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敵は誰?

 黒衣に身を包んだ男が二人、夜闇に紛れるように街中を疾駆する。

 夜半、皆が寝静まった頃を見計らい行動を開始した二人の男の目的はスライムを連れた少年。

 スライムを制御していると思われる少年をカード化し、戻し、少年ごとスライムを手に入れることが二人の目的であった。


 昼間とは打って変わって人の気配が一切しない通りを抜け、やがて一つの建物の前で立ち止まる二人。

 息を殺し、物音一つ立てずにその建物の中へと侵入すると迷いなく三階へと上がっていく。

 二人が侵入した建物はスライムを連れた少年が宿泊している宿屋。少年のいる部屋は事前に調査済みである。

 部屋に入ったら、毒を塗った短剣で少年とついでに【金眼】と呼ばれる少女の喉を掻っ切るだけでいい。

 そう考え、慎重に少年のいる部屋に近づく二人。


 カチャリ。


 静かな音を立てながら鍵が開く。

 少年たちが起きていないことを扉越しに確認してからゆっくりと部屋に侵入した二人の目に、すやすやと寝息を立てる少年と少女の姿が映る。

 打ち合わせ通り、一人が少年に、一人が少女に歩み寄る。


 それぞれがターゲットの顔を確認し、一息に短剣で首を切り裂こうとした瞬間! 部屋一帯を眩い光が覆い包んだ。


 部屋が光に包まれると同時、言いようのないほど嫌な感覚が二人の身体を駆け抜け二人はとっさに飛び退く。

 飛び退く瞬間、シュッという短い音が二人の耳に届いた。

 空気を切り裂いたかのようなその音の正体は、着地直後に一人がカード化、一人が右肩を大きく切り裂かれていたことで判明する。

 飛び退くまでの一瞬のあいだに反撃されたことを悟った男は、仲間の気配が消えた辺りの床を探りカードを回収すると即座に撤退に移った。

 男が再び夜闇に紛れる直前、まだはっきりとしない視界にうっすらと映ったのは、謎の光る石を持った姿絵通りの姿をしたスライムであった。






 ふぅ。危なかった。

 テッドからの念話で目を覚ましたら目の前に短剣と知らない奴がいてびっくりしたぜ。

 しかも目を開けるとほぼ同時に視界が真っ白に染まるから何事かと思ったが、視界が白く染まったのに関してはテッドが魔光石で敵の目くらましをしてくれたみたいだな。そのおかげでなんとか無事でいられたようだ。


《ありがとな、テッド。光のせいでまだちょっと目が痛いけど身体に異常はなさそうだ》

『気にするな。お前を助けるのはあたりまえのことだ。目に関しては我慢しろ』


 目が痛いせいで上手く口を動かせなかったため念話で感謝を伝えると、テッドはいつも通りぶっきらぼうな答えを返してくれた。

 テッドは動揺したりしないのだろうか。

 俺は目を開けたらいきなり殺されそうな状況だったせいでいまだに心臓がバクバクいってるんだが。


「トール、テッド、大丈夫だった?」


 いきなり聞こえてきた他人の声に身体がびくりと反応した。

 そうだ。フィナンシェも同じ部屋にいたんだった。


「俺とテッドは大丈夫だ。フィナンシェこそ大丈夫だったか?」

「うん。なんとか反撃してみたんだけど逃げられちゃったみたい」


 おおう。すげーな。テッドが魔光石をつかってから敵が逃げ去るまで数秒もかからなかったのに、あの一瞬で反撃していたのか。【金眼】の名は伊達じゃないみたいだな。


「たぶん、一人はカード化できたはずなんだけど」


 しかもカード化までしてやがる。

 自分がカード化するのは怖いって言ってたくせに他人をカード化させるのはありなのか。うん、ありなんだろうな。襲ってきた時点で魔物みたいなもんだし。


「一人は、ってことは何人かいたのか?」

「うん。二人いたよ。もう一人にも傷は負わせられたはずだけど、起きたら目がつかえなくなってたから流石に追うのは諦めちゃったけどね」

「そうか。目がつかえないのはテッドの仕業だから安心していいぞ。そのうち治る。テッド、わかる範囲でいいから何があったか教えてくれ」


 フィナンシェの話だと魔光石の光で目が覚めたみたいだけどどうやって敵の人数を確認したんだろうか。そもそも目が見えない状態でよく二人に攻撃を当てられたな。


『そろそろ寝ようとしていたところ、なにやらこそこそと階段を上ってくる者がいるのを感知してな。様子を窺っていたらこの部屋に侵入しようとしているみたいだったからお前を起こしたのだ。そのあとはお前も知っている通り魔光石をつかい敵の目を眩ませ、その結果、敵は逃走した。敵の数は二人。お前とフィナンシェを傷つけようとしていたみたいだがどちらも未遂だ。なにもされてないから安心していいぞ』

「そうか。フィナンシェが反撃したらしいがその結果はわかるか?」

『一人がカード化、もう一人もおそらく肩に怪我を負っている』

「襲ってきたのは昼間の二人か?」

『そこまではわからん』

「わかった、ありがとう」


 テッドのおかげで大体の状況を把握できたな。


「フィナンシェ。テッドに確認したところ敵は二人。一人はカード化、もう一人は肩を怪我しているかもしれないということだ。相手の正体まではわからなかったが、襲ってきたのはカルロスとケインの二人だったんじゃないかと俺は考えている」


 とりあえず情報の共有と俺の考えを伝えてみる。


「私もその二人が関わっているんじゃないかとは思うけど、襲ってきたのがあの二人だったかどうかまではわかんなかった。カード化した方については斬ったときの手応えからして六日くらいは戻されないんじゃないかと思うから、もし六日後くらいまでに二人のうちどっちかが全く姿を見せなかったら襲ってきたのはあの二人だったってことになるんじゃないかな」

「たしかにそうなるな。今回、二人で仕掛けてきて失敗したんだから、次、一人で襲ってこようとは考えないよな。たぶん次の襲撃はカード化した奴が戻されてから。ということは、数日間は安全だな」

「ううん、そうとは限らないよ。今回襲ってきたのがあの二人かどうかまだわからないし、もしあの二人だったとしても二人が【カディル】のメンバーなら増援を呼んで次はもっと大人数で襲ってくるかも。数時間後にはまた襲撃があるかもって考えとかないと」

「そっか。そういう可能性もあるのか」


 俺の考えは甘すぎたようだ。

 フィナンシェの言うようにさっきの奴らがカルロスとケインだと決まったわけじゃないし敵の人数も二人だけとは限らない。

 まさかフィナンシェの言うことに感心することになるとは思ってもいなかった。

 フィナンシェは相当な実力者らしいし色々と経験してるんだろうな。敵を斬ったときの手応えから傷の完治にかかる時間も割り出せるみたいだしな。

 ……本当になんで割り出せたんだろうか。盗賊かなんかをカード化させたことがあってそのときの経験からとか? それとも手応えから推測される傷の度合いと似たような怪我をしてカード化された人を見たことがあってそのとき完治までにかかった時間が六日くらいだったとかか?

 フィナンシェのことだから想像もできないようなひどい答えが返ってくるなんてことはないと思うが、なんか聞くのが怖いな。よし、この話題には触れないでおこう。


「うーん、このあとすぐに襲ってくるなんてことはないと思うけどどうする? 寝るにしても一応部屋くらいは変えた方がいいと思うんだけど」

「そうだな。部屋を変えられるなら変えた方がいいな。けど大丈夫なのか? 寝てるおっちゃんを起こすことになりそうだけど」

「大丈夫だよ。この宿の人はこの時間でも誰か一人は起きてるはずだから」


 そりゃそうか。なにもおっちゃん一人で宿をやってるわけじゃないよな。


「って、その起きてる人はさっきの奴らにやられたりしてないよな?」

「あっ!」


 短く叫んですぐに部屋を飛び出していくフィナンシェ。

 俺もすぐにフィナンシェの後を追う。

 もし、俺とテッドのせいで宿の人が巻き込まれていたら……なんて思う間もなく、よかったあ、というフィナンシェの安堵する声が階段の下から聞こえてきた。

 どうやら宿の人は大丈夫だったみたいだ。俺の口からも安堵のため息が漏れた。






 どこかの暗い部屋の中、黒衣を身に纏った男がひょろひょろとした男に向かって頭を下げる。


「申し訳ございません。失敗してしまいました」


 これに対し、ひょろひょろとした男――ひょろ男は軽薄そうな、しかし苛立ちを隠さない口調で男を罵った。


「君たちさぁ、本当に使えないよねぇ。ガキ二人相手になにやってんの? 君も肩に傷なんて負ってるみたいだけど君の相棒なんてカード化してるんでしょ? ほんっとつかえないよね」


 男は黙って罵りを受ける。


「ぼく、つかえない下僕って嫌いなんだよねえ。なんで失敗しちゃうかな。一度失敗したら警戒されちゃうじゃん。この責任どうとってくれんの? カード化した後すぐに戻して殺してあげようか? それとも誰にも見つからない場所で永遠にカード化してみる?」


 今回の男の任務はスライムを連れた少年の確保だった。

 スライムを連れているとはいえ、まだ少年。しかも人間だ。

 もし少年がスライムに通用する攻撃手段を持っていたり、地形を変えてしまうと噂のスライムの一撃をしのげるほどの何かを持っていたとしても、喉を掻っ切れば、喉を掻っ切れなかったとしても体内に毒さえ侵入させられればなんとかなると思っていた。

 しかし、結果は惨敗。少年たちにはなんの被害もなく男たちは一人がカード化、一人が負傷。しかも少年たちに警戒を抱かせてしまった。


「まぁいいよ。スライムとスライムを連れた相手、それと異名持ちが相手なんだ。ぼくだって最初の一手で決着がつくとは思っていなかったさ。それに、これからまたそいつらと戦うってのに戦力を減らしてる余裕はないからね。もしスライムをぼくのものにできたら今回の失敗は許してあげる。今回のことでわかったこともあったしね」


 そう。一見すると失敗のように感じられるが今回のことで得られた情報もあった。


 まず、少年はスライムに攻撃許可を出していない。

 カード化した生物を戻し、その生物を服従させる際、つまり、主人と従者の関係になった際、主人は従者に対し自身への攻撃を禁ずることが多い。

 スライムという最強生物をカード化し、戻したであろう少年も当然そうしているはずである。しかもスライムの場合は一撃一撃が非常に強力だ。敵に向かって放った攻撃の余波に自分が巻き込まれる可能性を考え、そういった事態を避けるために一切の攻撃を禁じている可能性が高い。そしてそのことから、あのスライムが手加減を苦手としていることがうかがえる。


 下僕の話では今回の襲撃に一番早く反応したのはスライムという話だった。スライムが一番に反応したということは、スライムがその気であれば下僕二人はその場でカード化されここに帰ってくることはなかったはず。


 ではなぜスライムは攻撃してこなかったのか?

 少年から攻撃禁止の命令が下っているからだと考えられる。

 ではなぜ攻撃を禁止されているのか?

 スライムは上手く力を加減できず、もし攻撃を行った場合その一帯あるいはリカルドの街周辺を消滅させてしまうからだと考えられる。


 下僕を泳がせてこの場所を突き止めようとしている可能性も考え、念のため、別の下僕にこの周囲を探らせもしたが誰かが下僕を尾行している気配はなかった。

 集めた情報の中でもスライムは常に少年の頭や肩に乗って移動しており自力で動いているところを見た者はいないということであった。

 これらのことから、ひょろ男はスライムは零パーセント(動かない)か百パーセント(全力)の力しか出せないのではないかと結論づけた。

 スライムを一度カード化している可能性のある少年が下僕たちに対して何もしなかった理由はわからないが、自分のことを襲ってきた下僕たちを簡単に逃がすような甘い考えを持った奴であるならやりようはいくらでもあるとひょろ男は考えた。

 

 まさか異世界から来た最弱生物のスライムとそれを連れたただの普通の少年だなどとは想像できるはずもなく、この世界の常識に当てはめて考えてしまったひょろ男のことを一体だれが責められようか。


 かくして、街周辺ではスライムからの攻撃はないと勘違いしたひょろ男によるスライム捕獲作戦が画策されることとなった。

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