役に立たない話 役に立つかもしれない話
アイアンビット乱獲のチャンスとは思ったが、俺たちの最優先目標はノエルとの仲直り。
まずはヒュドラのもとに行かなくてはならない。
昨夜の料理はあと四日馬に乗るくらいどうってことないと前向きにさせてくれるくらい美味かったが、アイアンビットが襲ってきたのを返り討ちにするのならともかく、どこにいるのか、何体いるのかもわからないアイアンビットをこちらから探して狩るような余裕はない。
フィナンシェの話だとベールグラン王国に入ってから見かけたのは人々の逃げ出した町や村ばかり。人がいたとしても盗人や盗賊の可能性が高く治安が悪いことが予想されるために昨夜も野宿をしたとのことだった。
ここから先はヒュドラに破壊された町や街道なんかも増えるだろうし、アイアンビットが現れたことから王都近くのダンジョンで誕生した魔物が外に抜け出してきていることもわかっている。
向かう先は道が悪く、治安も悪い。魔物もたくさんいるかもしれない。
そして、ヒュドラの詳しい所在について話を聞いたのは二日前が最後。
それ以降は町にも寄っておらず、新しい情報も入っていない。
フィナンシェの予想だと四日以内にヒュドラに追いつけるだろうとのことだが、追いつくまでにもっと時間がかかる可能性もあるし、あるいは知らぬ間に道を引き返してきていたヒュドラと数時間後に遭遇することになる可能性もある。
危険度が一気に増すのは間違いない。
気を引き締めていかなければいけない。
……と、考えてから半日。
あと四日馬に乗るくらいどうってことないとは思ったものの、馬に乗っても気絶しなくなったわけではない。
気を引き締めたからといって気持ち悪さに耐えられるようになるわけでもなく、いつものように気を失っているうちに今日の移動は終了。
俺の目が覚めたときにはすでに野営の準備も終わってしまっていた。
『本当に役立たずだな』
《返す言葉もない》
起き抜けにテッドから投げかけられた言葉がその通りすぎて何も言えない。
役に立っていないという点ではテッドも俺とそう変わらないと思うが、その非力さゆえにもともと力を貸せる範囲の少ないテッドと普通に人並みの活躍は期待できる俺とでは前提がちがう。
それに、テッドは馬に乗っても気絶せずに自由に動き回れる。
かばんから出てくることで魔物を退けることもできるし、かばんの中に入れている魔法玉を使うこともできる。
そもそも俺の身体よりもテッドのカラダの方がはるかに小さく軽い。
馬の上で邪魔なデカい荷物に成り下がってしまう俺と大して邪魔にもならないテッドとではどちらの方が役立たずかなんて言うまでもない。
今日は朝から気力が漲っていたためか昨日よりも気分は悪くなっていないが、結局のところ昨日までと同じく俺が役立たずであったことに変わりはない。
ヒュドラのもとに赴いても役に立つ自信がないのにその道中までも役立たずとあっては俺の立つ瀬がない。
これでは本当にただの邪魔な大きな荷物だ。
なんとかして役に立ちたいが、そのためにはこの気分の悪さを払拭しないことにはどうしようもない。
…………まぁ、ムリだな。
気分が悪くなるのは仕方ない。
それによって動けなくなってしまうのも仕方がない。
ヒュドラとの戦闘に関してはもう本当にどうしようもない。
考えれば考えるほど今回俺が活躍するのはムリだという結論に至る。
俺はこのベールグラン王国ではノエルと仲直りすることだけを考え、そこに全力を尽くせばいい。
できることをしないのは罪だが、しようと思ってもできないのは罪ではないはずだ。
少なくとも、俺はそう思いたい。
「さっきからブツブツと何か言ってるけど、どうしたの? お腹空いちゃった?」
ノエルとの仲直りのためにリカルドの街を出発してからもう何度目となるかもわからない自分が役立たずであるという自覚と何か役に立てることはないかという考え、そしてその結果を容認するための自己肯定。
ロクに身体も動かせず寝転がってばかりいるとそんなことばかり考えてしまう。
考えること、それ自体は悪くないがもう何度も同じ結論に至っていることについて考察を繰り返すことは建設的でない。
もっと別のこと……そう、たとえばアイアンビットの見つけ方についてでも考えた方がいいかもしれない。
――などと頭の中で出した結論をなぞるように声に出して確認していたところ、それをフィナンシェに聞かれてしまったようだ。
夕飯用のパンに何かを塗っている最中のフィナンシェが、起き上がれずに空を見上げている俺に向かって腹が減ったのかと訊いてきた。
それにしても、ブツブツと呟いているとお腹が空いたのかなと思われるのか。
フィナンシェらしいといえばらしいが……いや、これは俺がアイアンビットのことを口にしていたから空腹だと思われたのか?
「ノエルになんて言えば仲直りできるか考えていたんだ。あと腹はそこまで減ってない」
「仲直りかぁ~。難しい問題だよね。ノエルちゃんすっごく怒ってたし」
「怒りというよりは失望に近かったような気もするがな」
「ノエルちゃん、トールの実力を認めてたもんね。きっと『どうして実力があるのにそれを使おうとしないのよあの意気地なしは!! 人の命だってかかってるのよ!?』って思ってたんじゃないかな?」
「ノエルが?」
「うん、ノエルちゃんが」
ノエルが俺の実力を認めてるなんてことあったか?
たしかに何度も突っかかってきたりはしていたが、ノエルがパーティに加わってから日が経つにつれライバル心のようなものを向けられる回数も次第に減っていったし……。
ノエルの俺に対する行動が落ち着いていったのはてっきりノエルが俺の本当の実力を見抜き始めて張り合うに値しない相手だと判断され始めていたからだと思っていたんだが、この認識は間違っていたのだろうか?
「そうだ、トール。私が前に言ったこと覚えてる?」
「前に言ったこと?」
「うん。モラード国のキャンプ地でトールとノエルちゃんが直接話そうとしなかったときのこと」
「ああ、あのときのことか」
フィナンシェとノエルが突然俺の部屋に押し掛けてきたとき。
あのときはノエルと二人では会話にならないからと思ってフィナンシェに仲介を頼んだんだったな。
ノエルと俺の関係はあのころから多少変化しているとはいえ、今のこの状況はあのときの状況と似通った部分があるかもしれない。
……とでも思わせたいんだろうな、フィナンシェは。
まぁ、本質的なところはきっと同じだろうな。
正面から直接ぶつかり合ってみないとわからない。
そのためにはそっぽを向いてしまっているノエルに対し俺が歩み寄る必要がある。
「たしか、『ノエルの目を見て話せ』だったか?」
「うん。しっかりノエルちゃんの目を見て話さなきゃダメだよ」
「そうだな。やれるだけやってみるよ」
こんなにも辛く気持ち悪い思いをしながらここまで来たのだ。
まともに話もできないまま帰ることになるのだけは勘弁だからな。
ノエルの目を見て話す。
そんな簡単なことが仲直りのきっかけになるかもしれないのならいくらでもやってやる。
それにしても、あのときか……。
あのときはノエルと目を合わせて話そうとしたところで邪魔が入ったせいでノエルが部屋を訪ねてきた真意を聞き出すことができなかったんだよな。
今にして思うと俺やフィナンシェとパーティを組みたいという話をしに来たのではないかと考えられるが、そこのところも実際にノエルに訊いてみないとわからない。
今回のヒュドラのことに、俺の実力についてどう思っているか、それにモラード国で俺の部屋に来たときの本当の目的。
なんだ。ノエルと会ったら何を話せばいいのかなんて悩んでいたが、話すことなんていくらでもあるではないか。
ノエルとの対話がどう転ぶかはそのときになってみないとわからないが、この分なら話題に詰まることはなさそうだ。