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そこそこ長い夜のおわり

 失敗した。

 ちょっとメルロを伸縮させるだけで終わると思っていたのに、ノエルの食いつきが半端じゃなかったせいで睡眠時間がだいぶ押してしまっている。

 まさかノエルがこんなにも興味を持つとは思ってもいなかった。

 早く寝たい……。


「もう一回よ! もう一回やってみせなさい!」


 この催促ももう何度目だろうか。

 十度目以降は数えていないが、懐中時計を見ればノエルの前でメルロの実演を始めてから二時間が経過しようとしていることがわかる。

 テントの外も討伐軍のおこした火がなければ今頃は何も見えないほど真っ暗になっていることだろう。

 本当なら、遅くとも一時間前には寝ていたはずの時間だ。


「次こそ本当に最後だからな。俺は早く寝たいんだ」

「ええ、それでいいわ。そんなことより早く見せなさいよ!」


 ノエルが威勢よく返答してくるがいまいち信用できない。

 まず、俺の発言をそんなこと扱いしている時点で話を聞いているのか微妙であるし、一時間前と三十分前にもこんなやりとりをしたはずなのに未だに俺は寝られていない。

 なにより、興味津々といった感じで物凄く楽しそうな表情をしているノエルの姿からは昼間の疲れすら忘れていそうなほど元気な様子が窺える。

 最悪の場合、今夜は寝られないかもしれない。


「本当に、最後だからな。それで……終わりだ」


 それでもまだ見足りないというのなら明日以降にしてくれと、そう言葉を繋げようとして寸前で踏みとどまる。

 次を期待させるようなことを言ってはいけないと本能が強く警鐘を鳴らしてきた。


「そんなに念を押されなくてもわかってるわよ。いいから早くしなさい」


 これで本当に最後だと言い聞かせる俺の言葉に、ノエルが多分に浮ついた声を返してくる。

 やはり、本能に従って正解だった。

 もし、明日以降にしてくれなんて言っていたら明日以降毎日のように、それこそノエルの興味が尽きるまで寝不足に悩まされることになっていただろうことが容易に想像できる。


 とにかくノエルの気が変わらぬうちに早く終わらせて寝てしまおう。

 そう考え、メルロに魔力を込める。


「五十センチ、八十センチ、三十五センチ、百五センチ……」


 そして、しばらくノエルの言う通りの長さになるようメルロに込める魔力量を調節する。


 魔力を込め、魔力を抜き、また魔力を込める。その繰り返し。

 この二時間ずっと行ってきた作業のため長さを調節することにもだいぶ慣れた。

 メルロをノエルが指定する長さにするくらい造作もない。


 長さを変えるたびに、ノエルはメルロをつぶさに観察したり俺の手とメルロを見比べたりする。

 それを続けること五分ちょっと。

 ついにノエルから長さを指定する声が止まった。


「本当に自由に長さを変えられるのね。それに、物体から正確に魔力を抜くことも…………もういいわ、ありがとう」


 あごに指を当て、感心したような声を出しながら何かを考え込んでいたノエルが急に顔を上げ、感謝を伝えてくる。

 どうやら本当にこれで終わりにしてくれるらしい。

 あとは自分で考えるつもりなのだろう。

 この二時間で見たことや考えたことを確認するように声に出しながら自分の荷物から取り出した紙にペンを走らせている。


《やっと解放された》


 疲れの感情を強く込めてテッドに念話する。

 …………返事はなし。

 フィナンシェが四十分ほどまえに寝たことは把握していたが、どうやらテッドもとっくに眠ってしまっていたらしい。


 俺だけがノエルに付き合わされ眠れていなかったことに若干の寂しさとやるせなさを感じながら、テントの入り口側に置いておいた布団にくるまる。

 瞼を下ろすと耳に聞こえてくるのはバチバチという火にくべた蒔が爆ぜる音とノエルが小声で何かを言いながらペンを走らせる音のみ。

 少し前まではまだ兵士たちの話し声も聞こえていたような気がするのだが、いつのまにか辺りは静まり返っている。


 おそらく、夜番の兵士以外はもう全員寝てしまったのだろう。

 明日も早いのというのに、随分と長いことノエルに付き合わされてしまったみたいだ。


 それにしても、ノエルはメルロを伸縮することの何に興味を持ったのだろうか。

 魔力を込めたり抜いたりすると長さが変わるというのはたしかに面白いが、二時間も見続けるほどではない。

 となると、一体何がノエルの琴線に触れたのか。


 ノエルはメルロを観察することに夢中なのか何を観察しているのかまったく教えてくれなかったし、俺からそれを訊くのも何か嫌な予感がして憚られたからな。

 二時間も付き合わされたが、ノエルが何を思って長時間メルロを観察し続けていたのかはさっぱりだ。


 あと今更だが、よく考えたらノエルにメルロの使い方を教えて預けてしまえば俺はとっくに寝れていたのではないだろうか。

 これは、もっと早く気づけばよかったな。


 まぁいいか。

 もう解放されたのだ。

 早く寝てしまおう。


 ふてくされるようにして思考を止めると、聞こえてくるのはやはり蒔の爆ぜる音とノエルが紙に何かを書き込んでいく音ばかり。

 声に出すことはやめたのか、いつのまにかノエルの声は聞こえなくなっている。


 ……というか、ノエルは明日もヒュドラの毒の除去作業や道の修繕作業をすることになっているはずなのだが、まさか寝ないで考察を続けるつもりだろうか?

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