意図のわからぬ質問
浄化魔法をかけたことによってノエルの呼吸が落ち着く……なんてことはなかったが、十五分ほど休憩して多少の元気は取り戻せたらしい。
ノエルが細かくちぎったパンを口に運んで咀嚼する。
「なかなか上手くいかないわね」
ただ、食事中でもテッドに近づく方法を考えているのはよくないと思う。
先ほどから小さく唸ったり反省を口にしたりと、身体は休憩していても頭は休憩していないことが丸わかりだ。
休むときはしっかりと心身ともに休めた方がいいと院長も口を酸っぱくして言っていた。
食事を終えたらまたテッドに近づく特訓をするつもりのようだし、今はしっかりと頭を休ませた方がいいだろう。
「食事中の考えごとは止めた方がいい。料理が冷めるぞ」
「……それ、アタシのマネ?」
「そうだ。ベールグラン王国で和解した翌朝にノエルから言われた言葉だ」
「はぁ。アンタって本当にバカね。冷めるような料理なんてどこにもないじゃない」
たしかに。
ノエルの前にあるのはパンと野菜。
どちらも元々温かくない。
「けど、考えごとは良くないぞ。休むときは何も考えない方がいい。考えるとしても、テッドに近づく方法や反省以外のことを考えるべきだ」
なんだかチビたちを諭すときのような口調になってしまった。
チビたちを看病したときのことを思い出した影響がまだ残っているのだろうか?
「アンタに言われなくても、ちゃんと休憩した方がいいことくらいわかってるわ。でも、どうしても気になってしょうがないのよ。気づくと頭に浮かんできちゃうの。…………そうね。なら、折角だしアンタ何か面白い話でもしなさいよ」
考えてしまうものは仕方ないでしょとふんぞり返るような少し強気で淡々とした口調。
前半の訴えというか事実確認のような言葉にはそういうこともあるかと共感もできたが、最後に付け足された「なら――」という部分についてはどうしてそういう思考に至ったのかまったくわからない。
やっといつも通りのノエルが戻ってきたと思ったところからの、突然の要求。
ノエルが聞いて面白いと思えるような話ができるかどうかは一旦置いておくとして、この要求にはどう応じるべきだろうか。
「どうして黙ってるのよ。アンタだって十年以上生きてるわけなんだから何かあるでしょ? 面白い話」
……食事にだけ集中できればそれが一番良いが、それができないから気を紛らわせるために俺に話をさせてそちらに意識を逸らせようというところだろうか?
少し焦れたように催促してきたノエルの態度からなんとなく先ほどの要求の意図がわかってきたような気がする。
そういうことなら、俺も暇していたことだし話をするくらいは別に問題ない。
問題があるとすれば、何を話すかということか。
チビたち相手なら簡単に話すことも思い浮かぶんだが、ノエルが相手だとそうもいかない。
孤児院で定番のおとぎ話はノエルに話すには幼稚すぎる気がするし、そもそも世界が違うせいで伝わらないかもしれない部分がいくつかある。
俺の話をするにしても何を話せばいいのか……これまでの半生を一から語ってもいいが、孤児院育ちというところから話し始めたとしてそれをノエルが面白いと思うかどうか。
それに、俺が孤児院育ちということを話してしまうとフィナンシェに誤解させたままである「俺は常識知らず」という認識と矛盾してしまう。
フィナンシェは俺が人とロクに接することもできないような環境で生まれ育ったと勘違いしているはずであるし、その認識と齟齬が生じてしまうような話をノエルに今してしまうのはまずい。
いくつかの面白い話だけを選り抜いて語るにしても、どこかで齟齬が生じてしまいそうだしな……。
「なによ。本当に何もないわけ?」
「色々と思い出してみたんだが、話せるようなことはないな」
「話せるようなことはないって、どんな人生送ってきたのよ……。もういいわ。それなら、アタシの質問に答えなさい。実はずっと聞きたかったことがあるのよ」
なんだろうか。
テッドとの念話や浄化魔法、それとメルロ以外のことならなんでも答えるが……もし訊きたいことというのが魔法関連のことだったらどうすべきだろうか?
面倒くさい話や長くなりそうな話は遠慮したいんだが。
「なんだ?」
とりあえず聞いてみて、面倒くさそうな話だったら適当に話題を変えてしまおう。
そんな考えで、ノエルの聞きたかったことがあるという言葉の先を促し、俺の疑問に答えるようにノエルの口が開かれる。
「じゃあ、さっそく聞かせてもらうわ。――アンタ、シフォン王女についてどう思ってる?」
ノエルから返ってきた質問はシフォンのこと。
魔法関連の質問がくるのではないかという心配が杞憂に終わったことは喜ばしいことだが、これは一体どのような意図の質問なのだろうか?