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予期せぬ人物

「――仕方ないわね。一日くらい我慢してあげるわよ」


 長い話し合いの末、ノエルが諦めたように力なくそう口にする。


「それって……」

「今日は町で一泊してから王都に向かいましょう。そのかわり、到着が遅れる分いろいろと協力してもらうわよ」

「うん、いくらでも協力するよ! 何でも言って!」


 ノエルが折れ、フィナンシェが喜ぶ。


 俺としてはノエルの言った「いろいろと協力してもらう」という言葉の『いろいろ』の部分について詳しく聞きたいところだが、なにはともあれやっと説得に成功したんだ。

 ノエルの気が変わっても困るし、今は余計なことは言わないでおこう。


「それじゃあチーズを買ってから出発しよっか!」


 話がまとまるとフィナンシェが元気よく立ち上がり、支払いを済ませる。

 銀貨を十枚くらい渡していたように見えたが、あんなに食べていただろうか?


 たしかノエルに野営の大変さと町に泊まることの利点を説明し、料理を追加注文して、シフォンのところへの到着が一日くらい遅れたところであまり影響はないんじゃないか諭しつつ、再び料理を注文して、色々と意見を言い合いながら、さらに注文をして……。


 思い返してみると、結構食べてるな。


 テッドやフィナンシェといると食事代がかさむことはよくあるが、高級店でもないのにこれだけの金が一度に飛んでいったのは初めてかもしれない。

 贅沢をしなければ銀貨二~三枚で一日生活できることを考えると、三~四日生活できるくらいの金が一度になくなったことになるだろうか。


 俺たちは三人と一匹だから、これを一人当たりに換算すると…………上手く計算できないが、仮に四人分の食事代だと考えたとしても一食で支払う額としては異常な金額になっているんじゃないかということは容易に予想できる。


 まぁ、ノエルを説得するあいだテッドとフィナンシェが絶えず食べ続けていたことを考えると妥当な値段かもしれないな。


 というか、チーズを買い込んでから出発することは決定事項なのか。

 美味いから、文句はないが。






「いっぱい買えたね!」

「……そうだな」


 フィナンシェは大量に買ったチーズを見てニコニコとしているが……どう考えてもこれは多すぎるんじゃないだろうか。俺の背負いかばん一つ分くらいの量はあるんだが……。


「これ、本当に食べきれるのか?」


 購入前にチーズの可食期間は長いという説明は受けたが、毎食チーズというわけにもいかないし、さすがにこれは多すぎるのではないだろうか。


「うん、大丈夫だよ! チーズの調理法はたくさん知ってるから、トールたちに飽きを感じさせないうちに使い切ってみせるよ!」


 フィナンシェがそう言うなら信じたいし楽しみでもあるが……最悪の場合、テッドに食べさせればいいか。

 テッドなら味に飽きることもないだろうし、人間には食べられないものでも問題なく消化することができる。


 今さら返してこいとも言えないからな。

 不安はあるが、なるようになるだろ……多分。


「じゃあ、買い物も終わったし次の町目指して出発しよう!」


 チーズが買えてご機嫌なのか、いつもよりも元気が良いな。

 なんというか、今にも跳ねだしそうなほど嬉しそうに歩いている姿なんかはいつもよりアホっぽく見える。


 とはいっても、チーズの産地が少ないこととこの町のチーズが一番フィナンシェ好みの味をしているらしいことを考えると目に見えるほど喜びたくなる気持ちもわからなくもないが。


 ……それにしても、こうして見ていると少し食欲が異常なだけの普通の女の子に見えるのに、どうしてあんなに強いんだうなフィナンシェは。






 視界を遮るものがないほど荒廃した荒野を抜け、何の面倒事もなく辿り着いたブルークロップ王国最初の街、交易都市リーシャン。

 交易都市というだけあって物の売買が盛んで活気があるが、主な交易先がカナタリ領だからか思ったよりも異国の地という感じがしないな。


「屋台や露店商、それに行商人みたいな格好をした人も多いな」

『そういう場所なのだろう? 街に入る前に、フィナンシェから次の街は交易都市だと聞いたと言っていたではないか』

「そうだな。概ねフィナンシェが言っていた通りだ。リカルドの街に近い雰囲気の街だし、シフォンと会ったあとはここで数日過ごすのも悪くないかもしれないな」


 面白そうなモノもたくさん売られているし街の雰囲気も良い。

 王都に行ったあと、リカルドの街に戻るまえに数日くらいリーシャンを見てまわるのも楽しそうだ。


「ノエルちゃんは何も買わなくていいの? このパンとかすっごくおいしいよ?」

「リーシャンなら何度か来たことがあるもの。掘り出し物でもあれば別だけど、今さら買いたいものなんてないわ」


 ただ、交易都市に来ても食べ物にしか目がないフィナンシェはおいておくとして、ノエルもこの街に慣れた様子だからな。

 帰りにここに数日滞在したいと言っても聞き入れてもらえないかもしれない。


 まぁ、そのときはそのときか。

 言うだけ言ってみるのは悪くないだろう。


『おい』


 考え事をしている最中、突然のテッドからの念話。

 テッドがいきなり『おい』なんて言ってくるのは何かを見つけたりしたときくらいだが、何かあったんだろうか?


《どうした?》

『右後方、大きな柱の近くに見覚えのある反応があるぞ』

『見覚えのある反応?』


 この世界での知り合いは少ない。

 ましてや、リカルドの街から遠く離れたこの場所で逢える知り合いなど限られているはずだ。


 右後方か。一体誰がいるというのだろうか?


「……店主、これとこれ、それとそこのそれも頼む」


 本当に知り合いがいるのかどうかも怪しいと思ったが、右後方に意識を向けると、たしかに聞き覚えのある声が聞こえるような気がするな。

 というか、この声は……。


「あれ、この声もしかして……」


 フィナンシェも気づいたのだろうか。

 俺と同じく、声のする方を向いているみたいだが……。


「ねぇ、トール、ノエルちゃん。あれって、テトラさんじゃないかな?」


 テッドの反応した場所、フィナンシェの指し示す先。

 そこにいたのはいつもの騎士姿ではなく私服姿のテトラ。


 テトラはシフォンの護衛騎士だから王都から離れたこんな場所にいるのはおかしいと思ったが、フィナンシェもこう言ってるってことは見間違いではなさそうだな。ということは、やはりあれはテトラか。


 しかし、あれがテトラなのだとしたらどうしてこんな場所にいるんだ?


 私服姿でいるということは仕事中ではないみたいだが、護衛騎士というのは特別な理由があるとき以外は片時も護衛対象から離れないものではなかったのだろうか?

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