三人と一匹が揃った朝
朝、何事もなく目が覚めた。
昨日は原因不明の魔力暴走によって自分でも制御しきれないほどバカデカい魔法を発動してしまったためその反動で何か身体に異常が起きるのではないかと警戒していたが、今のところはなんともない。
身体を軽く動かしてみても変なところは見つからない。
一晩経って何も起こらないということは、もう身体の心配はしなくてもいいのだろうか。
意識を失うほどの暴走だったから必ず何か異常をきたすと思っていたのだが……。
強いて挙げるなら、身体の調子が良いことが異常ではある。
今までなら、数日間馬に乗って移動を続ければその後数日は馬酔いによる気分の悪さに悩まされていた。
俺とフィナンシェは昨日までこの場所を目指し移動を続け、そして、辿り着いた直後に丘の上のテントの中で目が覚めたときはいつも通り馬酔いのせいで立っているのもやっとだったことを覚えている。しかも、魔法が暴走したのはその数時間後、まだ気分が悪い中でのことだった。
それなのに今すこぶる調子がいいというのは十分異常なことかもしれない。
よく考えると魔法の暴走後に古城の城門跡付近で目を覚ましたときから気分は悪くなかった。
疲労は残っていたせいで昨日はそこまで考えることができなかったが、体調という一点においては昨日からずっとおかしかったのかもしれない。
これも魔法が暴走したことによる反動だろうか。
身体の調子が良くなるというのは願ってもないことだが、少し怖いな。
まぁ、身体に悪い影響が出たわけではないのだ。あまり気にしないようにしておこう。
それよりも……。
「食事中の考え事はやめなさい。料理が冷めるわよ」
「そうだよトール。おいしいうちに食べようよ」
ノエルが小言を言い、フィナンシェがそれに便乗。
視線を下げると、シフォンの護衛騎士たちが運んできてくれたパンやスープや肉が手つかずで残っている。
たしかに、スープや肉は冷めると味が落ちる。
早く食べてしまった方がいい。
フィナンシェの方を見るとフィナンシェの分の朝食はもうほとんどなくなっているし、ノエルも半分ほど食べ終えている。テッドはすでに食後の休憩中。
どうやらそこそこの時間放心してしまっていたようだ。
考え事はあとにして、まずは腹ごしらえを済ませてしまおう。
「ごちそうさま」
朝食を食べ終わり、一息。
一足先に食事を終えたノエルとフィナンシェは自分の部屋には帰らず、ベッドに座って二人で談笑している。
随分と楽しそうだ。
それにしても、一緒に朝食を食べるわよと言ってノエルがフィナンシェを連れて朝一番に部屋を訪ねてきたは驚いた。
昨夜のノエルとの仲直りがあまりにもあっさりとしすぎていたせいで「実はあの仲直りは夢だったのではないか」と思っていたタイミングでの襲来だったからな。突然部屋にやって来たことと合わせて驚きも二倍だった。
しかしこうしてフィナンシェと会話しているノエルの姿を眺めていると、本当に和解に成功したのだと実感できる。
変にこじれるようなこともなかったし、無事に仲直りできてよかった。
わざわざここまで来た甲斐があったというものだ。
「……へぇ、そうだったんだ!」
「そうよ。だから…………にしといてちょうだい」
二人の会話が断片的に聞こえてくる。
何を話しているかは知らないが、だいぶ盛り上がっているみたいだ。
フィナンシェとノエルはもともと仲が悪くなく仲違いもしていなかったとはいえ、今日の二人は以前にも増して仲が良さそうに見える。
たぶん、昨日の仲直り後に眠かったことを理由に俺が早々とノエルの部屋を立ち去ったあとも二人は遅くまで語り合っていたのだろう。
まだ朝食中に少し会話をしただけだが俺とノエルの仲もノエルがパーティを抜ける前よりは良くなっているような気がするし、あとはノエルがテッドの魔力に慣れてさえくれれば良いパーティが出来上がりそうだ。
「そろそろ時間ね。一度部屋に戻るわ」
「あ、じゃあ私も」
そう言って、二人が立ち上がる。
ヒュドラの討伐は完了したが、やることはまだまだある。
破壊された街道や町の壁の整備にヒュドラが通ってきた場所に残っている毒の除去。
整備は応急的なものでもいいらしいが、毒の除去はそうもいかない。
ヒュドラの毒は自然消滅するまでに何十日もかかり、さらにヒュドラのカラダから離れた毒は地面も溶かしその場に穴を空ける。
その穴がきっかけで地割れが起きたりすることもあるらしく、また、浄化せずに穴を塞ぐとその穴の底に残っていた毒が原因で数日後には再びそこに穴が開いてしまうなんてことにもなりかねない。
そもそも、ヒュドラの毒に触れれば生物は死に絶えるため放置は危険。
ヒュドラの毒は念入りに浄化し、除去しなければいけない。
討伐軍は今日の昼頃までに古城周辺の整備等を終わらせ、その後はヒュドラが通ってきた道を辿り毒を浄化したり道や町を整備したりしながらこの国の王都を目指すこととなっている。
俺やフィナンシェは「あとは我々がやるから助力はここまででよい」とトーラやテトラから言われているが、パーティメンバーであるノエルはすでにヒュドラの毒の除去に協力することを表明してしまっている。
ノエルが討伐軍に協力するのは実力のある魔術師として認知されるためとか人助けのためとかこういうときに役立てるために魔術を学んだからだとか色々と理由があるみたいだが、なんであれノエルが行くのであれば俺たちも同行しないわけにはいかない。
加えて、ノエルは聖属性魔術による毒の浄化以外にも土属性の魔術や魔法を用いて街道等の整備を手伝うことにもなっている。
今日も朝から古城周辺でその力を振るうことになっているらしい。
「また昼に会いましょう」
「じゃあね、トール。出掛ける準備ができたらまた来るね」
昨日まで馬で移動していたため大した荷物も持っていないはずのフィナンシェが部屋に戻って何の準備をするつもりなのかはわからないが、フィナンシェは何かの支度を整えるために自分に与えられた部屋へ、ノエルは討伐軍の手伝いのためにこの部屋から出ていく。
「俺たちも何かするか?」
『コマ遊びはどうだ?』
テッドと俺だけになった部屋の中、何をして昼まで時間を潰すそうかと考えながら、とりあえず朝食の食器を下げるため俺も一旦部屋を出た。