片付けは一日にしてならず
討伐軍が王都へ向かって移動を開始することになる昼までは、テッドと遊んだりフィナンシェと会話をしたり、古城の修繕作業を眺めたり戦闘訓練をしたりして過ごした。
訓練に関しては二十数日ぶりだったせいでかなり身体が鈍っていて大変だったが、これからしばらくはブルークロップ王国の兵士や護衛騎士たちと一緒に歩いてここベールグラン王国の王都まで向かうことになっている。王都に着くまで何日かかるかは道中の毒の除去にかかる時間次第とはいえ最短でも十日はかかると聞いているし、歩きなら馬酔いによって身体を動かせなくなるという心配もない。それに、数百人の兵士に護衛騎士もいるとなれば身の危険もないはず。ノエルや兵士たちが毒の除去や街道の整備なんかを行っているあいだは俺は自由に行動していいことになっているし、その時間のほとんどを訓練に充てれば鈍ってしまった身体の感覚もある程度は取り戻せるだろう。
「トール殿、フィナンシェ殿、魔術師殿。そろそろここを発つ。準備はいいか?」
「ええ、全員準備は完了しているわ」
「そうか。ではすぐに出発するとしよう」
昼。古城での責務がすべて終わり、出発前。
縦に細長い隊列の先頭から隊列の真ん中辺りにいる俺たちのところまでわざわざ後退してきたトーラからの呼びかけにノエルが答え、それを聞いたトーラが先頭へと戻っていく。
それから少し経ってトーラの号令によって動き始めた兵士たちに続き、足を動かす。
これから毎日半日以上は行進に交ざって歩き続けることになるが、道中の飯や寝床の用意や魔物の相手は兵士たちがしてくれることになっているし俺とフィナンシェはノエルのように積極的に戦後処理を手伝う必要はない。
それでもフィナンシェは自分から手伝いをしに行ってしまうだろうし俺も訓練をして身体を鍛え直さなければいけないが、ただ歩くだけでいいのだから馬に乗って移動するよりもずっと楽だ。
ギルドから貸し出された馬の世話も兵士たちが代わりにやってくれているため、本当にすることがない。
俺とフィナンシェをここまで運んでくれた馬には感謝しているが、やはり苦手意識もあるからな。馬の顔を見なくていいのならそれにこしたことはない。
行進中の暇潰しはテッドやフィナンシェたちとのんびり会話でもすることにしよう。
行進開始から二時間。
ヒュドラと討伐軍が激戦を繰り広げていた古城はもう見えない。とはいえ、この辺りも古城近くであることには変わりなく、三十分ほど前には討伐軍が拠点の一つとして使用していた場所を通り過ぎた。
そして、つい先ほどまでは拠点近くということもあって綺麗に直されていた道の端々に、現在はヒュドラの毒によって空いた穴やヒュドラとの戦闘跡が見えるようになってきている。
「やっとアタシの出番ね」
周囲の兵士たちが道の整備作業に入ったのに合わせてノエルも動き出す。
まずは毒の除去作業。
俺も手伝えないかと思って深く掘られた穴の底にある、その穴を作った原因であるヒュドラの毒に対して浄化魔法をかけてみたが手応えがない。
『微々たるものだな』
テッドの指摘通り、多少は浄化できているようだがこれなら俺が手伝わずとも変わらない。
六つ首ヒュドラの毒は二つ首ヒュドラの毒よりもだいぶ強くなっていて俺の浄化魔法では力及ばず。どう見ても魔力の増幅と魔法の暴走なしでは俺の手に負えない。
道を整備できるほどの土属性魔法もつかえないし、俺に手伝えることはなさそうだ。
「ノエルちゃんすごいね。どんどん道を直していってる」
それに比べて、ノエルは凄い。
フィナンシェの言う通り周囲の兵士たちの何倍もの速さで毒を浄化し、壊れた道を直していっている。
たった一ヶ所の毒すら浄化できなかった俺とはえらい違いだ。
兵士たちと違って魔法ではなく魔術をつかっているというのもあるのだろうが、一人だけ明らかに作業の進行速度が速いところを見ているとノエルの実力が群を抜いていることがよくわかる。
俺もノエルに教わったらあのくらい魔法を上手くつかえるようになったりしないだろうか?
ノエルの百分の一でも魔法が扱えるようになれば色々と便利なんだが……。
『訓練はいいのか?』
「おっと。そうだったな」
いつまでもノエルや兵士たちの働きを眺めている場合ではない。
トーラの方針は安全第一。
ブルークロップ王国への帰還日数を短縮するよりも兵士一人一人の身の安全を優先しているらしく、聖属性魔法や土属性魔法のつかえる者を馬に乗せて先行させたりなどはしていないらしい。
それを証明するかのように魔法を扱えない兵士は魔法をつかって作業中の兵士たちの傍で魔物の襲撃を警戒しているし、前方を見ればヒュドラとの戦闘によってできたのであろう破壊跡がずっと先まで続いている。
つまり、ここからは隊列の行進速度が著しく落ち、訓練を行うには絶好の機会となる。
今の作業速度だと一時間に二キロ程度進むのがやっとだろうか?
魔法をつかえばつかうほど魔力が減って魔法をつかえなくなっていくことを考えると、作業を進めるほど行進速度は落ちることになる。
おそらく今日はあと五~六キロ進んでそこで野営だろう。
五~六キロなら余裕で体力も持つ。
訓練を行いながら前進することも難しくないし、これなら今から訓練を始めても問題ないかもしれない。