カラメラーゼの困惑
ブルークロップ王国第一王子カラメラーゼから見たトールの第一印象は『奇怪』の一言に尽きる。
古城近くに造られた建物の一室にてトールを迎え入れた時、カラメラーゼはトールから品定めされているかのような視線を感じた。
内界一の大国、ブルークロップ王国第一王子である自分を前に、その真価を正面から堂々と見定めようとしている少年。
教育係の者以外から、それも年下から初めて向けられた不躾な視線に、カラメラーゼの身体に得体の知れない緊張が走った。
何よりも不気味だったことは、一見するとどこにでもいる普通の少年のような見た目をしているトールが入室時から片時も視線を外すことなく自分のことを見つめ続けているという事実。
カラメラーゼにはトールが自分を見定めようとしている理由がわからなかった。
この少年はその瞳に何を映しているのか。
自分を品定めしてどうしようというのか。
いくら考えども、目の前の少年が自分を品定めすることによって得られる利益があるとは思えない。
では、トールという少年は損得に関係なく、何の意味もなく、ただそうしたいからという理由だけで人を品定める癖でも持っているのだろうか。
いや、トールという少年について調べた情報の中にそんな悪癖はなかった。
ブルークロップ王国の誇る密偵たちが集めた情報を思い出しながら、カラメラーゼはトールから向けられ続けている視線に意味を見出そうとした。
だが、その答えが出ることは一生ない。
そもそもの話、カラメラーゼは前提条件からして間違えていた。
トールは初めから、ブルークロップ王国第一王子の真価を見極めてやろうなどとは微塵も考えていない。
単純に、内界一の大国の次期国王という肩書にビビり、緊張していただけである。
入室からずっと王子を見続けていた理由は王子以外に目を向ける余裕がなかったから。
品定めするような視線を向けていた理由は緊張で顔が強張っていただけ。
どちらも、緊張で説明がつく。
ただ、王子がトールの緊張を見抜けず、変な方向へと勘違いし始めてしまっただけの話である。
しかし、カラメラーゼが斯様な勘違いをしてしまったのも無理はない。
トールとの対面前から、カラメラーゼの中にはトールに対する先入観があった。
それは――たった一人で内界を滅ぼせる力を持つ男という先入観。
その先入観がカラメラーゼの目を曇らせた。
トールの強さへの偏見が、目の前の少年が自分ごとき一人の人間を相手に緊張するはずがないという考えをカラメラーゼに抱かせ、その結果カラメラーゼはありもしないトールからの視線の幻影に意味を見出そうとしてしまった。
自分など一捻りにできる男が自分の何かを見極めようとしている。
冷や汗が流れてもおかしくないような、不気味で、奇怪な状況。
それまで感じたことのなかった恐怖に感情を揺さぶられ混乱しそうになっている最中、なんとかトールとフィナンシェへの挨拶と謝意を伝えることに成功したカラメラーゼはシフォンの話題に移った瞬間急に品定めの様相が消えたトールの両目を見て、さらに困惑の色を強めた。
品定めの様相が消えてからのトールの豹変ぶりは凄まじく、それまでの不気味さと緊張感はどこへやら。
先程までただならぬ気配を発しながら他人のことを品定めしてきていた人物とは思えないほど、シフォンについて語り合っていた時のトールからは一欠片ほどの凄みすら感じなかった。
とにかくトールという少年を敵に回してはいけないと直感したカラメラーゼはトールに対し「ラーゼ」という愛称で呼ぶことを推奨してみたり、トールやフィナンシェとの共通の話題シフォン関連の話で一時間以上に渡って会話を続けたりと、トールとの友好を深めるために全神経を集中させ、死力を尽くすこととなった。
カラメラーゼはシフォンがリカルドの街へ行くことになった時よりトールという少年は何者なのかと考えるようになった。
ある日ブルークロップ王国現国王である父が国一番の密偵チームに全力で素性を探らせ始めた人物であり、おそらく突如として妹シフォンの最有力婚約者候補として浮上してきた人物。
父は何も言わないが、長年許可の下りなかったシフォンのリカルド行きが急遽叶えられることになった理由はシフォンをトールという少年に会わせるためだろうとカラメラーゼは予想していた。
そして父の思惑通りか、はたまた思惑以上の成果か、トールだけでなく【金眼】とも仲を深め、さらには伝説の英雄トーラまで連れ帰ってきたシフォンからはトールという少年は強く優しい友人であると聞き及んでいる。
そして、その強さの片鱗は空から降り注いでいた大量の毒をヒュドラもろとも完全に消し去ることで十分すぎるほど見せつけられた。
素性は不明。情報を集めるほど謎が増えていく人物。
トールと対談してみて新たにわかったことは、自分に対して品定めが行われ何らかの評価が下されたことと、滅多に緊張することのない自分に冷や汗をかかせるほどの凄みを持つおよそ人間の枠組みに収まっているとは思えない現人神のような存在であるということの二つだけであった。