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強くなるには

「弾けなさい!」


 ノエルの叫びに呼応するようにして三体の魔物が爆散し、カードといくつかの細かな肉片をその場に残す。


 今の魔術は初めて見たが、むごいな。

 腹部を中心に少しずつカラダが膨らんでいき、最後には破裂。

 たしか、《膨張烈波》とか言っていただろうか。

 あの魔術で殺されるのだけは絶対に嫌だな。

 特に、カラダの膨張が進行していくにつれてどんどん身動きが取れなくなっていき終始苦しそうにうめいていた魔物たちの姿が頭から離れない。

 まさか魔物に同情する日が来るとは思ってもいなかった。

 ……いや、リカルドの街がスタンピードに襲われたときも、テッドの魔力に触れたせいで仲間割れを始めたオークキングたちに同情したか。


 なんだか、この世界に来てから自分の中にあった価値観が次々と塗り替えられていっているような気がする。

 休みたいと思ったり、もっと美味いものを食べたいと思ったり。そんな欲求も人魔界にいた頃にはまったくなかったし、魔物が同士討ちをしていたりどんなにむごたらしい死に方をしていたりしたとしても、同情なんて絶対にしなかった。


 欲求も同情も、どちらも心に余裕があるからこそ生まれるもの。

 そう考えると、この世界に来て生活に余裕ができ、それに付随して心にも余裕が生まれたことによってモノの見え方が変わったということは何もおかしなことではないのかもしれないが、一方で、この価値観の変化も“世界渡り”の影響なのではないか考えてしまう自分も存在している。


 そもそもの問題として“世界渡り”の影響なんてものが本当に存在しているのかどうかも定かではないが、判明しているだけでも十を超える数の不自然な記憶の欠落と自分でもよくわからない思考や感情の乱れや性格の変化が確認されているからな。

 テッドからも何度か「おかしい」と指摘されているし、油断はできない。

 確実に“世界渡り”の影響はあるものと考え、その影響がどこまで及んでいるのかしっかりと把握しておかなければいずれ問題が起きるかもしれない……なんていう心配さえなければいちいち自分の中に生まれた変化を疑ってかかる必要もなくて気が楽なんだが。


 この世界に来たおかげで、食事や寝床が豪華になったことは純粋に喜ばしい。

 だが、院長やチビたちに会えなかったり自分の中に無視できない異変が起こっているかもしれなかったりと……今でもたまに、あのとき不用意に“世界渡りの石扉”に近づかなければと後悔してしまうことがある。


「はぁ……」


 この世界に来たことは俺にとって良かったことだったのか、それとも悪かったことだったのか。

 人魔界にいた頃と今。

 どちらが幸せかと訊かれたら、はっきりと答えを出せる自信がないな。


「なに溜息吐いてんのよ。アンタ今日はまだ何もしてないでしょ? 依頼達成までにあと三体は倒さないといけないんだから、疲れたなんて言わせないわよ」

「トールもしかしてもうお腹すいちゃった? ちょっとまってて……はい、これ食べて頑張ろう?」

「いや、腹は減ってないからその干し肉はいらない」

「そうなの? じゃあ私が食べちゃうね」


 食べるのか、それ。

 リカルドの街で作られた干し肉は簡単に噛みちぎれるし味も悪くないが、昼食をとってからまだ三十分も経ってないぞ。

 せっかくの保存食なんだから、その左手に持ったおやつ袋にしまい直せばよかったのでは……いや、フィナンシェのおやつ袋は三日以内にすべての中身が入れ替わる。どうせ遅くても明後日までには食べられてしまうのだから今食べてしまっても問題はないか。もとより、保存食を食べずにとっておくなんて考えフィナンシェには存在しないしな。


「空腹の溜息じゃないなら、一体なんの……あ! もしかして、アタシの魔術を見て実力の差をやっと痛感したのかしら? ねぇ、どうなの? そうなんでしょ? 早く、そうって認めちゃいなさいよ!」


 食欲優先のフィナンシェは放っといてもいいとして、問題はノエルだな。

 急に大声を上げたと思ったら、またいつものアレか。

 ノエルの実力が俺よりも上だなんてことは最初から認めているし、何度か口にもしているはずなのに、どうして上手く伝わってくれないのだろうか。

 ノエルの方が上だと言った直後はその言葉を信じて天狗になるくせに、時間が経てばまたいつのまにか認めなさいと迫ってくる。

 正直、相手をするのが面倒くさい。


 今ここで認めたところでどうせリカルドの街に戻る頃にはまた白紙に戻ってしまう。

 いったい、あと何十回このやりとりを繰り返せば俺が本心からノエルの実力を認めていると信じてくれるのだろうか。


『二体近づいてきているぞ』

「ああ、わかってる。大丈夫だ」


 接近中の二体はすでに視界に入っている。

 ノエルは俺の方を向いているから気づいていないかもしれないが、フィナンシェが剣を抜いて走り出しているし十秒後には戦闘も終わっていることだろう。

 また俺が何もしないうちに終わってしまうことになるが、二人に任せた方が安全に倒せるからな。


 テッドが見つけ、二人が倒す。

 大抵はテッドが見つけるまえにフィナンシェかノエルが魔物の存在に気づくが、採取依頼のときはテッドの感知が大いに役立つ。

 そして俺は、テッドが何かを発見した際にそれを二人に伝える役目。


 はっきりいって俺個人としてはまったく何の役にも立っていない。

 役割分担ができていると言えないこともなく、二人は俺が活躍していないことを気にしていないみたいだが、ノエル加入以降はテッドの言葉を二人に伝える以上の仕事ができていないせいで肩身が狭い。

 たまに魔物を倒すことがあっても、結局は俺がいなくても倒せてしまうことがわかっているだけにパーティに貢献したという気があまりしない。


 パーティのため。

 自分のため。

 強くなりたいという思いもあることだし、現状を変えるためにも実戦経験を多く積みたいところなんだが……。


「お疲れ、フィナンシェ」


 俺が手を出すまえにはすべて終わってしまうんだよなぁ。


 二体程度なら今みたいにフィナンシェかノエルが一瞬で仕留めてしまうし、実は俺が弱いのではないかという疑問を二人に持たれ、そこから俺やテッドがこの世界の生まれでないとバレないようにするためにも、実戦経験を積みたいから魔物を見つけても一体以上残しておいてくれとは言いにくい。

 経験を積むとしても、できれば二人の前ではあまり苦戦している姿を見せたくない。


 ……となると、やはりこれは五日に一度の休息日にでもテッドと俺だけで魔物狩りに行くしかないだろうな。

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