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街案内初日

 今日明日はフィナンシェによる街案内、冒険者業は明後日から再開することとなった。


 敵の襲撃があることも考え、しっかりと装備を確認してから宿を出た俺たちはいま、宿近くの屋台で買ったパン・サラダ・果実を食べながら通りを歩いていた。


「ああ、幸せ~」


 果実をかじったフィナンシェがそんな声を上げる。


 フィナンシェに街を案内してもらうと決めた後、そういえばフィナンシェと話してる最中、テッドが全然会話に混ざってこなかったなと思ってテーブルの上に目を向けると俺とフィナンシェの分のパンとサラダがテッドによってすべて喰い尽くされていた。

 それを見て、昨日のフィナンシェも飲食を優先して会話に入ってこなかったなあと思っていたらフィナンシェが「あー! 私たちの分も食べちゃったの!?」と騒ぎ始めたため昼食の追加購入をすることになったのだが、パンとサラダを買うついでに買うことのできたこぶし大の赤い果実はたしかに美味しい。

 微かな酸味のあとにくる優しい甘みが舌を喜ばせてくれる。シャクシャクといった食感もいい。

 人魔界にいた頃はこんなに美味しいもの食べたことがなかった。


 それにしても、と思い隣を歩くフィナンシェを見る。

 キラキラとした目で嬉しそうに果実を眺めている姿はとてもアホそうだ。

 あのキリッとした外面モードは冒険者ギルド内だけの姿なのだろうか。だとしたら、筋肉ダルマはどうしてフィナンシェの本性に気付いてないのだろうか。

 気付いていたら決闘の時やその後のフィナンシェの言動を悪い方に解釈しなかったかもしれないのに。


 今も隣でアホみたいな顔しながら歩いているフィナンシェを見るとどうしてもそう考えてしまう。

 外面とはかけ離れたこのアホ面を見ればこっちがフィナンシェの本当の姿だと気付きそうなもんだが、冒険者たちの目は節穴なのだろうか。もし気付いてる奴がいるなら早く筋肉ダルマに教えてやれよ。

 いっそ俺から筋肉ダルマにフィナンシェの本性を教えてしまおうか。

 街中でこんな顔をさらしているんだ。フィナンシェだって本性を隠しているわけじゃないだろうし問題ないだろう。

 筋肉ダルマが信じてくれればよし。信じなくても多少はフィナンシェへの態度が変化するだろう。

 なにせ俺の言うことなら何でも聞きそうだからなあいつ。俺がフィナンシェは本当はお前らをバカにしてないぞと言えば、正面切ってそんなわけねえ! なんて言ってこないだろう。

 少なくとも表面上は敵対の意思を見せないようにするはず。フィナンシェを見るたびに殺気をぶつけられたんじゃフィナンシェと一緒にいることの多い俺の身が持たないからな。


「あ、トール! ここが教会だよ!」


 最初の目的地に着いたみたいだ。

 フィナンシェが指し示した先には立派な建物があった。

 教会というのは人魔界にもあった。たしか、神を信仰している人たちがつくった建物だったはずだ。ということはこの世界にも神がいるのか。


「あの像がこの世界をつくった神様。祈るときは像に向かって祈るんだよ!」


 出入り自由という教会の中に入ると赤いカーペットが敷き詰められた以外は何もない広い空間が広がっていた。その奥に鎮座している大きな像が神様らしい。

 人魔界では女神が世界をつくったとされていたが、この世界ではあの立派な髭をたくわえた爺さんが世界をつくったとされているのか。

 地球界には神様がたくさんいる多神教という考えがあると聞いたこともあるし、人魔界をつくった神とこの世界をつくった神が別の神だったとしてもおかしくはないか。


 教会内には像に向かって祈りを捧げてる人も何人かいた。

 人魔界の教会は長椅子がずらっと並んでいてその椅子に座りながら手を組んで像を仰ぎ見るのが神へ祈りを捧げるときの作法だと教わったが、この世界では片膝をついて頭を下げた姿勢で神への祈りを捧げるみたいだな。


 俺は神が人間に対して何かしてくれるだなんて考えたことはないが世界をつくってくれたことは感謝している。

 この世界をつくったのがこの爺さんだというのなら俺も感謝の祈りを捧げておこう。この世界が存在していなければ“世界渡り”の結果、人間が生きていけないような世界に飛ばされていた可能性もあったからな。

 神様、この世界をつくってくださってありがとうございます、と伝えるくらいはしておかないとな。






 教会を出たあとは武器屋、雑貨屋、露天商なんかを見て回ったり、フィナンシェとテッドの希望により色々な物を食べ歩いたりした。

 テッドに食べさせるためにはテッドの入ったかばんの口を緩めなければいけなかったが、テッドの魔力はほぼ真上にしか漏れなかったらしく特に問題が起こることはなかった。

 他人から三メートル以上離れられるような場所がなかったため、仕方なく他人が近くにいる状態でかばんを開けることになったときはひやひやしたがテッドの魔力に触れたことで発狂した人はいなかった。

 今すぐかばんを開けて食べ物を寄越さないとかばんから出るぞとテッドが言い出しさえしなければひやひやすることもなかったのだが、少しかばんを開けるくらいなら大丈夫と知ることができたのはよかった。これでこれからはびくびくせずにかばんを開けられる。


「トールはもう食べないのー?」

「俺はもうお腹いっぱいだよ」

「そうなんだ」

『仕方ない。お前の分は我が食べてやろう』


 もう満腹だと答えるとフィナンシェは自分の食事に戻り、テッドは俺の分として購入したパスタに手を付け始めた。というか、テッドが催促してきてうるさいから俺がかばんにパスタを突っ込んだんだが。

 胃がもたれそうな思いでフィナンシェとテッドの入ったかばんを見ていると、フィナンシェは食べていたものがなくなったのかまた食べ物を売っている屋台へ近づいていった。


 こいつらはいつまで食べ続けるつもりなんだろうか。

 俺の食べ歩きは終わったがテッドとフィナンシェの食べ歩きはまだ続いている。

 すでに結構な量を胃に収めているというのに一体いつになったらこいつらの食欲は満たされるのだろうか。


 テッドが大食いなことは知っていたがフィナンシェもそうだったとはな。

 出会ってから今日までほとんどずっと一緒にいたが今までは普通の食事量だったはず。

 テッドを恐れて胃が小さくなっていたのだろうか。

 昼に俺とフィナンシェの分のパンとサラダを食べてしまったテッドに対し文句を言えるくらいにはテッドに慣れたようだし食欲も元に戻ったのかもしれない。

 あの細い身体のどこに消えていくのかはわからないが、いっぱい食べると強くなれると聞いたこともある。もしかしたら、あの食事量こそがフィナンシェの強さの秘訣なのかもしれない。

 この前の薬草採取依頼のおかげで金はあるし、俺も少し食べる量を増やしてみるか。


「そういえば、フィナンシェはテッドにだいぶ慣れたみたいだな。宿を出る前なんか、かばんに入ってないテッドのすぐ近くにいたけど平気そうだったし」

「え? ああ、うん。まだ三メートル以内に近づいちゃうとすっごく嫌な感じはするけど、テッドが私に危害を加えないってことはわかってるからなんとか大丈夫かな」

「そんなもんか」

「そんなもんだよ」


 いや、絶対そんなもんじゃねえだろ。とは思ったが口には出さない。

 テッドの魔力に触れると感じるっていう嫌な感じがどの程度のものかはわからないが、安全だとわかっていれば耐えられるなんていう生易しいものじゃないことだけはわかる。

 ギルド長が言うには本能が全力で拒絶反応を起こす感じであって理性で抑え込めるようなものではないという話だった。

 しかし、現にフィナンシェはテッドに近づいても大丈夫だった。

 ということはだ。

 フィナンシェの底抜けな能天気さが本能を上回ったってことなのではないだろうか。

 ……うん。普通なら、ありえないだろ、と言っているところではあるがフィナンシェのアホさ加減は普通ではない。

 これまで見てきたフィナンシェのアホな言動と適応力を考えるとフィナンシェならさもありなんと思えなくもない。

 っていうか実際にテッドに近づけちゃってるからな。そう考えるしかないだろう。


「難しい顔してどうしたの? トールもお腹空いた?」

「フィナンシェは本当にアホだなと考えていただけだ。気にするな」

「ひっどーい! 私アホじゃないもん!」


 もん! とか言ってるところが最高にアホらしい。

 たぶん、本能までアホなんだろうな。アホすぎて嫌な感じというやつにも慣れてしまったんだろう。

 ある意味すごいが、本当に残念なやつだなこいつ。


「あ! もうこんなに暗くなってる! あそことあそこのお店で買い物してから早く帰ろ!」


 あそことあそこのお店って、どっちも串焼きなんだが。


「まだ食べるのか。まさか明日もこんな感じで食べ歩くのか?」

「違うよ! あれは夕飯用! それに明日はトールたちに科学魔法都市ならではってものを見せてあげるんだから楽しみにしといてよね!」


 夕飯用ってやっぱりまだ食べるつもりなんじゃないか。

 それにしても科学魔法都市ならではのものか。

 たった数日のあいだに色々あったせいですっかり忘れていたけど、この街は科学魔法都市とかいう世界にも三つしかないすごい街なんだったか。

 てっきり強固で巨大な結界を維持することだけに科学魔法ってのが使われてるもんだと思ってたんだがそうじゃないのか。

 あんなにすごい結界みたいなのが他にもあるってことだよな。それはすごい。ぜひ見てみたい。


 フィナンシェの買ってきた串焼きを両手いっぱいに持たされながら、明日はどんなすごいものが見れるのだろうと期待に胸を膨らませ宿へ戻った。

 宿に戻る途中、俺に串焼きを持たせ両手が自由になったフィナンシェがまた新しく食べ物を購入してきたことは言うまでもない。

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