闘眠報告
街に入ってからまずいつもの宿で部屋をとり、報告が先よと言い張るノエルを無視してテッドとフィナンシェのおやつを買い、その後テッドとフィナンシェが満足してから訪れた冒険者ギルドのギルド長室にてギルド長と向き合う。
ヒュドラ討伐についての報告は一番早く討伐軍と合流していたノエルに丸投げしているから楽なはずなんだが……まだ良いとは言えない体調だからだろうか。そこそこの距離を歩いてギルド三階にあるこのギルド長室まで昇ってきただけで瞼が自然と下り始めてきている。
ギルド長へ報告をしているノエルの声もほとんど聞き取ることができない。
むしろ、抑揚の少ないノエルの語り口がいい感じに心地よい音となって眠りを誘発している気がする。
ノエルは報告のほとんどを担当し、フィナンシェもノエルの報告に捕捉をしたりしているのに、俺はギルド長から何か訊かれたときに軽く返事をするだけ。
微睡みの中、この報告はヒュドラに関する重大な報告であるはずなのにこのような態度でいいのだろうかとおぼろげに思ったり思わなかったりもするが、どうしても眠気が勝ってしまう。
ギルド長から何を訊かれたのかわからないまま適当に首を縦に振ってしまったことも何度かあったような、なかったような……。
「――てわけで、依頼は無事完了したわ。報告はこれでおしまいよ」
「ああ、わかった。ご苦労だったな、お前達。よく生きて帰ってきてくれた…………つっても、トールとその相棒がいれば負けることなんてありえないとは思っていたがな」
報告が終わり、ギルド長が俺たちのパーティに対して労いの言葉をかけてきているが、そんなことはどうでもいいから早く寝たい。
辛うじてまだ起きられているが、身体はもう眠ってしまっている。
首から下が自分の身体でなくなったかのように動かしにくい。
気を抜くと倒れそうだ。
「さて、報告も終わったところでお前たちの耳に入れておきたい事がある」
まだ何かあるのか。
早く帰らせてくれ。
「近々、各国の代表を集めた会議が開催されることになった。この街へのスライムの接近や異例のスタンピードに二つ首ヒュドラの襲来、ベールグラン王国を襲った六つ首ヒュドラと、ここ最近おかしなことが立て続けに起こりすぎているからな。それを危惧しての会議だ」
なんだろう。聞いたことのあるものばかりだ。
「予言でもあったの?」
まだ話の途中なのではないかと思うが、ギルド長が言葉を区切った隙にノエルが質問する。
ノエルの言葉で思い出したが、そういえばこの世界には未来を見る力を持つ予言者なる存在がいるんだったな。
「いや、七人全員が何も問題はないと言っている。だが、ヒュドラなんていう伝説級の魔物が二体も現れるような異常事態だからな。何か悪いことの起こる前兆なんじゃないかって声も多いらしい。スライムの接近について言えば原因も判明してるが、それ以外はなんでそんなことになったのか、どこから現れたのかすらわかっていないものばかりだ。お前達もよく知っているダララのダンジョンの発生も何かの前兆の一部だという声もある」
危険な未来を見た予言者がいないというなら安心していいのではないかと思うが、何か心配するようなことでもあるのだろうか?
この世界についてまだわかっていないことも多いせいか、今一つ理解できていない感じがする。
……あと単純に眠くて話が頭に入ってこないというのもあるか。
よくわからないが、予言は絶対ではないということか?
というか、その会議と俺たちに何か関係があるのだろうか。
まさか、今言われたすべての異常の原因が俺とテッドが“世界渡り”してきたせいかもしれないと気づいたやつがいるとかか?
だとしたらまずいな。
「さて、ここからがお前達に関係ある話なんだが、会議の結果次第ではお前達に何らかの命令が下る可能性が高い。お前達の実力は既に各国に知れ渡ってるし、何の因果かお前達はすべての異常に関係し、それを解決してきている。何をするにしてもこれ以上の適任はいないだろうからな。何らかの対策を講じることになればまず間違いなくお前達にお呼びがかかる」
なんだか面倒くさい話をしているような気がする。
頭が痛くなりそうだ。
「それとこっちでも一度報告は受けているが会議の前にもう一度すべての異常に関するお前たちの実体験とそれを経験しての意見を聞かせてもらうことにもなると思う。大事な会議で配られる資料としてまとめられるからな。そこんところ、しっかりと考えといてくれ」
「わかったわ。意見をわかりやすくまとめておけばいいのね。それで話は終わりかしら?」
「伝えることはもうないな」
「そ、じゃあ帰らせてもらうわ」
最後の方はほとんど耳に入っていなかったが、いつのまにか完全に閉じてしまっていた瞼を無理やり開けるとノエルが部屋を出ようとしている姿が見える……ということは、ギルド長との話は終わったのだろう。
フィナンシェも退室しようとしているし、俺も続かなくては。
もうひと踏ん張りだと思い力を振り絞る。
そこからどうやって帰ったのかは覚えていない。
気づいたときには宿のベッドの上に寝ていて、頭が覚醒したときにはギルド長室に入って以降のことをほとんど忘れてしまっていたことだけは覚えている。