過保護すぎるほどに過保護。
もはや軟禁と言ってもいいほどにシフォンを王城の外へ出そうとしなかったはずのに、なぜ冒険者なんて危険なことをやらせてもよいと思うようになったのだろうか。
「そのしきたりというのは何なんだ?」
シフォンにしては珍しく説明の順番が前後してしまっているような気がする。
しきたりが終わるまでの期限付きでパーティに加入するなんて話、いま初めて聞いたぞ。
本来なら、しきたりのことや期限付きということを説明した上でパーティ加入を頼んでくるべきだったんじゃないだろうか?
「十八までに魔を鎮める。それが我が王家に伝わるしきたりです。おそらく、回復魔法という力を手にした私たちの一族に課せられた義務なのでしょう。ブルークロップ王家に生まれた者は十九歳を迎える前までに一度は魔湧きの日を迎えたダンジョンを沈静化しなくてはいけないのです」
回復魔法は神との盟約により授けられた神授の魔法。守護を目的とした力。
秩序の安寧を望み手にした力ゆえに、秩序を乱す魔湧きという現象に立ち向かわなければならないということなのだろうか。
そしてシフォンはまだ魔を鎮めたことがなく、今回は魔を鎮めるために王城から出てきたと。
「要するにシフォンの目的は数十日後に魔湧きの日を迎える、ラシュナのダンジョンということか?」
「はい。トールさんたちの次の行先と一致しますね」
シフォンがのワクワクを抑えきれないといった態度でそう答えてくる。
その姿はまるで初めて見るモノとの接触に胸を膨らませる子供のよう。
俺たちと一緒に行動することがそんなにも嬉しく、楽しみなのだろうか。
ラシュナのダンジョンには魔物たちと戦うために行くわけだからそんなに楽しいものでもないと思うんだが……。
とりあえず、新しく判明したこともあるし今わかっている情報をまとめると――
シフォンの目的はラシュナのダンジョンの魔湧きの日。
ノエルの目的もラシュナのダンジョンの魔湧きの日。
――というのがシフォンがパーティに加入した理由とその理由に関連する俺たちの目的になるだろうか。
……なるほど。
俺たちがシフォンをパーティに入れようが入れまいが、どっちみち互いに進むべき場所は同じだったみたいだな。
そして、ブルークロップ王がシフォンの外出を認めたのはそのしきたりが理由。
俺たちと一緒に行動することを認めたのは、俺たちパーティの実績を見て俺たちと一緒にいればシフォンの安全を確保できるとでも考えたといったところか。
「それなら、最初からそう説明すればよかったんじゃないか? シフォンはラシュナのダンジョンへ向かう理由があって、俺たちもラシュナのダンジョンへ行くことに決めている。お互いに行先も目的も同じなら、さっきみたいに頼み込まなくても一緒に行こうという話になったんじゃないか?」
しきたりのことを先に説明するか後に説明するか。
シフォンはパーティへの加入を認められた後から説明する方を選んだみたいだが、先に説明していればシフォンとテトラが真剣に頼み込んでくるまでもなく「一緒に行こう」「協力しましょう」というフィナンシェとノエルが声を上げていたのではないだろうか。
そして、そっちの方が話も円滑に……いや、フィナンシェとノエルは初めからシフォンのパーティ加入を快く受け入れていたから、話の円滑さに関してはそこまで変わらないか。
もし先に説明されていたとしても、シフォンのパーティ加入には裏があるのではないかと俺が疑うことにはならなかったという程度の違いしかないだろうな。
「そのことですが、皆さんには私のことを対等な仲間として認めていただいた上で共に行動してもらいたいと思っていたんです。その、幼い頃から仲間というものに憧れていたので……しきたりだからと仕方なく協力していただくのは嫌だったんです」
恥ずかしそうに小さく笑みながら「幼い頃から仲間というものに憧れていたので……」と言ったかと思えば、もし俺たちがシフォンのパーティ加入を承認しなかったら……とでも考えたのか「しきたりだから仕方なく――」と言ったあたりで目を伏せ何ともいえない悲しそうな表情を浮かべたシフォン。
しかし、すぐにシフォンの望んでいた結果になったことを思い出したのだろう。
「――ですが、トールさんたちは私のことを仲間としてパーティに加えてくださりました。私、思わず表情が崩れてしまうほど嬉しいです!」
俺たちから仲間として認めてもらえたことがこれ以上なく嬉しいといった様子で顔を上げたシフォンの表情は眩いほどに明るい。
テンションもおかしなことになっているのではないだろうか。
誰かが自分から「思わず表情が崩れてしまうほど」なんて言っている姿は初めて見たかもしれない。
しかも、自制が利かずに表情が崩れた結果が驚くほど輝いている笑顔。
崩れるどころか、むしろ整っている。
というか……。
「シフォンちゃん、一緒に頑張ろうね!」
「アタシの魔術に回復魔法の力が加われば百人力よ! 安心してついてきなさい!」
「はい! 全身全霊で頑張らせていただきます!」
なぜか立ち上がって笑顔で手を重ね合っている三人の勢いが凄い。
……今からあそこにまざるのは難しそうだな。
完全に乗り遅れた感がある。
とりあえず、三人が落ち着くまでテッドと話でもして暇を潰すか……。