当面の目標
…………眠い。
昨日は酷い目に遭ったな。
まさか寝る直前まで解放してもらえないとは……。
一日中ノエルからの質問やよくわからない難しい話に付き合わされたせいか精神的な疲労が凄い。
睡眠時間は十分だったはずなのに疲れが抜けきってない。
「さあ、依頼を受けに行くわよ!」
「おー!」
ノエルとフィナンシェは元気そうだな。
二人とも朝食を食べ、体調も良く、気合十分といった感じなのだろうか。
いつも元気いっぱいなフィナンシェはいつも通りとして、今日はノエルも朝から動きのキレがいい。
昨日の朝の今にも倒れそうだった姿と比べるとまさに雲泥の差。
今のノエルに疲労の色はない。
目論見通り、昨日一日テッドの魔力に触れなかったおかげでだいぶ調子を取り戻せたみたいだな。
どこか鬼気迫る様子だったあの表情も今は見る影もない。
これであとは、俺の体調も万全だったら完璧だったんだが……。
身体がだるいせいで立ち上がるのも億劫だ。
朝食を食べたあとの状態のまま椅子に腰かけ、ぼーっと床を眺め続けてどのくらいの時間が経過しただろうか。顔を上げるのもだるい。
フィナンシェとノエルはすでに準備を終えているみたいだし、そろそろ俺も出掛ける準備をしないとまずいんだろうな。
「ほら、アンタも行くわよ! 早く支度を整えなさい!」
案の定、早くしろとノエルから急き立てられ始めたし、いいかげん立ち上がるか。
『行くのか?』
《気は進まないけどな》
テッドからの質問に何気なく答える。
人魔界にいた頃は金もなく生きることに必死だったから体調を理由に仕事に行きたくないなどと思う余裕もなかったが、その日を生き延びられるかもわからなかったあの頃と違って懐に余裕のある今は、身体のだるさを理由に一日中部屋にいたい気分だ。
とはいえ、昨日まで五日以上も休みだったのだから、今日も休みたいなどとは口が裂けても言えない。
それに、だるいと言っても動きたくない気持ちが少しある程度でまったく動けないというわけでもない。多少気合いを入れれば簡単に身体は動く。
そんなに大変な依頼を受けるわけでもないだろうし、まぁなんとかなるだろう。
「かんぱ~い!」
「「乾杯!」」
手元には今日の依頼報酬がたっぷりと、目の前には大量の料理がズラーッと整列。
いい笑顔で叫んだフィナンシェに続いて俺とノエルも手に持った杯を掲げ、一気に呷る。
勝利の余韻が喉を通り腹から全身に広がっていく爽快感がたまらない。
「やっぱり、ノエルちゃんがいると遠くの魔物にも攻撃できて楽だね! 依頼の達成しやすさが全然違う!」
「当然ね。魔術は遠方の敵や複数の敵を同時に攻撃することに優れているもの。魔術を完璧に使いこなすアタシがいればどんな依頼だってイチコロよ」
フィナンシェは楽しそうに笑い、ノエルは自慢げに微笑む。
依頼の達成しやすさが全然違うという点については全面的に同意だが、少し耳が痛い。
おそらく俺があまり役に立っていなかったから余計にそう感じるのだろう。
さすがに足手まといにはなっていなかったと思うが、ノエルがいないときの俺たちのパーティでは戦闘のほとんどがフィナンシェ任せになってしまっていたからな。
そこに高火力を出せる魔術師のノエルが加わったのだからフィナンシェがやりやすくなったと感じるのも当然のこと。
魔術が有用であることとそれを扱うノエルの腕前が確かであることはもちろん、これまで俺が貢献できていなかった分までノエルが活躍してくれているのだから依頼達成効率は大幅に上昇したと言える。
今日の成果は採取依頼二つと討伐依頼三つ。
採取依頼はテッドの感知のおかげでいつも通り難なく終わったし、討伐依頼もノエルの魔術とフィナンシェの剣であっさりと終了。
久しぶりの依頼の上、ノエルもフィナンシェもなにやら張り切っていたようだからもう少し難易度の高い依頼やあと一~三つくらい多く依頼を受けるかと思ったが、思っていたよりも楽だった。
朝から昼少し前にかけて感じていた身体のだるさは動いているうちに段々となくなっていったし、昼過ぎには二体のオークを倒すことにも成功した。
討伐数に関してはフィナンシェとノエルの足元にも及ばないが、俺にしては上出来だったのではないだろうか。
《そういえば、俺の動きはどうだった?》
『悪くなかったぞ』
《そうか。それはよかった》
ベールグラン王国からリカルドの街まで戻ってくるまでに二十日以上。
しっかりと身体を動かすのは久しぶりであったし、また身体が鈍っているんじゃないかと心配していたが、実際に動いてみた感じは予想以上に良かった。
テッドからも悪くないという評価をもらえたということは本当に動きが鈍ったりはしていなかったのだろう。
一昨日、軽く身体を動かしておいたのが良かったのだろうか?
もしかしたら、ベールグラン王国で鈍った身体を元に戻そうと訓練していたときのあの経験が活きたのかもしれないな。
なんとなく、身体を動かす感覚が残っていたような気がする。
「アンタには絶対に負けないわよ!」
「私もトールに負けないように頑張る!」
いつのまにかノエルから宣戦布告もとれる決意表明を突きつけられ、フィナンシェもそれに便乗して拳を握っているが、現状で一番劣っているのは間違いなく俺だ。その差は歴然。フィナンシェとノエルと比べると俺の実力は遥かに劣っている。
二人が頑張るというのなら、これ以上引き離されないためにも俺は二人以上に努力しなくてはいけない。
とりあえず、一人でもカードコレクターから逃げ切れるだけの実力は早急に身に着けたいところだな。