削る再生能力
トールが討伐軍のテントの中で目覚めた時、ノエルはヒュドラに向かって魔術を放っている最中だった。
使用したのは炎を槍の形に形成して撃ち出す《炎槍》と呼ばれる魔術。
ノエルがヒュドラと戦い始めてからの最初の二日。
その二日の間にヒュドラに対してあらゆる魔術をぶつけてみた結果、一番効果のあったのがこの《炎槍》だった。
ノエルの発動した《炎槍》がヒュドラの肉を焼き、抉り、そしてまた焼く。
目にも止まらぬ速さで射出された超高温のその槍はヒュドラの肉深くへと強く突き刺さる。
槍の直接触れた部分は肉体の形勢が不可能になるほどの熱によって細胞が崩壊させられ溶け落ち、直接触れていなかった部分も熱による分子分解とまではいかないまでも炭化したり硬く固まったりと、放たれた槍はヒュドラのカラダを脆くながら突き進んでいく。
さらにノエルは《炎槍》の空けた穴に向けて聖属性魔術《聖光》で追撃をかける。
聖属性魔術は解毒や浄化が主目的な魔術。
そのため聖属性魔術には攻撃用の術が存在しない。
しかし浄化という特性のためにアンデッドなどの不浄な存在に対しては絶大な威力を発揮する。
そして、ヒュドラもその不浄な存在に分類される魔物であった。
「ギュアッ!? ギュァアアアアアアアア!!!」
肉を抉り焼かれ、体内に直接《聖光》をぶち込まれたヒュドラが悲鳴を上げる。
その声は数キロ離れた地にいるトールたちの耳に届くほど大きく、ヒュドラの近くで戦っていた者たちはその音によって動きを強制的に止めさせられた。
多くの兵士が耳と頭の痛みに耐えかねて膝をつき意識を朦朧とさせている中、ノエルが新たに作り出した《炎槍》がヒュドラの肉に突き刺さる。
一定以上の音を遮断する結界を自身に展開しているノエルには、ヒュドラの叫びが聞こえていなかった。
浮遊魔術によって空中から戦場を見渡しているノエルはヒュドラの右側で蹲っていた兵士たちが同じく戦場にいたトーラに回収・救助させられていく様子を視界に収めながら、新たに三本の《炎槍》を形成する。
そして、その三本の槍を同じ個所に集中させ射出する。
一点を狙って発射された三本の槍は一本、二本、三本と続けてヒュドラの右前足に突き刺さり、ヒュドラの体勢を崩す。
倒れることはなかったものの、かなり動きを制限されることとなったヒュドラ。
ヒュドラの体勢が崩れているうちにノエルも浮遊魔術を用いて今も動きを封じられている兵士たちの身体を浮かし、避難させていく。
二人のおかげでヒュドラの毒やその巨体から繰り出される攻撃に巻き込まれた者はゼロ。
ヒュドラの発した大音量の悲鳴によって動くことのできなくなった者たちは、二日間眠りもせずに前線で指揮を執りながらヒュドラに攻撃し続けていたトーラとそのトーラを補助するようにヒュドラの動きを阻害しながら浮遊魔術を使用して兵士たちを退避させたノエルのおかげで戦線離脱を免れた。
トーラとノエルがたった二人だけで兵士たちの非難を行っていた間、他の者たちもただ指をくわえてその様子を見ていたわけではない。
一般兵たちはヒュドラの悲鳴によって行動不能に陥り退避させられた場所で自身の回復に努めることを余儀なくされたが、護衛騎士たちはそうではなかった。
今回討伐軍に参加している護衛騎士の数は二十六名。
そのうち六名はヒュドラが悲鳴を上げたときも戦闘に参加していた。
六名の護衛騎士の内訳は魔術師一名、魔法使い三名、剣士一名、戦槌使い一名。
ヒュドラが悲鳴を上げた際、魔術師と魔法使いの四名は古城内で古城の守りを固めていた。
四人はなぜ古城の守りを固めていたのか。
それは、古城の存在こそが今回の作戦の要だったからである。
討伐軍がヒュドラとの決戦の地に選んだ古城。
その古城には魔物を引き寄せるための仕掛けがあった。
惜しむらくは、とうの昔に打ち捨てられた古城にそのような機能が備わっているということが現代にまで伝わっていなかったことだろうか。
古城の存在するベールグラン王国にも伝わっていなかった機能。古城のその機能を知る者は誰一人としていなかった。そう――現代に生まれた人々の中には。
ただ一人。
この時代において古城の機能と活用法を知っている者がたった一人だけ存在した。
その人物の名は、トーラ。
長い時を経て過去から蘇ったトーラは古城が使用されていた時代のことを知っていた。
そして、その機能の作動方法もトーラの頭の中に確かに存在した。
魔物を引き寄せる仕掛け。
その仕掛けを作動させることができればヒュドラの意識を古城にだけ向けさせることができるかもしれない。
もしそれが可能なのだとしたら討伐軍は無防備なヒュドラに一方的に攻撃を与え続けられるかもしれない。
そんな考えから古城の仕掛けを作動させられるか確認を急いだトーラ。
護衛騎士の一人に仕掛けの確認を命令し、その数日後に仕掛けが作動可能という連絡を受けてからは古城ありきの作戦を立案し始めた。
ゆえに、トーラが立案し護衛騎士たちが容認・改善した作戦では古城を死守することこそが勝利の鍵となっている。
すでにヒュドラが古城に意識を奪われていることは証明済み。
しかしそれは逆に古城が破壊されてしまえば魔物を引き寄せる機能も失われてしまうことを意味しているため、結界魔術および結界魔法の使い手とヒュドラの攻撃がその結界を突き破ってきた場合に備えて古城を修復できる土属性魔法の使い手たちの計五十七名が常に古城内に滞在し、古城の守りを固めていた。
そして、護衛騎士二名――魔術師一名と魔法使い一名が古城に張っていた結界魔術と結界魔法のおかげで音の大きさの減衰した悲鳴を耐え凌いだ護衛騎士四名と、結界に守られていない身でありながら咄嗟に耳を塞ぐことで辛うじて地面に倒れ伏すことなくその両脚で立ち上がることのできていた古城外にいた護衛騎士――剣士一名と戦槌使い一名。
古城内の魔法職四名は苛烈さを増したヒュドラの猛攻を耐えきることに力を注ぎ、古城外の前衛職二名は気力を持って身体の震えを止め、力の入らない身体に無理やり力を漲らせ、ヒュドラに向かって幅広の大剣と柄の長い戦槌を叩きつけた。
魔法職四名の魔術・魔法は確かにヒュドラの猛攻を耐え凌ぎ、前衛職二名のノエルが聖属性魔術によって解毒した個所へと的確に攻撃を打ち込んでいく技術と気力はヒュドラの再生能力を少しずつ削り取っていく。
特に魔法職の護衛騎士たちは古城に来てから身体の調子が良く、魔法の威力や持続時間も古城に来る前よりも格段に良かった。
そのおかげで、たった四人という少ない人数ながらも古城を死守することに成功していた。
トーラやノエルの活躍と比べると地味であり微々たるものだが、それでも護衛騎士六名がヒュドラの再生能力を削ることに貢献していたことは揺るぎのない事実であった。
本年は甘辛(作者名)の作品をお読みいただき、誠にありがとうございました。
読んで下さっている方がいるという事実が執筆活動の大きな励みとなり、今日まで執筆を続けることができました。
来年も引き続き本作をお読みいただけると幸いです。
それではよいお年を(^▽^)/