怪しい二人組
「おい、そこの二人! お前ら、三日前に【金眼】がパーティ組むかもって噂してた奴らだな!」
そう声を張り上げながら、俺とフィナンシェがいる方向とは別の方向を指差す筋肉ダルマ。
筋肉ダルマの指と声につられて首を動かした先にはきょとんとした顔のカルロスと苦虫を噛み潰したような顔をしたケインの姿があった。
「何の話ですか?」
何の話かわからず困惑しているといった様子のカルロスが筋肉ダルマに向けて声を出す。
「何の話って、三日前の話だよ! お前ら、道端で【金眼】がパーティを組むんじゃないかって噂してただろ!」
カルロスからの質問に対し怒鳴るように答える筋肉ダルマ。その顔にはまるで何かを疑っているかのような、そんな表情が浮かべられている。
対するカルロスの顔は三日前のことを思い出そうとしているのか眉根にしわが寄せられ、さきほど苦虫を噛み潰したような顔をしていたケインは無愛想な表情に戻っている。
状況が飲み込めない。
筋肉ダルマはカルロスとケインが三日前に噂していたことについて何か言いたいことがあるようだが話を聞いてる限りじゃ三人に面識があるようには思えない。
筋肉ダルマが二人に意味不明な言いがかりをつけに来たのかとも思ったがさっきのケインの表情を見たあとだとただの言いがかりというわけでもなさそうに思える。なにせ、出会ってからずっと無愛想な表情を浮かべていたケインの顔があれほどまでに歪んだのだ。何もないわけがない。
そもそも筋肉ダルマは俺のことを恐れているはず。それなのに大した理由もなく俺のいる部屋に戻ってきて俺の前で俺たちの交渉相手にケチをつけるような真似をするとは思えない。
筋肉ダルマの何かを疑うような顔とさっきのケインの顔を見るだけでも何かあるだろうことは感じ取れる。
問題はその何かが良いことなのか、はたまた悪いことなのか、だ。
一人で考えても答えに辿り着けそうにないと思いフィナンシェの方を見てみると、なんとフィナンシェは澄ました顔でどこかから取り出した袋の中から一口サイズのクッキーを手に取り、次々に自分の口へと運んでいた。
話の中にフィナンシェの名前が登場していたからフィナンシェなら俺よりもこの状況を理解しているんじゃないかと思ったが期待外れだった。
フィナンシェは俺の視線に気づいたのか、さりげなくクッキーの入っている袋を俺から遠ざける。違う、そうじゃない。クッキーが欲しいと思ってお前を見ていたわけじゃないんだ。
ダメだ。この女、この状況に全く興味を示してない。私には関係ないよねとばかりにクッキーを食べ続けている。
至近距離で言い争いに近いことが行われているのにどうして無視できるんだ。
話の中に【金眼】って呼び名も登場してただろ。まさか自分が【金眼】と呼ばれてることを知らないとかないよな?
それとも、冒険者たちのあいだではこの程度のいざこざは気に留めることもないほどよくあることなのか?
「だから、それがおかしいっつってんだよ!」
フィナンシェの態度に気を取られているうちに話が進んでいたらしい。筋肉ダルマの声が部屋に入ってきたときよりも荒々しくなっている。
「たしかに、あんた等の会話を勝手に聞いて行動して、それで問題を起こしたのは俺だ。けど俺は別にあんた等の会話が耳に入ったせいで問題を起こすことになっちまった、だから謝れ、なんて言ってねえだろ! あんときのあんた等の会話の内容がおかしかったから、【金眼】達に何かするつもりで今日ここに来たんじゃねえのかってきいてるんだろうが!」
よくわからないが筋肉ダルマは俺とフィナンシェの身を案じてこの部屋に戻ってきたってことだろうか。
いや、筋肉ダルマはフィナンシェのことを恨んでいるからフィナンシェがどうなろうと知ったこっちゃないはず。俺に関してもスライムを倒せるような化物だと思い込んでいる節があるから俺の身を案じるとは思えない。
ということはカルロスとケインが俺たちに何かする気だと思い込んで、それで二人が返り討ちにあう前にその何かを止めさせようとしているってところか。つまり、案じているのは俺たちの身ではなくカルロスとケインの身ってことだな。
喧嘩腰なのはテッドについて緘口令が敷かれているせいで俺の脅威(勘違い)を二人にうまく説明できないからイラついているとかそんな理由だろう、きっと。
ただ、筋肉ダルマは何か根拠があって二人を問い詰めているような気もする。二人の身を案じているにしては二人に対して攻撃的すぎるというか疑いの視線が強い気がするんだよなぁ。
叫び続けているうちに少しは気が落ち着いたのか、筋肉ダルマが落ち着いた声音で話し始める。
「あんた等、たしか『今度こそ【金眼】がパーティを組むんじゃねえか』みたいなこと言ってたよな。【金眼】の異名を知ってるってことは【金眼】の強さやこいつが自分より弱い奴とはパーティを組まないってことも知ってるはずだよなあ。なのにどうして見るからに弱そうな男と一緒に歩いてるのを見てパーティを組むかもなんて発想に至ったんだ?」
「ですから、今度こそ【金眼】がパーティを組むかもなという会話をしていたのは事実ですけどそれはあくまでも話のネタ、冗談であって特に深い意味はないんですよ。もちろん、お二人に何かするつもりで今日の約束を取り付けたなんてことも絶対にありません」
「そうか。なら、さっきからずっと黙ってるあんたの相方はどうしてさっきあんな顔をしたんだ? 俺が『【金眼】がパーティ組むかもって噂してた奴らだな!』って言って指差したとき、すげえ顔してたぜ」
その言葉を聞いたカルロスがケインの方を振り向く。振り向いたあと、しまったといった顔をしてすぐに筋肉ダルマの方へと向き直るカルロス。
その姿はまるで、ケインのせいで企みに気付かれたと語っているように見えた。
筋肉ダルマにもそう見えたようで、追い打ちのように言葉を投げかける。
「そうだよな。あんたの位置からじゃ、あんたの少し後ろにいる相方の顔は見えねえ。当然、さっきの顔も見れてねえよなあ。ところで、どうしていま振り返ったんだ? 何もやましいところがないなら相方の顔色がどんなもんだったとしても振り返る必要はねえはずだよなあ。しかも振り向いたあとすぐに焦ったような様子でこっちを見た。こんな反応をされちゃあ俺の言ってることがあんた等にとって不都合なことだって思わないわけにはいかねぇよなぁ。顔に書いてあるぜ。しまった、どうすればいい、ってな。何をするつもりかは知らねえが、こいつ等には指一本たりとも手出しはさせねえぞ」
筋肉ダルマがカルロスたちに対して敵意をむき出しにする。
俺も、筋肉ダルマの言ってることが正しいように思う。
カルロスも自分たちの不利を感じているのか額から汗が滲み出てきている。
「あなたがどうして私たちを悪者に仕立て上げようとするのかわかりませんが、今言ったことはすべてあなたの妄想だ。私たちは依頼をしに来たのであってお二人に何かするつもりなんてありませんよ。妄想が済んだならお引き取り願いたい。これから依頼内容について詳しい説明をしなければいけないので」
カルロスはあくまでも冷静にこの場を対処しようとしている。
しかし、フィナンシェがどう思ったかはわからないが少なくとも俺は筋肉ダルマ寄りになっている。
カルロスとケインは俺たちに危害を加えるようとしているのではないかと思ってしまっている。
そんな俺の心情を読み取ったのだろう。カルロスはこちらを一瞥したあと、今日はもう時間がないのでまた後日と言ってケインを連れて部屋から出て行ってしまった。
「怪しいですね」
凛とした声が部屋中に響き渡る。
意外にも、カルロスたちが部屋を出たあと最初に言葉を発したのはフィナンシェだった。
「トンファさんの言葉に対するあの反応、そして部屋から出ていったこと。私には、形勢が不利になったためにこの場から逃げ出したように見えました」
一瞬、フィナンシェもちゃんと話を聞いていたんだなと感心しそうになったが、途中からクッキーを食べていなかったことを思い出して、クッキーを食べ終えて暇になったから話に耳を傾けただけだなこいつと思い直した。
目の前の諍いよりも甘味を優先するとは。なんだか、段々とフィナンシェの中での優先順位がわかってきた気がするな。
「【金眼】と意見が合うってのは癪だが、俺もあいつ等は怪しいと思うぜ。だから、こうして戻ってきたわけだしな。俺はこの街で長く活動してるからわかるんだが、あいつ等は余所者だ。それも最近この街に来た奴らだと睨んでるんだがそれにしては【金眼】について詳しすぎた。とはいっても、【金眼】は最近までしばらく街を離れて活動してたからそのときに【金眼】を知った奴らかもしれねえと思って最初は軽く反応を探るつもりだったんだが、いきなりあんな表情をされちゃあな。あの無愛想な奴が腹芸苦手で助かったぜ。しかも、あいつ等は【金眼】よりも、えーと、そういや名前教えてもらってなかったな」
「トールだ」
「そうか。トールか。俺が見たところ、あいつ等は【金眼】よりもトールのことを気にしていたように見えた。もしかしたらあのことを知っていてそれでお前等に接触してきたのかもしんねえぞ」
あのこと、のところで俺を見たってことはあのことだな。
カルロスたちがどこでテッドのことを知ったのかはわからないが、カルロスたちの出した依頼を俺たちが受けたのをこれ幸いとしてそのことをきっかけに接触してきた可能性はあるな。
そうなると狙いは――
「狙いはトールたちの威を借りようとしたか、それかトールのカード化だな。あいつ等はたぶんカードコレクターだ」
「カードコレクター、それも、スライムに手を出そうとするということはあの非合法組織【カディル】の一員の可能性が高いですね」
カードに異常な執着を見せる悪者が集まった巨大な非合法組織があるっていうのは以前聞いたが、【カディル】っていうのか。
そんな奴らに狙われるなんて冗談じゃねえぞ。
「しかしあのことを知ってるとなると真正面から戦闘って事態は向こうも避けたいはず。そのテーブルの上の飲みもんに毒でも入れられてるかもしれねえな」
テーブルを見ながら筋肉ダルマがぽつりと呟いたのを聞いてフィナンシェの顔がサッとあおざめた。
フィナンシェはしっかり飲み干していたからな。そうなる気持ちもよくわかる。
あの二人がこの部屋の中で俺をどうにかしようとしていたのであれば毒を用いた可能性は高い。フィナンシェが無事だと確実にあの二人の障害になるしフィナンシェも異名持ちだ。カード集めが目的ならフィナンシェの飲み物にも毒を入れるのが自然。
フィナンシェが飲み干してからかなりの時間が経過しているから大丈夫だとは思うが念のため浄化魔法を重ね掛けしておいてやった。
浄化魔法は七回くらい重ね掛けすれば大抵の毒を打ち消せるからな。これだけ時間が経っても効果が現れていないような毒ならこれで大丈夫なはずだ。
その後は【カディル】の連中が襲ってくる可能性があるから注意すること、特にカルロスとケインには近づかないことと決めて筋肉ダルマと別れた。
筋肉ダルマは俺に対して一生をかけても返しきれない恩を受けたと感じているらしく、少なくとも俺がこの街にいる間は俺の周囲に目を光らせてくれると約束してくれた。
その約束をする前に、「今日決闘の申し込みをするって約束をしていたがあれはなしにしてくれ、頼む!」とわけのわからないことを言われた。
そんな話は初耳だし、なにより筋肉ダルマと決闘なんかしたら確実に死んでしまう。そんな話はこちらから願い下げである。
冒険者ギルドを出たあとはフィナンシェと周囲を警戒しながら宿に戻って一息。宿のおっちゃんに買ってきてもらったスープや謎肉なんかを食べて眠りについた。
そしてその夜、宿で寝ているところを黒衣に身を包んだ怪しい二人組に襲われた。