第一印象
ちょっとしたゴタゴタがあって更新遅れました。
次回更新も遅くなるかもしれないです。
さて、俺が英雄視されるに至った経緯はわかった。納得もした。
だが、一つだけわからないことがある。
俺の魔力が急増したのは何故なのだろうか?
あのとき、討伐軍を襲おうとしていた毒に向かって浄化魔法を発動しようとした瞬間に急激に俺の魔力が膨れ上がったとテッドは言っていた。
今はいつも通り人並み程度の魔力量に戻っているみたいだが、あのときはたしかに普段の何倍以上もの魔力が俺の体内から放出されていったらしい。
そのことはテッドから確認したという理由だけでなく、実際に魔法を発動したときの感覚からしても間違いないと思う。
というより、そうでもなければ俺の発動した浄化魔法だけで古城周辺を覆い尽くすほどの量の毒とヒュドラを綺麗さっぱり片づけるなんてことできるわけがない。
……一つだけ、魔力の増大に関して思い当たることがある。
人魔界にいた頃、付近にいる者の魔力を増大させる魔膨骨なるモノが存在しているという噂を聞いたことがある。魔膨骨が実在していたかどうかは定かではないが、それと似たようなモノがこの世界には存在しているのかもしれない。
仮に存在していたとしてどうしてあの一瞬だけ都合よく俺の魔力が膨れ上がることに繋がったのかという謎は残ってしまうにしても、毒をなんとかしたいと思う気持ちが魔力を高めただとか神が力を貸してくれただとか言われるよりは何か魔力を高める道具が近くにあったと言われた方がよっぽど信じられる。
などと考えるだけムダということは重々承知。
魔力の流れを感知することのできるテッドにもわからなかったのだ。
テッドが「急に魔力が増大した」と伝えてきた時点で魔力が急増した理由やその大量の魔力の出処が不明であることは確定していた。
俺がいくら考えたところで答えを得られるわけがない。
どうせわからないのだ。この思考はここら辺で打ち切ろう。
「――では、参りましょうか」
考えが表情に出ていたのだろう。
答えの出ないことを考えるのはやめようと思い一瞬で吹っ切れたような表情になったであろう俺の顔を見て、トーラがそんなことを言い出した。
俺の思考が落ち着く瞬間を見計らって声をかけてきたことはわかるのだが、一体どこへ行くというのか。
このあとどこかへ向かうというような話はした覚えがないのだが……俺が聞き逃していただけだろうか?
どうも俺が聞き逃していただけっぽい。
その証拠にトーラからは行先についての説明がなく、俺と並んでトーラの後をついていっているフィナンシェもどこに向かっているのかと質問するような様子がない。
おそらく行先については先程までの会話の中で伝えられていたにちがいない。
もしくは俺が意識を失っているあいだに説明がされていたか。
まぁ、トーラについていけばわかるか。
歩いてゆっくり向かっているということはそんなに遠くに連れて行かれるわけでもないだろう。それなら、わざわざ行先を聞くまでもない。
どこに向かっているかなんてことはどうせすぐに判明することなのだから目的地に到着するまでは行先は不明ということにしておいた方が面白いだろう。
……なんて考えなければよかった。
何も面白いことなんてない。
今となってはさっさと行先を聞いて対策をしておくべきだったという後悔の念しかない。
トーラに案内され辿り着いた立派な造りの建物の中。
土属性の魔法をつかって建造したという堅牢な建物の中でも特に堅牢そうで豪華な装飾のなされた扉の前でひとり深呼吸をする。
頭の中にあるのは、今しがた聞いたばかりの情報。
フィナンシェは平然としているが、緊張しないのだろうか。
この扉の向こうにいる人物についてはこの世界で生まれ育ったフィナンシェの方が俺よりもずっと詳しいはずなんだが。
「何も心配することはない。トール殿とフィナンシェ殿は普通にしていればいい」
俺を安心させるようにトーラがそう言うが、トーラの思っている普通と俺の普通が同じだという保証はない。
もしかしたら俺にとっては普通の行動でもトーラにとっては想定外の異常な行動というものがあるかもしれない。
その場合、何かをやらかすまで俺はやらかしたことにすら気づけないだろう。
ゆえに、安心はできない。
「では、行くぞ」
重厚そうな扉に手をかけ首だけをこちらに向けていたトーラが正面を向き、扉を開ける。
扉の向こうにいたのはシフォンを思わせる顔立ちと髪色をした一人の青年。
正確には、その髪色はシフォンの透き通るような水色の髪よりも少し色が濃い。
まるで晴れの日の空のような髪色をした青年が人の良さそうな笑みを浮かべながら立派な椅子に座ってこちらを見つめている。
「トール殿、フィナンシェ殿の両名を連れて参った」
青年に向かってトーラが静かに用件を告げ、それに対し青年が俺とフィナンシェの顔をしっかりと確認したあと、青年の後ろに控えていた護衛騎士の一人が手振りだけで俺たちを部屋の中へと招き入れる。
意外にも、青年の椅子と向き合う位置に二つ、俺とフィナンシェのために用意されたと思われる椅子が置かれている。
あそこに座れということだろうか?
座っていいらしい。
またも青年の一番近くに立っている護衛騎士から手振りだけで座るように指示された。
とりあえずその指示に従って座っておく。
「カラメラーゼ殿下、こちらが――――」
そして、俺とフィナンシェが着席するとトーラによる俺たちの紹介が始まる。
紹介している相手はもちろん空色の髪をした青年。
やがて俺たちの紹介が終わるとトーラから殿下と呼ばれた青年は一言、こう言った。
「やあ、これからよろしく」
威厳は感じられない、くだけた口調。やわらかい雰囲気。
しかし、不思議と威圧感を与えられるような、そんな力のある声が耳に心地よく響く。
なんというか、初対面なのに、初対面という気がまったくしない。
身分の差も感じるが、変に身構えることもない。
妙な緊張感はありながらも、不思議とリラックスできている。
これが、内界一の大国を背負う一族の貫禄なのだろうか。
ブルークロップ王国次期国王である青年――ブルークロップ王国第一王子カラメラーゼの第一声を聞いての印象は「やはり、シフォンの兄」という感じだった。