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明日にそなえて

 謁見が終わり、部屋を出てから数秒。

 仕事があると言って先に退室していったトーラに代わり俺とフィナンシェを案内してくれることとなったテトラがたったいま俺たちが退室したばかりの部屋の扉を閉めるのを見届けたあと、謁見が無事に終了したことへの安堵とともに失敗したという思いが浮かんできた。


 終始悪くない雰囲気のまま謁見を終えることができたのはよかった。

 しかし、謁見中、王族相手に気安くしすぎていたかもしれない。

 会話の内容がシフォンのことになってからは緊張も解け、ラーゼと呼び始めてからはブルークロップ王国の第一王子としてではなく友人であるシフォンの兄として見るようになった。

 そのおかげで会話が弾んだことは間違いないが、いくら本人が許可したからといって王族を呼び捨てにするのはやりすぎだったのではないかという気がする。


 入室から退室までを今一度思い返してみても謁見の途中からは完全に友人の兄扱いしてしまっている。

 しかも、孤児院育ちの俺にとって友人というのは同じ孤児院で暮らす家族のことであった。もちろん、その友人の兄というのもまた俺の家族であり、友人だった。

 そのせいで、俺は友人と家族の区別がついていないらしい。

 院長からも「トールの友達感覚は少しズレているから外で友達を作る時は気をつけなさい」と言われていたはずなのに、すっかり忘れてしまっていた。

 シフォンの兄である前にブルークロップ王国の王子であったラーゼ相手にまるで家族や友人のように接してしまったが、大丈夫だっただろうか。


 ……なにか問題があったらその場で指摘されているか。

 ラーゼ自身も護衛騎士たちも、誰も俺の態度を咎めるようなことは言ってこなかった。

 たぶん大丈夫だろう。何も問題はなかった。……そう信じたい。


「シフォンちゃんにそっくりだったね!」

「そうだな」


 これから俺たちが今日寝泊まりすることになる建物に案内してくれるというテトラに先導されて歩いている最中、フィナンシェがラーゼについての感想を告げてくる。

 あまりにも呑気な感想と態度に「こいつは緊張や不安とは無縁なのだろうか」と一瞬思いはしたが、謁見中のことを思い返してみればフィナンシェは俺とちがって不安に思わなければいけないようなことは何もしていなかった。


 分をわきまえる、というのだろうか。

 フィナンシェはラーゼ相手にしっかりとした対応をとることができていた。

 おそらく、以前にどこかで王族相手の礼儀作法を学ぶ機会があったのだろう。

 丁寧な口調、はっきりとした受け答え、流麗な所作。

 外面モードをいつもより少し礼儀正しくし、そこに愛想のよさを加えたような態度でラーゼに接するフィナンシェは、まるでどこかの令嬢のようであった。


 そして、だからこそ、俺の平民然とした無礼な振る舞いが余計に目立つ。

 あの謁見の場において、俺だけが明らかに浮いていた。


 まぁ、もう終わってしまったことだ。

 謁見中のフィナンシェの様子を思い出して「やっぱり俺の態度はまずかったかもしれない」と不安が再浮上しかけたが、今更どうにもならない。

 それに、結論ならさっき出した。大丈夫、ラーゼたちは俺の態度に腹を立てたりはしていない。

 もし腹を立てていたときはシフォンに口添えを頼もう。

 ラーゼとシフォンの仲は良好なようだしきっとなんとかなるだろう。


 フィナンシェとテトラがシフォンの話題で盛り上がっているのを聞きながら、不安を振り切って歩く。

 寝所に辿り着いたのは、日が暮れ始める一時間前のことだった。






 テトラに案内された場所にあったのはラーゼがいた建物と似たような外観の建物。


「この二部屋を自由に使用してくれて構わない」


 そう言われ、見せられた部屋も申し分ない広さ。

 戦地ということで期待していなかったが、ベッドもふかふか。

 これならぐっすり眠れそうである。


「何か用事がある際には我々に伝えてくれ。可能な限り望みを叶えよう。では、今夜は存分に疲れを癒してほしい。今回の助勢、本当に助かった。感謝している」


 もう何度目になるかわからない感謝の言葉を残してテトラが去っていく。

 それを見送るとフィナンシェが口を開いた。


「ノエルちゃん、もう寝ちゃってるって。残念だったね」

「まぁな。だが、明日になったら必ず会えるんだ。今日はゆっくり休もう」


 フィナンシェはこの建物に入った直後に確認したことを復唱するように言いながら、少ししょんぼりとしたような顔をする。


 この建物に寝泊まりしているのは俺とフィンシェの他に護衛騎士二十六名と助勢してくれた魔術師が一人。

 ここへ来るまでの道中でテトラからそう説明されたとき、俺とフィナンシェはその魔術師というのはノエルのことなのではないかと考えた。

 そして、その予想は当たっていた。


 日暮れの近づいた空を見上げ「今日はノエルと会えそうにないな」と思っていたところに伝えられた衝撃の事実。

 今から向かう場所にノエルもいるのなら今日中に仲直りできるかもしれない。そう思ったのも束の間、建物に到着してノエルの様子を確認してきてもらったところ、どうやらノエルはもう就寝してしまったようであった。

 何日間にもわたってヒュドラと戦い、今日は大魔術を連発。その後に死にそうな目にも会っているのだから疲れが出て寝てしまっても仕方ない。

 そうは思うも、ノエルと仲直りするぞと気合を入れてここまで来たこともあってテトラから「すまない。魔術師殿はもう眠ってしまったようだ」と伝えられたときには肩透かしを食らってしまった。

 気合が抜けた際にどっと押し寄せてきた疲労も凄い。


 明日はノエルと会うことになる。

 体調をできるだけ万全に近づけておかなくては。

 疲れた頭でそう考える。


《テッド、おやすみ》

『よく眠るがよい』


 声を出すのも億劫。

 テッドへの挨拶を念話で済ませベッドに倒れ込むと、すぐに意識が遠のき始めた。

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