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雨は等しく降りしきる

 あけましておめでとうございます!!

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます!!!

(新年一発目、できればもっと明るい話にしたかった!)

 護衛騎士たちの矜持と、トーラとノエルの力量。

 それらが合わさったことによって、再生能力を十二日間もの時間フル稼働させられ続けていたヒュドラのカラダに異変が起きた。


 それは討伐軍がずっと待ち望んでいた瞬間。


 とうとう、傷が再生されなくなった。


 数分前、トーラが放った一撃によって斬り落とされた首がまったく再生しない。


 それを見たノエルは自分の属している部隊がヒュドラとの戦闘を次の部隊と交代する時間ギリギリに最高火力の魔術をヒュドラへぶつけることに決め、あわよくば自分の魔術でヒュドラにトドメを刺し自分の素晴らしさを世界中に広めてやるという欲望に目の奥を熱く燃やしながら徐々に集中を高めていった。


 そして来たる活躍の時。


「行くわよ! 沈みなさい!!」


 勝利を確信した笑みを浮かべながら、気合の入った掛け声とともにノエルは魔術を放つ。


 まず初めに、最大限まで高められた集中によって完璧に制御された最高位炎属性魔術《炎獄》がヒュドラを何者をも灼き尽くす炎の監獄に閉じ込め、焼き焦がす。

 続いて、最高位土属性魔術《土塊形象》によって地面から全長三十メートルを超えるヒュドラを握りつぶせるほど大きな腕を二本生やし、その両腕でヒュドラを挟み潰そうとする。


「やったわ! 私の勝ちよ!!」


 最初から《炎獄》だけで倒せる相手ではないと踏んでいたノエルは《土塊形象》とその後にもう一つ、相手を凍らせ砕く最高位氷属性魔術《砕氷凍気》を放つ準備をした上でヒュドラに攻撃を加えていた。

 そしてその目論見通り、《炎獄》の炎が消え去ってもまだ息をしていたヒュドラが二つ目の《土塊形象》によってギリギリと握り潰されていく様を見て確かな手応えを感じ、気を緩めた。


 ――瞬間、ヒュドラの口から大量の毒が頭上に向けて放出される。


 放出された毒は空中で弾けるように横に広がり、古城周辺を覆い尽くすほどの広範囲に毒が降り注ぐ。

 ヒュドラの出す毒。それは当然すべてを溶かす強毒である。


 このままでは全滅する。


 ノエルと結界魔術師、結界魔法使いたちは宙に散布された毒が降下しきる前に即座に人間と毒の間に結界を作り出し、これを防ごうとする。

 しかし、結界すらも容易く溶かしてしまう毒に対し消耗した身体でかなりの広範囲を覆い守ろうとすれば魔力不十分による強度不足に陥るのは至極当然の結末。

 最高位魔術の連発で魔力を大量に消費した上に油断していたノエルの張った結界も他の者の張った結界と同様に徐々に溶かされていく。

 水魔法使いや土魔法使いたちも水や土を生み出し頭上に移動するように操作しているがそれで防げるほど対策が容易な毒でないことはその場にいた誰もが知っていた。


 あれを食らったらカード化する間もなく一瞬で全身を溶かされてしまう。

 絶対にあの雨に当たってはいけない。


 それが全員の共通認識。

 毒の雨の真下にいる者たちの顔が、恐怖に歪む。


 絶望と緊張感と静寂と、あらゆる負の感情が混ぜこぜになった空間。

 誰もが空を見上げ、口をつぐんだ瞬間。

 歯を食いしばり結界を維持していたノエルが叫んだ。


「ダメ! 堪えきれないっ!!」


 静寂を引き裂く悲痛な叫び。


 この時、すでにノエル以外の者の張った結界はその形を失っていた。

 歴戦の勇士であるトーラや護衛騎士たちにとっても、他の兵士たちにとっても――その場にいるすべての者にとって、ノエルの叫びは最後の希望が潰えるに等しいことであった。


 誰かが息を飲み込み、誰かが涙を流し、誰かが地に蹲る。


 覚悟を決めた者、諦めた者、死を受け入れまいとあがく者。


 毒の雨が相手では古城の中にいても生存は絶望的。

 百を超える人間たちの諦めと生への執着がこの世への大量の未練を生み出す。


 ノエルが叫んでから一秒にも満たない時間の中、各々の想いがその場に表出し、大きな渦となって討伐軍を包み込む。


 そして、ノエルが叫んでから一秒後。

 空を覆うほどの毒を押しとどめていたノエルの結界が――消えた。


 蓋をハメる前の大樽から神がワインを零したのではないかと思うほど勢いよく降り注ぐ紫の雨。


 その勢いは脱兎のごとく。


 その量は湯水のごとく。


 その色はまさに見た者すべてを死に誘うがごとく。


 ワインとは似ても似つかぬ色の毒々しい死の気配が音を立てながら近づいてくる。

 避ける術はもうない。

 あとは黙して死を待つのみ。


 ヒュドラと戦うと決まった時から覚悟はしていた。

 作戦が上手くハマったおかげで誰一人として大きな怪我を負うこともなく順調に戦えていたから忘れてしまっていたが、元より相手は伝説級の化物。

 死の危険はいつだって隣に佇んでいた。


 兵士たちは皆、そのことを思い出した。

 死を受け入れられず涙を流す者はいるが、一人としてみっともない声を上げる者はいない。

 それこそがブルークロップ王国の兵士に求められる生き様であると皆が信じ、実行していた。


 もちろん、生を諦めない者もいる。


 国から兵を預かり、全員を生還させることを目標としていたトーラ。

 主君へと忠誠を誓い、主君を守ること以外で死ぬことは主君の名誉に泥を塗ることに他ならないと信じて疑わない護衛騎士たち。

 世界一の魔術師になるという目的を持ち、そのためにヒュドラ討伐に参加したまだ夢半ばのノエル。


 彼らはまだ、諦めていなかった。

 迫りくる漆黒、凝縮された紫の滝を眺めながら、この場を切り抜ける術はないかと必死に目を、身体を、頭を働かせる。

 されどその目には希望は映らず、身体には死神の鎌が纏わりつき、頭には「生き残ってやる!」という何の根拠もないあやふやな考えしか存在しない。


 できることなど何もない状況。

 助かる手段が思い浮かぶはずもなく、遂に雨がその場にいた全員の身体にじわりと滲み込む。

 頭、肩、腕、顔、腹、背、脚……。

 降りしきる雨は全身を濡らし、じわりじわりと染み込んでくる。


 雨を浴びた全員が「これが死か」と白く染まった視界の中で考える中、雨が身体に当たる感覚が段々と薄れていく。


 目は見えず、触覚も失われ始め、音も聞こえなくなった。

 味覚もない。

 あと残っているのは嗅覚だけ。


 薄れゆく感覚の中、ノエルは「アイツの言うことをしっかりと聞いて、もっとちゃんと警戒していればこんなことにはならなかったかもしれないわね……」とリカルドの街に置いてきた意気地なしの顔を思い浮かべながら、自嘲気味に笑った。

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