野営の練習
日が暮れ始めた頃、ノエルと討伐軍による本日の道の整備が終了。
テトラが言うには、ここまでの移動距離は予想通り。この調子ならあと十日程度で辿り着けるらしい。
「順調そうでよかったね!」
今日の進行状況とノエルも俺やフィナンシェと同じテントで寝ることになったということを俺たちに伝えたテトラが野営の準備を手伝いに行くと言って去ったあと、フィナンシェが朗らかに笑う。
一切疲れた様子を見せずに笑っているフィナンシェだが俺との模擬戦後は俺以上に厳しい訓練をしていたはず。
俺は今すぐ寝たいくらい疲れているというのにどうしてフィナンシェはこんなにも元気なのだろうか。
それともう一つ、フィナンシェの体力の謎以上に気になることがる。
「順調なのはいいことなんだが、いつのまにノエルも同じテントに泊まることになったんだ?」
テトラが「トール殿たち三人の使用するテントの用意ができた」と言ってきたとき「三人?」と少し疑問に思った。
はじめは俺とフィナンシェ用のテントとノエル用のテント、二つのテントの用意ができたのかと思ったが前後の話の流れを思い出すとどうもそうではないことがわかる。
そして、俺の記憶違いでなければノエルが俺たちと寝所を共にするなんて話は一度もしていない。
俺の知らないうちにノエルが俺やフィナンシェと同じテントで眠ることになっているのは一体どういうことなのだろうか。
「あれ、トールに言ってなかったっけ?」
「ああ。まったく聞き覚えがない」
「そっかぁ。あはは……。じゃあ、今言うね。今日からノエルちゃんも一緒に寝ようって私とノエルちゃんで話してて、それでテトラさんにはそう伝えちゃったんだ。確認遅れちゃったけど、トールはノエルちゃんと一緒に寝るの、嫌じゃないよね?」
うっかりしていたという様子で恥ずかしそうに笑いながらフィナンシェがそんなことを訊いてくる。
「別にかまわないが、どうしてそういう話になったんだ? これまで俺たちとノエルは別々に寝ていただろう?」
孤児院では違う部屋で寝ていたはずのチビたちが急に布団に潜りこんでくることもあったし、人数が増えることは別にかまわない。ただ、これまでは別々に寝ていたのにどうしていきなり一緒に寝ようかなどという話になったのかは聞いておきたい。
そう思っての質問に答えてくれたのはノエル。
「パーティなら同じ場所で寝ることも珍しくないわ。今までは遠征依頼を受けることがなかったからカナタリのダンジョンに行った時以外その機会がなかったけど、これからは今回みたいに遠くまで行かなくちゃいけない依頼もたくさん受けることになるんだから、これからしばらく野営が続くことになるこの旅はいい機会。この際、アンタたちと一緒に寝ることに慣れておくのも悪くないと思ったのよ」
「……なるほど。そういうことか」
「わかったようね」
「ああ、よくわかった」
要するに、これまでは俺たちと一緒に野宿することがほとんどなく偶々その機会がなかったが、今回は野営も数日は続くし行く行くは野営を必要とする依頼を受けることも多くなるからこの機会に同じ場所で寝る練習を始めようということだろう。
人にはそれぞれペースや習慣というものがあるからな。
実際に生活を共にすることで浮かび上がってくる問題点なんかもあるだろうし、討伐軍への同行中に互いのペースや考えを確認しておくというのは悪くないかもしれない。
特に、ブルークロップ王国の兵士や護衛騎士たちが夜の見張りを担当してくれるために魔物や盗賊からの襲撃の心配をしなくてもよいという環境が良い。
「ノエルちゃんとのお泊り、楽しみだよね!」
「アタシは……そうね。楽しみじゃないこともないわ」
つい気持ちが溢れ出してしまったかのような誰に向かって言ったのかもわからないフィナンシェの言葉に、わずかに喜色を含んだ表情と声音のノエルが反応する。
二人とも一緒のテントで寝ることを楽しみにしているようだが俺はどうだろうか。
ノエルに対しては出会った頃ほどの苦手意識はないし、最近は俺への態度も軟化してきているように感じられる。同じテントで寝ること自体は元々気にしていない。
かといって、一緒にいても疲れないようになったわけではない。寝るときは問題なくても寝るまえは別という思いもある。仲直り以降……というか、ノエルが俺の浄化魔法の暴走を見て以降はどうしたらあの魔法がつかえるようになるのかとかどこで覚えた魔法かとかどうやってあれだけの規模の魔力を制御しているのかとか、果てはもう一度あの魔法を見せてくれだとか、俺にも答えられないことをしつこく訊いてくるため相手をするのが面倒という気持ちもある。
全体的には、不安という感じだろうか。
ヒュドラの毒を浄化した魔法に関してさえ質問されなければノエルとの野営も悪くない。
というか……。
「同じテントということはテッドのすぐそばで眠るということだよな。ノエルは大丈夫なのか?」
「その懸念はアタシも最初に抱いたわ。けど、平気よ。そのかばんの中にいてくれればまったく問題ないもの。ただ、もしそのことが負担になるようならすぐ言ってちょうだい。スライムの魔力に耐えられるようになるまではアタシはテッドの近くで寝ないことにするから」
「わかった」
淡々と言っているが、おそらく相当の覚悟をした上での発言だろう。
俺なら「ドラゴンよりも強い魔物と一緒に寝ろ。大丈夫、危険はない」なんて言われても絶対に近くでなんか眠れない。
テッドの魔力に触れただけで動けなくなってしまうノエルが、世界最強の生物であるスライム……と勘違いしているテッドと同じテントで眠るという決断をしたことは驚きに値する。
パーティとして活動をしていく上では避けられないこととはいえ、もっとテッドの魔力に慣れてからでもいいはず。
それなのに今その練習を始めるということは今回のヒュドラ討伐のように急に名を広める機会を得たときのために備えて。つまり、世界一の魔術師になるために今後を見据えての決断。
ノエルがそれほどまでに強い覚悟を持ってテッドと同じテントで寝ることを選択したというのなら、俺たちにできることはノエルが早くテッドの魔力に怯えることがなくなるよう応援することのみ。
テッドにはこれからしばらくかばんの中で寝てもらうことになるが、この世界に来たばかりの頃とは違いテッドもかばんの中で寝ることに慣れてきている。かばんの中にいながら退屈を紛らわす方法もいくつか発見しているし、かばんの中で生活してもらうことになってもそこまでの負担にはならないだろう。