試み成功
すみません。執筆時間がなかなか確保できず遅くなりました。
馬が走り始めると両手で握っている棒と繋がれた縄がピンと張り、身体が一気に前へと引っ張られる。
「うぉっと」
思った以上の加速だな。
一瞬で腕がシビれた。
ただ、初速はキツかったが、速度が安定してからはそれほど大変でもないような気がする。
腕にかかる負荷も耐えられないほど強くはないし、これも訓練と思えば案外悪くない。
特に、振動があまり伝わってこないのがいい。
多少の揺れはあるとはいえ、馬に乗っているときほどひどくないし、揺れのほとんどは腕にしか伝わってこない。
これなら、気持ち悪くならずに済む。
保険もあるから、気持ちも軽い。
棒から手を離してしまったり棒から伸びた縄が千切れたりしたとしても、身体に巻き付けたこの縄があればフィナンシェたちに置いていかれるなんて事態にはならないはず。
そう思うだけでだいぶ気持ちに余裕が生まれる。
不満な点があるとすれば、身体に巻き付けている縄が風に揺られて右に行ったり左に行ったりする感触がこそばゆく鬱陶しいということくらいだろうか。
とはいっても、保険としての役割上、不必要に身体が引っ張られないようにと身体に巻き付けている縄は棒に繋いでいる縄よりも長くしているのだから長さの余ってしまっている部分が風に煽られ揺れてしまうのは仕方がない。
それに、ノエルが頑張ってくれているのだろう。
昨日の段階では浮遊魔術で出せる最高速を凌駕する速度で飛び続けることになるために正面からくる風の勢いを減衰しきれないかもしれないという話がノエルから出ていたのに、正面からの風による抵抗はまったく感じられない。
おそらく、ノエルが何かしてくれているはずだ。
馬に乗りたくないという俺のワガママに付き合ってもらった上にここまで気をつかってもらって、これで文句を言ったら罰が当たってしまう。
身体に巻き付けた縄が揺れる感触は不便でも不快でもないし、ほんの少し我慢すればいいだけ。
できるだけ気にしないようにしていれば、すぐに昼休憩になって一旦地上へと下りられるだろう。
『気分はどうだ?』
《悪くないぞ。馬に乗っていたとしたら今頃はもう気絶していた頃だろうし、あの気持ち悪さに比べたらこの移動方法はめちゃくちゃ快適だな》
馬で移動していたときは今みたいにテッドと会話する余裕もなかったことを思えば、まさに天地の差。
まったく気持ち悪くならないし、吐き気とも戦わずに済んでいる時点で試みは成功。
縄が切れる様子もないし、ノエルが拒否しない限りは遠方へ行くときには必ずこの方法で移動させてもらいたいくらいだ。
《テッドはどうだ? カラダに違和感とかはないか?》
馬の移動速度と揺れにも平然としていたテッドだ。
場所が空に移ったとはいえ、この程度の速度と揺れに憶することはないと思うが一応聞いておくか。
『何も問題ないぞ』
《……だろうな》
まぁ、そうだよな。
そうじゃないかとは思っていたし、予想通りすぎて何も言えない。
そろそろこの移動方法にも慣れてきたからテッドとの会話で暇を潰そうと思ったんだが、最初から躓いてしまったな。
次の話題に変えようにも、魔物への警戒を緩めるわけにはいかないからあまり難しい話はできないし……さて、どうするか。
リカルドの街を旅立ってから三日。
縄が千切れることも、身体に異常が起こることもなく、ノエルが浮遊魔術の使用を苦としている様子もない。
浮遊魔術をつかいつつ馬に引っ張ってもらいながら移動するようにして正解だったな。
移動速度を落とさず、かといって俺の体調が最悪になることもない。
警戒も楽だ。
空を飛ぶ魔物のほとんどは馬の速度についてこられないから警戒するにしても前方にだけ注意を向けていればいいし、実際のところ前方から飛んできた魔物も風の勢いを殺すためにノエルが張ってくれている結界に弾かれるため俺やテッドが何かするまでもなく後方へと消えていく。
というより、こちらが超速で移動しているせいか前方から飛んでくる魔物は遠くに小さく飛んでいる姿を確認できたと思った次の瞬間にはあっという間に眼前に迫ってくるから回避は不可能。対処行動もとる暇がない。
ノエルの結界がなければ俺とテッドはすでに五~六回は死んでいるだろう。
俺やテッドが生きていられるのは間違いなくノエルが高度な結界魔術の力量を持っているおかげ。
そう考えると、ノエルが凄腕の結界魔術の使い手でよかった。
馬で移動するときにはこれからも浮遊魔術をつかってもらえるということで話もついたし、今後は馬酔いに悩まされることもなく快適に移動することができる。