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慣れについての考察

 昨日は夜までノエルの特訓を見守っていたが、進歩はなし。

 ノエルもこれ以上ないというくらい努力しているのに、たったの一センチすら距離を縮められないまま終わってしまった。

 魔力感知能力が優れているぶん他の人よりもテッドに近づく難易度が高いことはわかっているのだが、三十日以上を費やしても未だにテッドに近づけないノエルとほんの数日でテッドに近づけるようになったフィナンシェやシフォンの差は一体どこにあるのだろうか。


 今日を除けばノエルは毎日一~三時間をテッドに近づく特訓に充てていた。

 シフォンがテッドに近づく特訓に充てていた時間も朝夕の一~二時間ずつだったから、訓練方法や一日当たりの訓練時間という点ではシフォンもノエルも条件は変わらない。


 ……やはり、魔力感知能力の差がすべてなのだろうか?

 他に、ノエルとシフォンのちがいが見つからない。

 テッドに近づく訓練は二人とも同じようなことを同じような時間行っているはずだし、それなのにシフォンよりも訓練時間の長いはずのノエルがシフォンよりもテッドに近づけていないことを考えると、これはもうノエルの培ってきた魔力感知能力が邪魔をしているとしか思えない。


 シフォンがテッドの魔力に慣れようと頑張っていたとき、特訓開始から数日が経っても中々テッドに近づけるようにならないシフォンを見てフィナンシェがテッドの魔力に慣れるのが早かったのはフィナンシェが特別だったからかもしれないと思ったことがある。

 たしか、フィナンシェは能天気なところがあるからテッドの魔力に対しても鈍感なのではないかと考えたような気がするが、もしあのとき考えたことが正しかったのだと仮定すると、性格や体質など個人の資質によってスライムの魔力に慣れる早さが異なるのではないかという仮説が浮かび上がってくる。


 そしてその仮説が真実であった場合、ノエルがテッドの魔力に慣れるまでにはシフォンがテッドの魔力に慣れるまでに必要とした時間の何倍もの時間が必要なのかもしれない……あるいは、ノエルがテッドに近づける限界距離は現在の限界でもある三メートル六十センチなのかもしれないと考えることができる。

 前者が正しいのであれば時間をかければノエルもいつかはテッドに近づけるようになる可能性もあるが、もし後者が正しかった場合にはノエルは一生をかけたとしてももうこれ以上テッドに近づけるようにはならない。


 現に、ノエルは昨日一日を特訓に充ててもまったくテッドに近づけるようにならなかった。

 休みなくテッドの魔力に触れ続けていたフィナンシェが俺たちと出会ってから約三日という短い時間で一番早くテッドの魔力に慣れたことを考えると一日当たりの訓練時間の長さよりも一回当たりの訓練時間の長さの方が重要なのかもしれないという考えもあったのだが、短時間の特訓を数回繰り返すよりも長時間の特訓を一回行った方が効果が高いというその考えは昨日のノエルの頑張りによって否定された。

 なにせ、ノエルは昨日、昼過ぎに一度休憩を挟んだ以外は休憩をしていない。

 朝から昼過ぎにかけて五時間以上、休憩後から夜にかけて七時間弱を特訓に充ててもノエルは一歩も近づけるようにならなかったのだから、一度の訓練時間を長くした方がいいという考えは間違っていたことになる。


 もしかすると一日以上テッドの魔力に触れ続けていたら違う結果が得られるかもしれないが、それこそ魔力に対して鈍感でもない限りは確かめることすら不可能だろう。

 一日以上ものあいだテッドの魔力に触れ続けていたらテッドの魔力に慣れるまえにノエルが限界を迎え、倒れてしまう。


 結局のところ、ノエルがこれ以上テッドに近づけるようになるか否かは時間をかけなければ判断できない。


 ……近づく余地が残っているならいいが、残っていなかったときが面倒くさいな。

 これから先もノエルとは同じパーティとして活動していくのに、テッドから三メートル六十センチの距離に近づいたら動けないなんてことになったら連携や緊急時の対応にも制限がかけられてしまうことになる。

 なにより、ノエル自身が絶対に納得しない。

 ノエルはできないことをできないままで良しとするような性格をしていないし、多少の無茶を冒してでもあの手この手を尽くしてテッドに近づこうとするだろう。

 そのときにノエルがとる手段次第では俺やフィナンシェも危険に巻き込まれるかもしれない。


「準備できたよ」

「じゃあ、行くか」


 準備ができたというフィナンシェの声を聞いて思考を終了させる。

 フィナンシェが着替えをしたり武器の確認をしたりするあいだ暇だからとノエルがテッドに近づけない理由について考えてみたが、中々いい時間潰しになったな。

 昨日の疲れが残っているのかノエルがまだ寝ているのもよかった。

 もしノエルが寝ていなければフィナンシェの着替え中は部屋から出ていけと追い出され、今みたくベッドの上で寝転がりながらゆっくりと考え事をするなんてことはできなかったにちがいない。

 部屋の外で立って待っていたとしても疲れはしないが、どうせならベッドに身体を沈めながらのんびりしていた方が気持ちが良い。


 ……そういえば今日は一日中フィナンシェについて行くことにしてあるが、フィナンシェの予定は昨日と同じなのだろうか?


「今日も食べ歩きか?」

「うん、そうだよ。トールはどこか行きたいところあるの?」


 予定は予想通り食べ歩きか。

 俺としては行きたいところは……特にないな。


「久しぶりに街中を見て歩きたいだけだから、行き先はフィナンシェに任せる」


 食べ歩きなら街中をゆっくり見てまわれるだろうし、フィナンシェに任せれば美味しいモノを提供してくれる場所に案内してくれることだろう。


 今日も特訓するノエルとそれに付き合わされるテッドの食事も夜までの分用意してあるし、銀貨と銅貨を入れた袋も腰につけている。

 護身用に剣と短剣も持った。

 俺も宿を出る準備は万端。


《ノエルが無理をしていそうだと感じたらすぐにかばんに入って休憩にするんだぞ》

『わかっている』


 テッドなら言われずともわかっていたとは思うが、これで特訓のせいでノエルが倒れたりカード化したりするなんていうバカバカしくも危険な事態は回避できるはず。

 あとは未だ寝ているノエルを起こさないよう静かに部屋を出ていくだけだな。

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