予期せぬ出会い 突然の再会
最初は見間違いかとも思ったが、さすがに一分以上も凝視し続ければそんな疑いもなくなる。
フィナンシェもあれがテトラだと言っていたし、いくつかの店をまわり数種類の果実や肉等を購入しているのは間違いなくテトラだ。
《シフォンや他の護衛騎士は近くにいるか?》
『いないぞ』
ただ、テトラは私服姿だし、テッドの感知範囲内に他の護衛騎士たちやシフォンの反応はない。
「お買い物してるみたいだね。声かけてみる?」
「声をかけるにしても、もう少し様子を見てからの方がいいんじゃないかしら。鎧も着ずに一人で行動しているのが気になるわ」
呑気なことを言っているフィナンシェと、行動するなら慎重にと言うノエル。
二人の発言を比較すると、ノエルの方が正しいように思える。
「俺も、慎重に行動した方がいいと思う」
護衛騎士について詳しいことは知らないが、これまでに教えてもらった情報を統合するとシフォンの護衛騎士隊隊長であるテトラがシフォンのそばを離れることは余程の理由がなければありえない。
買い出しをしているだけのようにも見えるが、買い出しならテトラ以外の護衛騎士五人の方が適任だしな。
隊長であるテトラがわざわざシフォンのそばを離れてまでこうして買い物に来ているということは、他に何か目的があるのではないだろうか。
というか……。
《テトラは俺たちに気づいていないのか?》
『そんな様子はないな』
《そうなのか?》
テッドはテトラが俺たちに気づいた様子はないと言っているが本当だろうか?
あれだけ強い上に護衛騎士という役職のために視線にも敏感だと思われるテトラがこんなにも長い時間凝視されていて気づかないはずがないと思うんだが……。
俺とテッドだけで考えていてもしょうがないな。
二人に相談してみるか。
「――と、俺は思うんだが。二人はどう思う?」
とりあえず考えを伝えてみたが、二人の見解はどうだろうか?
フィナンシェとノエルなら俺やテッドでは気づけないようなことにも気がついているような気がするんだが。
「そうね。アタシもアンタの意見に賛成よ。たぶんだけど、アタシたちがここにいることには気づいていて、そのうえで無視をしているんじゃないかしら?」
やはり何か気づいてるみたいだな。
しかし……。
「無視?」
「そう。無視よ」
テトラが俺たちを無視?
以前、最後に別れたときはかなり好意的な対応をしてくれていたと思うんだが……何か嫌われてしまうようなことでもしてしまっただろうか?
「テトラさんは私たちがここにいることには気づいているけど、話しかけられない事情がある。ノエルちゃんが言っているのはそういうことだよね?」
「ええ、そうよ。何かの任務中の可能性が高いわね」
……ああ、なるほど。そういうことか。
俺たちのことが嫌いになったから話しかけてこないんじゃなく、俺たちに気づいていても話しかけてこられないような事情があると。
「つまり、俺たちからも不用意に近づかない方がいいんだな」
テトラは何か理由があって俺たちに近づいてこない。
それなら俺たちもテトラに近づかない方がいい。
単純に考えると、そういうことになる。
「そういうことよ。それと、これはチャンスでもあるわね。予定を前倒しできるかもしれないわ」
「チャンス?」
テトラ側に何か事情があるかもしれないということはわかったが、それと予定を前倒しできるかもしれないということにどんな関係があるんだ?
「トール。テトラさんがここにいるってことはシフォンちゃんもこの街にいる可能性が高いってことだから……ね?」
俺の疑問に答えるようなフィナンシェの言葉。
思考を誘導し、俺に結論を出させようとしているみたいだが……シフォンもこの街にいる可能性が高いということはつまり……。
「ここにシフォンがいるのなら、王都にまで行かずともすぐに特訓を始められるってことか」
「うん、そういうことだよ」
俺たちが王都を目指している理由はシフォンに会うためだからな。
ここで会えるならわざわざ王都まで行く必要もなく、ノエルの特訓も予定より早く始められるということか。
「まずは状況を把握しないといけないわね。どんな事情があるのか、徹底的に調べ上げるわよ」
「思ったよりも早くシフォンちゃんに会えるかもしれないね! シフォンちゃん元気にしてるかな~」
ノエルは思わず巡ってきたチャンスにやる気を漲らせ、フィナンシェはすでにシフォンと会える気満々。
俺としてもシフォンとは早く会いたいところだが、少し様子がおかしい。
『来たぞ』
《来てるな》
テトラの様子が、少しおかしい。
おかしいというか、思っていたのと違うな。
今までの俺たちの会話が何だったのかと思えてしまうくらいまっすぐに、こちらに向かってきている。
「おい、テトラがこっちに向かってきているぞ。俺たちに近づけない事情があったんじゃないのか?」
テトラは俺たちに近づけないというのがノエルの予想だったが、状況から判断するにノエルの予想は外れていたのだろうな。
「護衛騎士ならアタシたちにくらい気づいてると思ったんだけど、普通に気づいてなかっただけだったみたいね」
予想を外したことを恥ずかしがるような素振りもなく、むしろなぜか胸を張りながらノエルが自信満々に言い切る。
まぁ、予想が外れるなんて珍しいことでもない。
現実と予想が違っていた。ただそれだけのことか。
「でもこれって、心配するような事情はなかったってことでもあるよね。よかった~」
たしかに。フィナンシェの言う通り、テトラがこっちに来るということは安心できる状況でもあるな。
テトラの表情も深刻そうなものではないし、シフォンが何か面倒事に巻き込まれているとかそういう事情はなさそうでよかった。
「トール殿、フィナンシェ殿、ノエル殿。久しぶりだな。ここで会えるとは思わなかったが、三人とも元気そうでなによりだ。それで、この街に訪れた理由はやはり依頼か?」
挨拶をしてきたテトラの態度も落ち着いている。
やはり、無視していたとかではなく普通に気づいてなかっただけみたいだな。
これなら何の心配もなくシフォンのもとまで連れて行ってもらえそうだ。
「いや、俺たちは――」
その後、実はシフォンたちが厄介な事件に巻き込まれているなんてこともなく、近づいてきたテトラと普通に挨拶を交わし俺たちがこの国に来た理由を説明すると、普通にシフォンのいる屋敷まで案内してもらえることになったわけなんだが……俺たちとシフォンは友達でテトラとも面識があるとはいえ、こんなに簡単に王族と会えてしまってよいものなのだろうか?
テトラに案内された屋敷の一室。
そこへと通じる扉を開いた直後視界に入ってきたのは、装飾の少ないシンプルなドレスを着たシフォンの姿。
そして、聴こえてきたのは俺たちの名前を呼ぶシフォンの嬉しそうな声。
「トール様! フィナンシェ様!」
お茶を飲んでいたシフォンが椅子から立ち上がり、驚きと喜びの表情を浮かべながら小走りで駆け寄ってくる。
「シフォン、久しぶり」
「シフォンちゃん!!」
俺とフィナンシェが声をかけると、シフォンの表情がさらに喜色へと染まっていく。
再会を喜び合う俺たちとシフォン。
互いの表情を確認したあとは、俺とフィナンシェの視線はシフォンの首元へ、シフォンの視線は俺の背負っているかばんとフィナンシェの左手首へと自然に向かう。
そこにあるのは“友情の証”。
予定よりも早まった久しぶりの再会。
駆け寄ってくるシフォンの首元には、いつか俺が贈った金色の指輪が輝いていた。