最高の朝に突然の頼み事
窓から差し込む朝の日の光が暖かい。
いい気分だ。
「おはよう、テッド。いい朝だな」
『そうだな』
窓が大きいからか、室内がとても煌めいて見える。
しかし、不思議とまぶしくはない。
暖かく、とても落ち着く輝き。
これが上質なものばかりで設えられた部屋の本領というやつなのだろうか。
この場にいるだけで気力が充満してくる。
道理で、高級品と呼ばれるような品が出回るわけだ。
一日の始まりからして、全然違う。
朝からこれだけ最高の気分にさせられれば嫌でもやる気が湧いてくる。
昨晩までは憂鬱でしかなかったノエルの特訓に対する活力も今は十分に漲り、陰鬱な気分はまったく感じられない。
物なんて造りがしっかりしていればいい。
形や装飾が工夫されただけで値段が跳ね上がるのが理解できない。
……なんて思っていたが、この心地の良さを味わってしまったらもうそんなことは言えないな。
物の価値をよく理解できない俺でもこんな気持ちになるのだから、物の価値をしっかりと理解できている人間が見ればこの部屋はもっと素晴らしく見えるのだろう。
工夫を凝らした品が高値で取引される理由がよくわかった。
これなら、物に金を注ぎこむ人間がいるのも当然だな。
『よく眠れたか?』
「そうだな、バッチリだ。ベッドに入ってから寝付くまでは一時間以上かかったような気がするが、ベッドが良いから寝心地は最高だった。寝てからの気分はまさに夢心地と言っていいだろうな。今日一日を思いっきり頑張れそうだ」
『頑張れそうか。それはよかったな』
「ああ、ノエルとの特訓にも前向きに取り組めそうだ」
テッドと話しながらベッドを撫でてみると、やはり宿のベッドよりも触り心地が良い。
全身を優しく包み込んでくれるような柔らかさは触っているだけで癒される。
それに、いい匂いがするのも良い。
これがベッド本来の香りなのかそれともテトラたちが何かしてくれたのかはわからないが、ふんわりと香る甘い匂いが心を和ませてくれる。
「テッドはどうだった? よく眠れたか?」
『いつもより調子が良いな』
「そうか。それはなによりだ」
昨晩はスライムのカラダにベッドの良し悪しは関係あるのだろうかとも思ったが、このベッドはスライムにも効果があったか。
わざわざテッドをかばんから出してベッドの上に寝かせた甲斐があった。
心なしか、普段のテッドよりも動きのキレがいいしな。
本当に調子が良いのだろう。
フィナンシェたちも今頃は俺やテッドと似たような気分を味わっているのだろうし、今日は賑やかな一日になりそうだ。
貴族の決定には逆らえない。
そう言っていたのは院長だったか、酒場のおっちゃんだったか、それとも通りすがりの見知らぬ誰かだったか……。
とにかく、貴族の言うことには逆らってはいけない。
それが、王族の言うことであるなら猶更だ。
「トールさん、フィナンシェさん、ノエルさん、テッド様。私を貴方がたのパーティに入れさせてください。お願いします」
ゆえに、ブルークロップ王国第三王女という立場にあるシフォンからこう言われてしまっては断る術はない。
加えて、シフォンの後ろではシフォンの護衛騎士隊隊長という立場であるテトラが「私からも頼む」と頭を下げていて、さらにシフォンから「お父様からも許可はいただいています」と言われてしまっては断る理由もない。
フィナンシェは「もちろん歓迎するよ! これからよろしくね、シフォンちゃん!」とすでにシフォンを歓迎しているし、ノエルも「回復魔法の使い手が加わってくれるのは心強いわね」と満更でもなさそう。小声で「王女様が仲間にいれば知名度も上がるし、色々と便宜もはかってもらえそうね」と言って意味ありげな笑みを浮かべているから、大方「これで世界一の魔術師に一気に近づいたわ」などとでも思っているのだろう。
俺としてもシフォンが仲間になってくれるのは心強いし楽しそうだとは思っているが、シフォンの持つ王女という肩書が心配だ。
もしシフォンの身に何かあった場合、俺たちもタダでは済まないのではないだろうか。
俺たちみたいなただの冒険者パーティにシフォンを預けるというのもおかしな話だし、絶対に何か裏がある。
とはいえ、シフォンの父――ブルークロップ王が認めてしまっている以上は俺からシフォンに「パーティ加入は考え直してくれ」とは言いにくい。というか言えない。
朝食が終わった瞬間、ノエルが俺に向かって特訓に付き合いなさいと言い始めるよりも早く「話があります」と切り出されたシフォンからの頼み事。
どうしてシフォンが俺たちのパーティに加わるなんて話になったのかは知らないが、シフォンとブルークロップ王の間で話がついてしまっているというのならその決定に俺が逆らえるはずもない。
もう、こう言うしかないだろう。
「シフォン、これからよろしく」
「はい、よろしくお願いいたします!」
まぁ、フィナンシェもノエルもいるしな。
二人がいれば俺が心配しているようなことにはならないだろう。