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心構え

 襲撃のあった翌日、ベッドの上で普通に目が覚めた。


「ぐっすり寝ちゃったな」


 窓の外からは活気のある声が聞こえてきている。

 窓に近づき通りを見下ろすと、通りを埋め尽くさんばかりの大勢の人が道を行き交い、談笑し、屋台で何かを買っている姿が目に入る。

 時刻はすでに昼頃だろうか。


 自分でも、よく呑気にこれだけ眠れたもんだと思う。

 昨日襲われた直後は、敵がまたやってくるかもしれない、寝たらまずいのではないか? などと考え不安にもなったもんだが、ベッドに腰を下ろした瞬間、ベッドの気持ち良い感触に誘われるようにしてそのまま眠ってしまった。

 仕方ない。この宿に泊まるのは四回目。こんなに快適な部屋で眠るのにはまだ慣れていない。こんな気持ち良いベッドを前にして眠るなという方が無理な話なのだ。

 幸い、寝てる間に襲撃はなかったようだし、気にしすぎて寝不足なんてことにならなくてよかったと考えておこう。


 それにしても、この宿は本当にいい宿だな。

 昨日の襲撃の後、夜番をしていた宿のおっちゃんに何者かに襲われたことを説明して部屋を襲撃のあった部屋の二つ隣の部屋に変えてもらったのだが、一晩経って冷静になった頭で考えるとよくこんな面倒な客を泊めてくれる気になったなと思う。

 襲撃が再びないとは限らないし宿に迷惑がかかる可能性だって十分にあるのにこころよく宿泊の継続を認めてくれたおっちゃんには頭が上がらない。今度なにかお礼をしないとな。


 昨日のことを思い出しているとガチャリと扉の開く音がした。

 後ろを振り返ると、屋台で買ってきたであろう大量の食べ物を持ったフィナンシェが部屋に入ってくるところだった。


「あ、トール起きたんだ。ごはん買ってきたよ!」


 なんというか、昼頃まで寝てしまった俺が言うのもあれだがフィナンシェは警戒心が薄すぎるのではないだろうか。

 昨日の昼にカルロスたちと揉めた直後や夜の襲撃直後なんかは多少警戒しているようにも見えたが、大量の食べ物を抱えて幸せそうに笑っている今の姿からは能天気さしか感じられない。

 昨日あったことなんてもう忘れてしまったのだろうか。それともこんなことには慣れっこなんだろうか。

 昨日の様子だとこういう面倒ごとに慣れてる感じもしたからきっと慣れからくる余裕だと信じたい。俺が気付いていないだけで実は周囲を警戒しまくっていたりするのかもしれない。いや、そうに違いない。


「どうしたのトール。食べないの?」


 スープを片手に持ったフィナンシェがきょとんとした顔できいてくる。

 テッドはすでにテーブルの上に置かれた串焼きに夢中のようだ。


「いただくよ。それより、一人で外に出てたみたいだが大丈夫だったか?」


 ベッドに座りながら串焼きを手に取る。

 うん、美味い。


「うん。誰かに絡まれることもなかったし、怪しい視線を感じることもなかったよ。それにほら、ちゃんと最低限の装備はしていったからね」

「それはなにより」


 大丈夫だったか、なんて言ってしまったが、ここに戻ってこられた時点で大丈夫だったに決まってるよな。

 それよりも、視線を感じなかったってことは敵は常に俺たちの行動を監視しているわけじゃないみたいだな。

 やっぱり敵は二人だけで、片方がカード化しているから俺たちに見つからないように隠れて回復を待っているのか?

 いやいや待て待て。

 決めつけはよくないと昨日反省したばかりじゃないか。

 いまは敵が二人だったとしてもこれから増援が来て人数が増えることは十分に考えられる。監視についてもフィナンシェが気付けなかっただけでいまも俺たちの行動を逐一確認しているかもしれない。昨日襲ってきたのが二人だったってだけで敵がもともと三人以上いる可能性もある。

 油断は禁物だな。


「そうだ! トールとテッドに街を案内してあげないと!」


 串焼きを食べ終えスープを飲んでいるとフィナンシェが急にそんなことを言い出した。


「えーと、今はそんなことしてる場合じゃないと思うんだが?」


 いきなり襲われる可能性のある状況で街の案内とか何言ってるんだこいつは。それどころじゃないだろ。

 フィナンシェがアホだということは知っていたがまさかこれほどとは。

 こんな状況で案内されても楽しめないぞ。いつ敵が襲ってくるのかと考えたら気が気でないんだが。

 フィナンシェには、敵がもう襲ってこないという確信でもあるのだろうか。


「むしろ今だからするんだよ! 相手は昨日一度失敗しているから、もしまた襲ってくるとしたら次はもっとしっかりと準備を整えてからくると思うの。だから相手が準備してる時間をつかって街を案内しようかなって思ったんだけど、だめかな?」


 尻すぼみになる声と一緒にだんだんと勢いを失っていく表情で上目遣いにこちらを確認してくるフィナンシェ。

 ここで駄目だというべきなんだろうか。

 しかし、それなりにこういった経験が豊富そうなフィナンシェがしばらくは襲撃はないだろうと言っているということは本当に襲撃はないかもしれない。

 まったく警戒しないのはまずいが警戒しすぎて疲弊するのもまずい気もするし、街を案内してもらうことで適度に気を抜くことができるならそれはそれでいいかもしれないと思える。

 フィナンシェが純粋に俺たちを案内してくれようとしてこの提案をしてきたことはわかる。他人の厚意を無碍にするなと教えられてきたせいか非常に断りにくくもある。


 この提案に対するテッドの返答は聞くまでもない。

 カルロスたちからの依頼が街の命運を左右する依頼だと聞いた時も、街の一つくらい救ってしまえばいいと簡単に言っていたようなやつなんだ。襲撃者のことなんて気にしているわけがない。必ず行くと答える。

 テッドが行くと答えるならあとは俺の返答次第だな。

 俺も案内してほしくはあるんだが襲撃が怖い。なにか不安がぬぐえるような理由でもあれば行くと答えられるんだが。


「敵が入念に準備してくるっていうのに俺たちは何もしないのか?」


 そもそも、俺たちを仕留めるために準備しているかもしれない敵に対し無策で勝てるとは思えない。

 敵がどんな準備をしてくるかはわからないが、こちらも相応の準備をした方が良いのではないだろうか。

 そう思ってきいてみたのだが、フィナンシェの回答はとてもシンプルなものだった。


「私はもう敵を迎え撃つ準備は終わってるんだけど、トールは違うの?」


 たしかに、フィナンシェの装備は万全だ。今すぐ敵が襲い掛かってきたとしても何とかしてしまいそうな気がする。

 さらに、相応の準備をしようといっても敵がどんな攻撃を仕掛けてくるかわからないのであれば対策のしようもない。

 俺の装備に関しては安物ばかりなので不安しかないが、変に装備を整えようとして慣れない装備に振り回されるよりかは今の装備のままの方が実力を発揮できる。

 それに装備を整えようとするならこの部屋を出て武器屋なり防具屋なりに行かなくてはいけない。装備のために街に繰り出すのであればそのまま街を案内するという流れになりそうだ。


 そもそも、いつ、どこで、何人が俺たちを襲ってくるのかばかり懸念していたが敵がいつどこで襲ってくるかわからない以上は敵に対して罠を張ることもできないし、敵が何人だろうと襲ってきた奴らを返り討ちにするしかない。

 体力を減らしすぎてもいけないから戦闘訓練もほどほどにしかできない。

 結局は俺たちにできることは装備と体調を万全に整え、いつ襲撃があってもいいように心構えを怠らないようにすることだけなのだ。

 敵の初撃についても、テッドの感知があればかなり高い確率で避けることができる。奇襲をかけられても対応できないということはないはずだ。

 そう考えると、なんだか案内してもらってもいいような気がしてくる。


 フィナンシェが言っていたように敵はいまは俺たちの近くにはいないのかもしれないし、準備が終わるまでは仕掛けてこないかもしれない。

 それならば、今がこの街を楽しむ最大の好機なのではないか。


「よし、じゃあ案内してもらおうか」


 自然とそんな言葉が出た。


「やった! まかせといて! この街の面白いところをいっぱい見せてあげる!」


 案内できるとなって楽しそうにはしゃぐフィナンシェを見ていると一体どんな案内をしてくれるのかとこっちまで楽しくなってきた。

 襲撃される可能性についての不安はあるが、もし襲撃されたとしてもまぁなんとかなるだろう。


 襲撃者についての話題は、そんな軽い感じで締めくくられた。

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