休日の訓練
やっと巡ってきた五日ぶりの休日。
普段なら街から出ずにしっかりと身体を休めていたところだが、今日は――いや、今日からは違う。
「さて、やるか」
テッドの感知を最大限活かせる森の中、木の陰に隠れながらゆっくりと剣を抜き放つ。
なんとなく感じた気配と勘に従って身を隠したのはいいが、もしこれで何もいなかったら、気配を察知する訓練も行った方がいいかもしれないな。
『ゴブリン三体。十メートル』
よかった。ちゃんといた。
《三体か。多いな。こっちに近づいてきているか?》
『ああ』
木が邪魔で見えないが、敵の数と位置はテッドが教えてくれる。
こっちに向かってきているのなら、ここで待っていればいい。
相手は武器さえあれば簡単に倒せる魔物。
恐怖はない。
呼吸は一定。
身体が震えることもなく、手にもしっかりと力が入る。
大丈夫。緊張もしていない。
テッドの魔力に触れると魔物が怯えて逃げ出してしまうというこの世界特有の性質とフィナンシェやノエルの優秀さゆえに最近は行っていなかったが、テッドが見つけ、機を窺い、標的が絶好の位置に来た瞬間に奇襲で仕留める。これは人魔界にいた頃によくつかっていた戦法だからな。失敗を恐れることもなければ、敵が見えないからと焦る心配もない。
あの頃と同じ。充分に落ち着けている。
それに、ゴブリン三体という数は実戦経験を積むのに丁度いい。
ゴブリン三体が相手だと怪我をしてしまう危険もだいぶあるが、このまま隠れて奇襲を狙えば一体は確実に倒せる。
二体になってもまだ危険とはいえ、まったく危険がないのであれば経験を積むことなどできない。
今日は休日訓練の開始初日であるし、ゴブリン二~三体を相手に自分の実力を確認するくらいが適当だろう。
『――』
敵の位置、三体それぞれの顔とカラダの向き、姿勢等、テッドの思念が超高速で伝わってくる。瞬間、木の右側から飛び出し、無防備にも背をさらしている最後尾のゴブリンの首を刎ねる。
「ギャッ」
首を刎ねたゴブリンが短い悲鳴を上げカード化し、地面に落ちる。
それを見ながら、大きく三歩後退。
これが訓練でなければこのまま残りの二体も斬りつけていたところだが、今日は訓練をしに来ている。
後退中に残りの二体も背後をとられたことと一番後ろにいた一体がやられたことに気づきこちらを向いてくるが、問題はない。
もとより、二体とはキチンと戦う腹積もり。
ゴブリンたちの戦闘態勢が整うのを待ちつつ、意識を集中させる。
「グギャッ」
「グギャギャッ!」
一体が蹴り上げてきた石を避けながら、もう一体が振り下ろしてきた木の棒を剣の腹――刃のない面で横にはじく。
武器をはじかれ体勢を崩したゴブリンを斬り伏せることもできるが……ここは待つか。
やっと見つけた獲物だからな。次に二~三体で行動しているゴブリンを見つけるまでどのくらいの時間がかかるかもわからないし、もうしばらくはこの二体を相手に戦闘を継続した方がいい。
一瞬で判断を下し、攻撃の手を緩める。
その隙に腕ごとはじかれた木の棒で俺を叩きつけようと不恰好な体勢のまま腕を引き戻してくる手前のゴブリンと拾い集めた石を投擲してくる奥のゴブリンの攻撃を身体一つ分右に移動することで避けつつ、移動した勢いを逃さぬまますかさず二体の間に滑り込む。
これで、反対方向からの攻撃を同時に捌かなくてはいけなくなった。
回避の難しさは数秒前までの比ではない。
経験を積むための戦闘だからな。
やはりこのくらいでなくては意味がない。
できれば、石を投げてるやつも接近戦を仕掛けてきてくれるとより良い経験になると思うんだが……それはさすがに難しすぎるだろうか?
『成長が窺えるな』
《どうかしたか?》
『二体を相手に、随分と余裕そうではないか』
《言われてみればそうだな》
毎日充分な食事を摂取できているおかげで身体に力が漲っているということも関係しているのだろうが、フィナンシェに訓練をつけてもらったおかげでゴブリン二体を相手にしてもだいぶ余裕がある。
人魔界にいた頃も二体のゴブリンを相手するくらいはできただろうが、あの頃はこんなふうにわざと自分から敵の間に挟まれに行くなんて考えもしなかったし、戦闘中にテッドからの念話に返事をする余裕もなかった。
そう考えると、二方向からの攻撃に冷静に対処できている現状はそれだけでも驚きに値する。
日進月歩。
これが、訓練の成果か。
この世界に来てからの訓練を思い出しつつ、時に剣ではじき、時に身体を動かすことでゴブリンたちの攻撃を防ぎ、躱していく。
身体を半身横にずらし、しゃがみ、姿勢を低くした勢いを利用して素早く敵の懐に潜りこむなんてことも容易に行える。
たしかに、強くなっている。
最初に奇襲したとき以外テッドからの指示もなく攻撃を回避し続けられていることを思うと、見違えるほど強くなっている。
今日から始めた休日訓練で実戦経験を積んでいけばさらに強くなることも可能だろうし、このまま成長していけば目標としている強さに手を届かせることも不可能ではないかもしれない。
《今日は昼頃には街に戻るつもりだったが、予定変更だ。さらに数時間戦闘を行ってから街に戻るぞ》
『飯は』
《ちゃんと多めに用意してある》
『なら構わん』
これだけはっきりと成長を実感できると楽しいし、やる気も湧いてくる。
無理は禁物だが、怪我をしない範囲でとことんゴブリンを狩っていきたい。
なにせ、今日中にたくさん狩っておけば次回の休息日からは今日手に入れたカードを戻すだけでいくらでも戦えるようになるからな。
ゴブリンたちには悪いが、俺の成長のためだ。
何度でも瀕死になってもらおう。
差し当たって、今日中にたくさんのカードを手に入れるためにもそろそろこの二体にもトドメを刺すか。
しかし勝手にやっておいてあれだが、ゴブリンの懐に潜り込むのはもう二度とやめた方がいいな。
さすがに匂いがキツすぎる。
臭すぎて鼻が曲がるかと思った……。