シフォンからの提案
「――というわけで、俺とテッドとフィナンシェはシフォンに会うため。ノエルは回復魔法を利用した効率的な特訓をするためにブルークロップ王国まで来たんだ。できればでいいんだが、ノエルに協力してやってくれないか?」
「シフォンちゃん、お願い」
俺が事情を説明し、フィナンシェが一言添え、ノエルが頭を下げる。
俺たちがシフォンに会うために王都を目指していたということは伝えたし、ノエルがテッドに全く近づけるようにならず苦戦しているということも伝えた。
これで多分、伝えるべきことはすべて伝えたと思うんだが……シフォンは協力してくれるだろうか?
事情を説明し始めるまえはシフォンならきっと協力してくれるだろうなんて考えもしたが、よく考えたらシフォンがこの街にいる理由をまだ聞いてないしな。
もし何かやらなくてはいけないことがあってこの街にいるのだとしたら、その事情次第ではノエルに協力する時間なんてないかもしれないよな?
「ノエルさんに協力して差し上げればよいのですか?」
「ああ、そうだ」
「アタシからもお願いするわ」
きょとんとしたような顔で頼みごとの内容を確認してくるシフォンと、一度顔を上げ、シフォンの顔を見ながら再度自分の口から依頼を請願するノエル。
アタシからも、ではなく、ノエルがメインなお願いなのだが……まぁ、この際些細なニュアンスの違いはどうでもいいか。
先ほどまでの礼儀をわきまえていない態度に比べたら、しっかりと頭を下げながらお願いしている今の態度の方がずっといい。
そもそもノエルはシフォンよりも年下だからな。
この世界に来たばかりの頃に、この世界では年上には敬語をつかわなければいけないとフィナンシェから聞いた覚えがあるし、むしろさっきまでのシフォンを敬う気のないノエルの態度の方がどうかしていたのだろう。
「ノエルさん、顔を上げてください。私なら時間の許す限り協力いたしますから」
綺麗な笑顔と優しい声でシフォンがノエルへの協力を承諾する。
俺やフィナンシェに接するときの口調に比べるとノエルに対してはまだどこか一歩引いてしまっている感じだが、ノエルに対して悪感情を抱いている様子はない。
俺がノエルと出会ったばかりの頃はノエルに対して苦手意識を持っていたんだが、この様子を見る限りだとシフォンはそういうものとは無縁そうだな。
ラーゼも俺の口調や態度を気にしていなかったし、ブルークロップ王国の王族は相手の態度に大らかなんだろうか?
「そういってくれると助かる」
「シフォンちゃん、ありがとう」
「感謝するわ」
まぁ、なんにせよ話がまとまったみたいで良かった。
シフォンはフィナンシェ以外で唯一テッドに近づけるようになっている人間でもあるからな。
テッドに近づけるようになるまで時間がかかっていたこともあってノエルの苦労も理解してくれそうであるし、シフォンが協力してくれるのであればノエルもテッドに近づけるようになるのではないだろうか。
「それではまず、コマ遊びをしましょうか」
「コマ遊び?」
シフォンがノエルへ協力することに決まりある程度お茶を飲み終わったあと、シフォンが突然そんなことを言い出す。
たしかにシフォンは次に会ったらコマで遊ぶというような約束をテッドとしていたが、まずはノエルの特訓への協力が先なのではないだろうか?
シフォンの性格からして、他人に意地悪をするなんてことはないはず。
今すぐにでも特訓を始めたいと言っているノエルの意向を無視するようなことはないと思うんだが、これはどういう意図の発言なんだ?
「テトラ」
「はっ!」
次いでシフォンがテトラの名を呼ぶと、テトラが何事かを口にしたあと他の護衛騎士五人が部屋から出ていく。
テトラが何を言ったのかはわからないが、護衛騎士というのはシフォンを守るための存在だったはずだ。
それなのにシフォンを置いて部屋から出ていってしまってよかったのだろうか?
というか、どうして出ていったんだ?
「テッド様のことを知っているのは私とテトラだけなので、人払いさせていただきました」
疑問の答えはすぐにシフォンの口から告げられる。
てっきり護衛騎士たちにはテッドのことを話していると思ったんだが、話していなかったのか。
「それなら、さっきテッドの名前を出したのはまずかったか?」
この部屋にいる人間は全員テッドの存在を知っていると思って話をしてしまったのは軽率だったかもしれない。
ノエルが近くにいるからテッドをかばんから出すような真似はしていないが、テッドもシフォンと会いたがっていたとかノエルがテッドに近づけなくて困っているとか、そういったような会話をしてしまったしな……。
テッドの正体やテッドがかばんの中にいることまでは悟られてないと思うが、何か違和感くらいは与えてしまったかもしれない。
「まずいということはないと思います。テッド様がスライムだとは一言も言ってませんでしたし、声もあまり大きくなかったですから。気にしなくても大丈夫なはずです」
シフォンは五人には声が聴こえていなかった、もしくは聞こえていたとしてもテッドが何の名前なのかまではわからないだろうと言ってくれているが、本当だろうか?
護衛騎士たちは俺たちから離れたところに立っていたし、シフォンの言う通り会話が聞かれていなければ一番いいんだが……。
もし違和感を持たれていたりテッドの正体に気づかれていたりしてしまっていた場合はシフォンから黙っているように言ってもらえればいいか。
五人はシフォンの護衛騎士なのだし、シフォンが秘密にしろと言えば秘密にしてくれるような気がする。
「問題ないということなら話を戻すが、どうしてコマで遊ぶんだ? テッドと約束したからか?」
それともシフォンがテッドとコマで遊んでいるあいだにノエルにはテッドに近づく特訓をしてもらって、ノエルが疲労してきたら適宜シフォンがノエルに回復魔法を使用するといった考えなのだろうか?
「はい。もちろん約束をしていたからという理由もありますが、私がテッド様に近づけるようになったのはコマで遊んでいたときだったので。先程の話だと、ノエルさんはまだコマ遊びを試していませんよね?」
「あー、そういえば」
テッドへの怯えを上回るほど何かに熱中していればテッドにも近づけるようになるかもしれないなんて考えのもとコマで遊びながらテッドに接近できるようにならないかと試してみたら本当に近づけるようになってしまったんだったか。
言われてみれば、ノエルはまだテッドとコマで遊んだことはなかったかもしれない。
「私のときは、コマを回して楽しそうにしているテッド様を見ているうちに段々と恐怖心が薄れていったような気がします。まずはテッド様が恐れるような存在ではないと認識するところから始めてみてはいかがでしょうか?」
「シフォンがそう言うなら、やってみるか。ノエルもそれでいいか?」
「ええ。それで近づけるようになるっていうならどんなことでもやるわよ」
それなら、決まりだな。
「ただ、コマは四つしか持ってないんだが残りの二つは誰が使う? シフォンがテッドに近づけるようになったときもテッドと俺たち三人で遊んでいたし、できるだけ大人数でやった方がいいよな?」
本当なら俺が参加してノエルの対抗心を煽りながらテッドへの恐怖心を薄れさせていくというのが一番効率が良いような気がするが、遊びでまで突っかかってこられるのは面倒くさいからな。
できれば、テッド、ノエル、フィナンシェ、シフォンの三人と一匹で遊んでほしいところだ。