街案内二日目 前編
初評価もらいました! 嬉しいです!
評価してくださった方、ブックマーク登録してくださった方、ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!!
面白い作品になるようこれからも頑張っていきたいと思います!!
朝。目が覚め、支度をしてから宿を出る。
空を見上げると今日もいい天気だ。
「じゃあまずはシアターに行こっか!」
いつの間にか朝食を買ってきていたフィナンシェがいい笑顔でそう言い、元気よく歩き始める。
どうやら、まずはシアターというところに行くらしい。
シアターというのがなんなのかはわからないが今日は科学魔法都市ならではのものを紹介してくれるという話だ。きっとシアターというのもこの街の結界みたいに俺を楽しませてくれる凄いものに違いない。
そう思い、フィナンシェについていくこと三十分。シアターに到着した。
「おお。なんというか見た目は普通だな」
フィナンシェに案内された先にあったのは窓がない以外は周囲の建物とそう変わらない見た目をした建物だった。
窓がないせいで堅牢な感じがするが一体ここはなんなんだろうか。
「なあフィナンシェここは一体なんなんだ? なにか特別な物でも売っている店なのか?」
価値の高い物やあまり人目に晒したくない物なんかを売る店は防犯上の理由や目隠しのために窓の数を少なくすることがあるらしい。目の前にあるシアターというのも何か特別な物を売っている店なのだろうか。
「うーんとね、特別な物じゃなくて特別なことを売っている場所、かな? 中に入ればわかると思うよ」
物ではなくこと?
もしかして、ここは人魔界で耳にしたことのある娼館というやつなのではないか?
娼館という場所では物ではなくサービスを売っていると酒場のおっちゃんから聞いたことがある。具体的にどんなサービスが売られてるのかは教えてもらえなかったがすごくいい気分になれる場所だとおっちゃんがにやけ顔で語っていたのは憶えてる。
おっちゃんは「大人になって金が手に入ったらオメエも行ってみな、そしたらわかる」と言っていた。
俺はもう十五歳。立派な大人だ。そして金も、ある。
フィナンシェは科学魔法都市ならではのものとしてシアターを紹介してくれたんだから人魔界の娼館とは別物かもしれないが、たぶん人魔界の娼館をグレードアップさせたものがこのシアターなんだろう。
「じゃあ中に入ろっか!」
「あ、ああ」
緊張する。
おっちゃんに話を聞いた時から気になっていた娼館の正体をついにこの目にする時が来たのか。
フッ、悪いなおっちゃん。どうやら俺は娼館の一つ先のステージを体験できるみたいだ。
おっちゃんがあんなにもにやけた顔で語っていた娼館をさらに凄くしたものを体験できるなんて夢のようだ。
そう思って足を踏み入れたシアターの内側は、まさに煌びやかと表現するのが相応しい場所だった。
輝かんばかりに白く汚れ一つない壁、天井。
床には教会で見たものと同じと思われる赤いカーペットが敷かれている。
天井には光を放つ大きな水晶のようなものが吊り下げられていて、その光によって建物内が明るく照らされている。
視線を前に向けると正面には分厚く頑丈そうな石の扉とその横に礼儀正しく起立している従業員らしき人物が見えた。
「ここがシアターの入口! エントランスっていうんだよ! あそこの扉の横にいる人にお金を渡すと面白いものが見れるの!」
楽しそうな様子でフィナンシェが説明してくれる。
視線を左右に動かすと、大人から子供、普通の格好をした人から高そうな服を着こなしている人まで様々な人がいた。
俺たちみたいに戦闘用の装備を身に着けたままの人はいないが冒険者らしき人物も何人かいる。
とりあえずフィナンシェの言う通りに扉の横にいる人物の前まで足を進めお金を支払うと、文字らしきものが彫られている手のひらサイズの木の板を渡された。
もう少しするとこの石の扉が開かれるらしく、そのときに扉の横にいる人物にこの木の板を渡すと中で何かが始まるらしい。
扉が開くまで時間があるということだったので、そのあいだにフィナンシェから天井の光る水晶について教えてもらった。
天井のあれは水晶が光っているのではなく、水晶の中に入れられている魔灯という道具が光を発しているらしい。
魔灯は、以前フィナンシェが説明してくれた科学と魔法を複合させて互いの力を何倍にもしちゃうような凄い装置というやつから常にエネルギーを受け取り光り続ける道具らしく、魔灯自体を破壊する以外に光を消す方法がないため限られた場所にしか設置されていないそうだ。
水晶は魔灯の光量を和らげる効果を持っていて、もしあの水晶がないとエントランス一面が真っ白に染まり何も見えなくなってしまうらしい。
魔灯はその眩しさとリカルドの街から徒歩一日半くらいの距離を超えると光らなくなるという特性さえなければダンジョン探索等にも使えて便利なのにとフィナンシェはぼやいていた。
魔灯と水晶に関する解説が終わった後に、科学と魔法を複合させて互いの力を何倍にもしちゃうような凄い装置の正式名称はなんなのかときいたところ、知らないという答えが返ってきた。
フィナンシェに聞きたいことを聞き終えたタイミングで扉が開かれたので木札を渡し中へ入ってみると、そこにはたくさんの椅子と一番奥には一段高くなっているスペースがあった。
以前、孤児院に来た指輪をくれた偉いおっちゃんが話していたっけ。王都には劇場と呼ばれる劇を見るための建物があって演者は観客の目線よりも高い位置に立って役を演じるとかなんとか。
偉いおっちゃんの話だと一段高くなっている場所は舞台と呼ぶんだったか。
ということはシアターは劇場の凄い版であって娼館の凄い版ではなかったということか。
正直、町にある娼館よりも王都というキラキラした場所にある劇場の方が気になっていたし憧れてもいたからシアターに対する期待がさらに高まったな。
劇なんて二回くらいしか見たことないからな。しかも町に来た旅芸人の一座が町の広場でやっているのを見ただけだから、屋内で、それも舞台の上での劇なんて見るのは初めてだ。
まだ舞台上で劇をやると決まったわけじゃないが、なんにせよこれからここで行われるのは科学と魔法を組み合わせたこの街ならではの何かなんだ。
人魔界では体験できないような凄いことを体験できるってんだから期待が裏切られるなんてことはないだろう。
テッドも楽しめるよう舞台に近い位置の席に着いてから数分後、舞台上に着飾った女性が出てきてこれから何が始まるのかを説明してくれたのだが言っていることがいまいち理解できなかった。
これから何かを見ることになるのはわかった。しかし、舞台上に映像が投影されますので、なんて言われてもさっぱりだ。映像とか投影とか知らない言葉を使うのはやめてほしい。
フィナンシェに聞こうにも、女性が舞台に出てきたときにこれから先は私語は慎んでくださいと釘を刺されてしまっている。
一体なんなんだと思っているうちに女性が舞台上から去り劇が始まってしまった。
頭に疑問を浮かべたまま見始めた劇だったが、その内容は凄まじいの一言だった。
やけにリアルな背景や音に、まるで自分が劇を演じる演者の一人にでもなったかのような気分を味わえた。
おそらく幻惑魔法を使っていたのだろう。
場面一つ一つ、劇全体が臨場感あふれるものとなっていて登場人物が何かするたび、何か事件が起きるたびに次はどうなるのかとハラハラどきどきさせられた。
実際に自分が体験しているかのように進んでいく物語に自然と心が引き込まれ、劇が終わったときには今まで感じたことのない不思議な充足感が残った。
劇の内容はこの世界の歴史の一幕だった。
ある日突然、一匹のスライムが自分の縄張りから出てきたことでスライムの縄張りを避けるようにして生活していた魔物や人々が大量に死ぬところから始まり、その後は人々や魔物がスライムから必死に逃げ回る姿、どうにかしてスライムを倒そうとしたり元の縄張りまで戻ってもらえないかと知恵を巡らせたり、最後に十人の騎士隊が自らの命と引き換えにスライムの侵攻を食い止めたときには涙が出てきてしまった。
スライムが一撃で山を粉砕したり地面を割ったりしたときには俺の中にあったスライムは弱いという固定観念が脆く崩れ去った。
まさに最高の舞台だったと言わざるをえない。
このシアターを紹介してくれたはずのフィナンシェも涙を流していたのには驚いたが、まさにそれだけ良い出来の舞台だった。
フィナンシェによる今日の街案内はまだ始まったばかりなのに、いきなりクライマックスを迎えてしまったという気分で俺たちはシアターをあとにした。