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模擬戦終わって腹の虫

 右、左、右。

 左右に身体を振ってフィナンシェの繰り出してきた攻撃を避ける。

 いつもの訓練とは違い、今日はやけに左右への揺さぶりが多い。

 次こそは頭や脚目掛けて上下を意識させるような攻撃が飛んでくるのではないかと思い続けて数分。

 フィナンシェの突き出してくる腕は相変わらず俺の腰から肩までの高さしか狙ってこない。


『肉を焼くと小さくなるのは何故だろうな』

「焼いたっ、肉がっ、身を縮めるのは、何故かっ、という話かッ?」

『そうだ』

「それは……血や、脂が、肉から、抜けるからじゃないかっ?」

『かもしれんな』


 ただでさえ避けるのが難しいフィナンシェからの斬撃や刺突をかわしている最中、テッドから飛んできた質問によって思考が乱される。

 油断の許されない攻撃を前にしながらも意識は散漫になり、苦しい呼吸のなか途切れ途切れになりながらもなんとかしてテッドに返答するも、そのせいでフィナンシェの剣が左肩をかすめる。


 これも、訓練の一環。

 第三者と会話しつつフィナンシェと模擬戦をすることによって並行作業を行う能力が鍛えられるらしい。

 フィナンシェが言うにはこれで集中力や観察力、周囲への注意力などが鍛えられるということだったが、これが中々に難しい。


 そもそも、いつカードコレクターに襲われるかわからないからという理由で戦闘訓練の段階をいくつか前倒しにしているのだから難しいのは当たり前なのだが、やはり俺にこの訓練はまだ早かったのだろうか。

 時間がないかもしれないからこそ無茶をしてでも強くならなくてはいけないと思っていたが、時間がなければこそ堅実に一つ一つの段階を達成していかなければいけなかったのかもしれない。


 しかし、今の俺の戦闘技術でテッドとの会話も始めてしまうと戦闘技術の向上と戦闘中の並行作業どちらもまったく進歩しないまま時間だけがムダに過ぎ去ってしまう可能性があるということは元々忠告されていた。

 それを聞いた上で模擬戦中にテッドと会話をすることに決め、実行してきたのだ。

 今更それを撤回するというのは負けを認めるようで気に入らない。

 俺の中の負けず嫌いな部分は「テッドと会話しながらフィナンシェに一撃入れてやる!」と燃えている。


 ……できることなら一撃入れるだけでなくちゃんとした戦いの形になるようにしたいが、かなり手加減をしてくれている今のフィナンシェ相手に反撃の隙を見つけることもできずに一方的に攻撃され続けているうちはまず一撃を入れることを目標にするしかない。

 そのためにも、フィナンシェがつくってくれた隙に向かってしか反撃できないという現状を変え、自分の力でフィナンシェに隙を生じさせられるようになりたい。






 正確には記憶していないが、初めて剣を握ったのは七歳くらいのとき。

 院長から体力づくりの一環として毎日百回は振るように言われて渡されたあの剣は今握っている剣の半分ほどの長さしかなかったが、それでも最初は二十回程度素振りをしただけでも腕が悲鳴を上げ、肩から先が急激に重くなった。

 二分も素振りを続けることができなかったあの頃と比べると、一時間素振りをしたあとにフィナンシェと模擬戦を行うこともできている今はだいぶ成長したと言える。

 筋力も上がり、剣の振り方も覚えた。

 しかし、それでもフィナンシェには全く届かない。


 当然といえば当然。

 俺の剣は元々戦闘用に教わったものではないし孤児院を出てからは剣術とテッドの感知頼りで生き延びてきたとはいえ、冒険者になって活躍できるだけの強さはなかった。

 あくまでも気休め程度の剣。

 人魔界にいた頃も数日に一度は剣術を教わっていたが、せいぜい弱い魔物を数体相手するのがやっとだった。

 フィナンシェに訓練をつけてもらい始めてからはそこそこの腕前になったと自負しているものの、実戦で鍛えられたフィナンシェの鋭く流麗な剣にはまだまだ敵わない。

 いつかはフィナンシェに勝ち越せるほど強くなりたいという思いはある。とはいえ、今はまだムリだ。


「ふぅ、今日はここまでだね」


 フィナンシェからの攻撃が三度俺の身体に当たったところでフィナンシェがそう宣言し、模擬戦は終了。

 時間にして一時間くらいだっただろうか。

 討伐軍の作業の邪魔にならないよう討伐軍から付かず離れず、進路へと移動しながらの模擬戦だったためいつもとは勝手が違って疲れた。


 フィナンシェは俺が避けられるギリギリを突いてくるため模擬戦では全力で動き続けることを要求される。

 その上、自身の感覚を鍛えるためにテッドからの指示もなし。それどころか、最近はテッドと会話をするようにしたせいで余計に難易度が上がっている。


 正直、夜間に数時間戦闘を続けたあのスタンピードのときよりもキツい。

 あのときはずっと全力で動き続けていたわけではないし、テッドの指示もあったため魔物の攻撃を避けることにほとんど労力を必要としていなかった。

 命がかかっていたこともあって模擬戦とは違う緊張感や疲労があったが、切迫感という点においてはヒュドラと対峙したとき以外のスタンピードのときの方が模擬戦よりも下。


 全力で一時間も動き続けられることは我ながら凄いと思うが、この国に来る前は一時間二十分程度は模擬戦を続けられていたことを考えると模擬戦の時間がだいぶ短くなってしまっている。

 慣れない場所と状況での模擬戦だったというのも体力の消耗が早かった一因……とはいえ、やはり身体が鈍っていることが一番の要因だろう。


 野営開始までおそらくあと三時間弱。

 そのあいだに今の模擬戦の反省を終わらせ、鈍った身体を鍛え直すため残った体力で素振りを続けないといけない。


 ただ、そのまえに腹ごしらえだな。

 テッドも腹を空かしているようだし、先ほどからうるさいこの腹の虫をなんとかするためにも夕飯に支障が出ない範囲で干し肉でもかじっておくべきだろう。

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