仲直りは滞りなく
「ごめんなさいっ!!」
テトラとフィナンシェからノエルが俺やフィナンシェと話したがっていると聞いてやって来たノエルの部屋の中、意を決したように勢いよく謝罪してきたノエルの声に、頭が困惑する。
ノエルの部屋の前まで案内してくれたテトラと別れたのは、おそらく五分と少し前のこと。
俺、フィナンシェ、テッドが部屋に入ってからの五分間は誰も一言も発さず、沈黙が場を支配していた。
何も言わず俺やフィナンシェを見つめるノエル。俺がわざわざ背負ってきたかばんの中にはテッドがいることもノエルなら気づいていただろう。
元パーティメンバーは全員集合している。
話をする環境は整えた。
だが、どう話を切り出したらいいかはわからなかった。
日暮れ前、先にノエルと話がしたいと言い出したのは俺とフィナンシェ。
しかし、夜になってからはノエルが俺とフィナンシェと話をしたいとテトラに伝え、俺たちを部屋に招き入れた。
つまりノエルも俺たちに対して何か言いたいことがあり、それを言うために俺たちを部屋に呼んだと思っていたのだが、予想に反してノエルが何も言ってこなかった。
ノエルが話し始めるのを待つか、それともこちらから会話に打って出るか、二つに一つ。
悩んでいるうちに五分という長い時間が経過し、その沈黙を突き破ったのがノエルのさっきの謝罪。
状況を整理するとこんなところだろうか。
それにしても、ノエルの謝罪の意図がわからない。
俺はノエルに謝り、仲直りをするためにこの部屋まで来た。
それなのに、どうして俺に対して腹を立てていたはずのノエルが俺たちに向かって頭を下げているのだろうか。
「アタシが間違ってたわ。アンタの言う通り、ヒュドラは危険で、強かった。アタシは一人で突っ走って死にかけて、そしてアンタに救われたわ。今のアタシの力じゃ、ヒュドラからの最後の反撃を受け止めることすらできなかった。……助けてくれてありがとう」
自信満々、気位の高いノエルが頭を下げている。
しかも、聞こえてくる声はいつもの高圧的で対抗心丸出しの声とはちがって凄く素直な声。
どうやら一度死にかけたところを俺に救われたことによって俺への溜飲が下がり、リカルドの街の冒険者ギルドで俺が「もうヒュドラとは戦いたくない」と言った意味も理解してくれたようだが、素直すぎて怖い。
険のない可愛らしい声が、逆に気持ち悪い。
ノエルが己の非を認めて本気で謝罪してきているということはわかるのだが、もっと普通に、いつものように棘のある声で接してくれた方が話しやすい。
「感謝はいらない。助けられたのは偶然だ。俺の実力じゃない。そんなことより、俺の方こそすまなかった。ギルド長からヒュドラ討伐の話を持ち掛けられたとき、俺はノエルが世界一の魔術師になるための大事なチャンスを潰そうとしてしまった」
しっかりとノエルの目を見て話す。
ノエルや討伐軍の兵士たちをヒュドラの毒から救えたのは原因不明の体内魔力増幅とそれによる魔法の暴走が偶然重なり、奇跡的に浄化魔法の規模が広がったからであってアレは俺の本当の実力ではない。
リカルドの街でノエルがパーティを抜けたときは、気づいていなかったとはいえノエルが名を上げる機会を摘み取るようなことを言ってしまった。名実ともに世界一の魔術師になるには次々と大きな活躍をしていかなくてはいけないのにその機会を奪おうとするようなことを独断で決めてしまったのは軽率だったと反省している。
――というようなことをしっかりと伝えるとノエルの顔に若干の呆れのような色が浮かび上がり、柔和ながらもどこか棘のある言葉が返ってきた。
「別にいいわよ。あの時はアタシも頭に血が上りすぎていたもの。もっと話し合えばいいだけだったのに、アンタの弱気な態度を見てたらついカッとなって飛び出しちゃったのよね。けど、今はあの時アンタが言っていたことにも納得しているわ。それと、助けられたのは偶然だなんてすぐにバレる嘘はやめなさい。あの規模の魔法は偶然で発動できるレベルじゃないわ。ヒュドラの毒を完全に消滅させたのもありえない。あとでどんな魔法なのか詳しく聞かせてもらうから覚悟しときなさい」
まだ少し違和感があるものの、先ほどの素直すぎる声と態度のときよりはとっつきやすい。
つい数時間前に死にかけたことやそこを俺に救われたことに対して思うところでもあるのか蝋燭の火に照らされたノエルの瞳は微かに揺らめき、その顔に差す影は少し濃いようにも見えるが、ヒュドラの毒を消し去った魔法について聞かせろと言ってくるくらいなのだから思っていたよりも関係性は悪くないはず。
互いに謝罪を済まし、それを受け入れた。
ノエルと会う前はもっとこじれるかと思っていたが、そんなこともない。
今回の騒動で発生したわだかまりはだいぶ解消されたとみていいだろう。
これで、仲直りはほとんど完了。
あとはこの国に来るまでのあいだにフィナンシェと何度も話し合って決めた通り、ノエルにもう一度俺たちとパーティを組む気はないかと訊くだけ。
「ノエル、もしよ――」
「ノエルちゃん、パーティに戻って来るよね! また一緒に冒険者しよっ!」
俺がノエルに訊こうとした瞬間、フィナンシェが食い気味に言葉をかぶせてくる。
おそらく、俺とノエルの仲がノエルのパーティ脱退前くらいまでに戻ったのを見てついに痺れを切らしてしまったのだろう。
フィナンシェのことだ。トールとノエルちゃんが仲直りするまでは静かにしてないとダメだよね、とか考えて声を出したいのを我慢していたに違いない。
我慢しすぎたせいで、ついに食べ物だけでなく言葉まで食うようになってしまったみたいだ。
本当に食い意地が張っている。食欲旺盛でいいことだ。
「あんな抜け方をしたのに、いいのかしら?」
意外なことに、フィナンシェからの問いに対しノエルが遠慮がちに質問してくる。
パーティ再結成の提案は断られる可能性の方が高いと思っていたがそうでもなかったらしい。
「もちろん! ねっ、トール?」
「ああ。ノエルに戻る気があるならもう一度俺たちとパーティを組まないか?」
ノエルと一緒にいると疲れるが、嫌ではない。
魔法や魔術の腕も高く、稼ぎも増える。
なにより、浮遊魔術があれば馬に乗って移動しなくてもよくなる。
ゆえに、ノエルがパーティを組みたいというのなら断る理由はない。
「そう。なら、遠慮なく。このパーティで色々と学ばせてもらうわ。またよろしくお願いするわね」
ノエルがフィナンシェと握手を交わし、続いて俺とも握手を交わし合う。
こうして予想以上に速やかに、あっさりと、ノエルがパーティメンバーに復帰した。
「そうだ。ノエルに一つ訊きたいことがあるんだが」
「なによ。言ってみなさい」
「モラード国のキャンプ地で宴の後に俺の部屋を訪ねてきたことがあっただろ?」
「ええ」
「あのとき何か言おうとしていたように見えたが、一体何を言おうとしていたんだ?」
「さあ? もう忘れたわ。そんなこと」
ノエルの再加入直後、気になっていたことを訊いてみたところ、返ってきたのはそんな素っ気ない返事だった。