勝者の演説
意識が戻ったとき、俺は頭が痛くなるほどの歓声に迎えられた。
「英雄のお目覚めだ!」
「よかった! 目を覚ましてくれた!」
「【ヒュドラ殺し】だ!」
「真の英雄だ!」
「【ヒュドラ殺し】万歳!」
「すごかったぞー!」
「救ってくれてありがとー!」
「ありがとう!!」
「ありがとう!!!」
統一感のない、雑多な歓声。
大勢が各々思い思いのことを言っているせいで聞き取りにくいが、どうやら俺に向かって感謝の言葉を述べているようだ。
見える範囲にいる者は全員、満面の笑みを浮かべている。
中には涙を流している者もいるが、その者たちでさえ明るい表情を浮かべている。
総勢……三百人くらいはいるだろうか。
どうしてこれだけ大勢の兵士たちが俺の目覚めを待っていたのか。
そしてどうして俺に向かって感謝を伝えてきているのか。
そもそも、ヒュドラはどうなったんだ?
「トール、おはよう」
「ああ、フィナンシェ。いたのか」
「うん。トーラさんやテトラさんもいるよ」
背後から聞こえた声に振り向くとフィナンシェがいた。
その横にはテトラやトーラ等の見知った顔がいくつか……。
さらにフィナンシェたちの後ろには大きな古城が悠々とそびえ立っている。
驚いたことにヒュドラの攻撃をあれだけ受け続けていたにもかかわらず城は無傷のように見える。
ところどころ壁面の色が違ったりもしているから俺が寝ているあいだに土属性の魔法や魔術で修復でもしたのかもしれない。
今いる場所は修復されていないようで長年の時間経過とヒュドラとの戦闘によってだいぶボロボロに破壊されてしまっているが、なんとなく面影がある。おそらくここには城門があったのだろう。
俺は瓦礫などが退かされた古城の城門前に寝かされていたらしい。
「トーラさん、テトラさん、お久しぶりです。それで、ヒュドラはどうなったんですか?」
「トール殿の助力によって無事退治することに成功した。貴殿に救われたのはこれで二度目だな。心よりの感謝と共敬を貴殿に贈らせてほしい」
「我ら護衛騎士からも貴殿に感謝を!」
軽い挨拶ののちヒュドラはどうなったのかと訊いた瞬間にいきなり恭しく姿勢を整えその場に片膝をつき始めたトーラとテトラたち。
何がなんだかわからないがヒュドラは無事討伐できたらしい。
それにしても、やはりテトラたちも討伐軍に参加していたか。
いま目の前で跪いているシフォンの護衛騎士六人は俺やトーラと同じようにヒュドラとの交戦経験ありということでこの戦いに参加させられたのだろう。
この六人がここにいるということは現在のシフォンの守りは他の王族に仕える護衛騎士たちが担当しているということになるな。
「トール、トール。トールが何か言わないとテトラさんたち顔上げられないよ?」
「え?」
テトラたち六人がここにいることについて考えているとフィナンシェに肩をつつかれた。
俺の肩に触れている人差し指の先、フィナンシェの口から伝えられた内容を聞いて周囲を見回す。
いつのまにか静かになっていたと思ったら三百人近くいるだろう兵士たちまでもがその場に跪き頭を垂れている。
ガチガチに武装した大勢の人間が俺に向かって跪いている異様な光景。
しかも俺が何かを言わない限りこの頭が上げられることはないとか、怖すぎる。
「何を言えばいいんだ?」
とりあえずフィナンシェに小声で相談。
これまでの人生でこんな状況になったことはないため、どう言って顔を上げさせればいいのかわからない。
「うーん。普通に顔を上げてくださいって言うだけでもいいと思うけど、トールは今回の立役者だから……何か気の利いたことでも言ってあげたら皆よろこぶんじゃないかな?」
「気の利いたこと?」
「うん。気の利いたこと」
気の利いたこととは何だろうか。
突然言われてもわからない。
この状況で気の利いた一言……気の利いたという部分が漠然としすぎていてまったく何も思いつかない。
一体何を言えばいいのだろうか。
《なぁ、テッド。何かこの状況に適した気の利いた言葉はないか?》
『膝をついている者たちに向けての言葉か?』
《そうだ》
『それなら勝者の演説はどうだ? 昔よく口にしていただろう』
《ああ、それがあったか》
勝者の演説。
誰がどんな戦いに勝利したときに口にした言葉かは憶えていないが、町にいる子供たちがよく真似をして遊んでいたことは覚えている。
七年ほど前までは俺もよく口にしていた。
しっかりと覚えている自信はないが、とりあえず言ってみるか。
そうと決まればまずは深呼吸だな。
吐いて、吸って、吐いて、吸って――よし!
「皆の者、聞けぇ! 長く苦しい戦いは今ここに終焉を迎えた! 脅威は去り、人々が怯えることももうない! それを成したのは他でもない、ここにいる騎士、兵士たち、全員だ! 一人一人が死力を尽くし戦った結果が今回の勝利だ! 胸を張れ! 誰か一人が欠けてはこの勝利は得られなかった! 勝利の名誉は等しく我らのものである! 明言しよう! ここにいる全員が英雄! 一人一人が祖国の誇りであると! 立て、英雄たちよ! 顔を上げ、自らの手で我らが祖国へと勝利を持ち帰ろうではないか!!」
…………疲れた。思ったよりも長かったな。
いくつか覚えていないところもあって修正を加えてしまったが大丈夫だっただろうか?
偉そうな言い方になってしまったのは元の演説からして仕方ないとしても、そもそも「祖国」というのは自分の生まれ育った国のことだったはずだし、ブルークロップ王国の出身でない俺がここにいる騎士や兵士たちに向かって「祖国、祖国」と連呼するのは間違っているような…………それ以前に、ヒュドラとの戦いにまともに参加してすらいない俺にあのようなことを言う資格はあったのだろうか。
などと演説直後に不安な点がいくつも浮かび上がってきたが、その心配は無用だったらしい。
「「「「「おおおおおおおおおーーー!!!!!」」」」」
俺が演説を終えてから数瞬後、俺の発言が終わったことを確信した兵士たちから勝鬨の声が上がった。
空気が振動し、地面が揺れ、空も揺れている。
武器を持っている者は武器を掲げ、そうでない者も握ったこぶしを天高く突き上げ大きな叫びを上げながら己や周囲の仲間たちを賛美している。
一言でいうと、うるさい。
しかし、うるさいはずなのに、そのうるささが心地よい。
叫んでいる者全員が心から喜んでいることが伝わってくる。
「トールかっこいい!!」
「見事な演説であった。兵たちも歓んでいる。流石はトール殿だ」
フィナンシェとトーラからも良い発言だったと褒められているし、しっかりと気の利いたことを言えたようだな。
一安心だ。
というか、称賛の言葉はもういいからこの騒ぎが起きた原因を早く知りたい。
俺が急激な魔力の消耗によって意識を失ったあと、天から降り注いでいたあの大量の毒とヒュドラはどうなったのだろうか。
毒は防げたのか。
ノエルは無事なのか。
ヒュドラとはどうのようにして決着がついたのか。
聞きたいことはたくさんある。