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一日延長

 二十日間にわたる馬での長距離長時間移動によってついに身体を起き上がらせることもできなくなった俺の近くに小さな木の実が転がってくる。


『これでも食べて元気を出せ』


 頭に伝わってくる思念とともに草むらの上で寝かされている俺の視界内に入り込んでくるテッド。

 この木の実はどうやらテッドが転がしてくれたようだ。

 俺の体調を心配してくれたその気持ちはありがたい。


 だが、今の俺にモノを食べられるだけの気力はない。

 そもそも全身に疲労感しかなく指一本まともに動かせないほど気分の悪い今の状況ではモノを食べることなど不可能。もし木の実を口に入れることができたとしても飲み込むことはできないだろう。


《気持ちだけ受け取っておく。ありがとな》


 まだテッドと念話するくらいの余力はあるがこれも長くは続けられない。

 数秒念話をするだけで頭が痛くなることもあるくらいだ。

 極力念話もしたくない。


「トール、テッド、もうすぐだね。あと四日以内には討伐軍に追いつけそうだよ」


 地面の上に布を敷き、さらにその上に食べ物を広げながらその隣で鍋を温めているフィナンシェがそう言ってくる。


 ……あと四日か。

 五日前に聞いたときよりも一日増えているな。

 たしか五日前に聞いたときはあと八日くらいで追いつけそうだと言っていた気がするんだが。


「あ、スープももうすぐ出来上がるよ。スープが出来たらすぐにお昼ごはんにしようね!」


 まぁ、先ほどからスープのいい匂いが漂ってきていたからな。

 そろそろ飯の時間だとは思っていた。

 が、どうにも食べる気力が湧かない。


 食べないと身体がもたないとはわかっているものの、疲労からくる気怠さと腹と喉を圧迫している気持ち悪さのせいで食事が喉を通る気がしない。

 それに、起き上がれそうにもない。

 馬から降りるときは仕方ないとしても食事までフィナンシェに手伝ってもらうわけにはいかないし、テッドに口まで運んでもらうのも気恥ずかしい。

 起き上がれなければ食事などできない。


 食べすぎると吐き気を抑えられなくなるという問題もある。


 食事が終わって少し休憩したあとはまた馬に乗って移動だ。

 そのときに食べすぎていると腹に入れたものを馬の上で口から出してしまうなんて事態になりかねない。

 そうならないようにするためにもできるだけ早く食べ終えて消化の時間を長く確保したいところだが今日はそれをできそうにない。


 このまま寝たふりでもしてしまうか?

 いま瞼を上げていたところはフィナンシェにもばっちり見られていたかもしれないが、また眠りについたとでも思ってくれればそっとしておいてくれるかもしれない。

 昼食を食べ損ねるのは痛手だが今はどのみち食べられそうにないし、腹に入れたものが馬の揺れに合わせて腹の中で暴れまわるあの感覚はどうにも耐えがたい。

 今日は昼食は抜きでいいとでも言えればいいのだが声を出すのも億劫だ。

 寝たふりをしてこのままやり過ごすというのは良い案のような気がする。


 というか、どうして討伐軍に追いつけるまでの日数が増えているんだ?

 フィナンシェのことだから五日前に俺があとどのくらいで討伐軍に追いつけるかと訊いたときにもそれまでのヒュドラの移動速度なんかを計算した上であと八日で追いつけそうだと答えてくれたはず。

 討伐軍との戦闘が開始されてからヒュドラの移動速度が速まったのだろうか。

 フィナンシェの予想だと討伐軍はずいぶん昔に打ち捨てられた古城へとヒュドラを誘導したがっているらしいし、それが関係しているのかもしれないな。


 なんにせよ、馬に乗らなければいけない時間が増えたことは俺にとって悪い知らせでしかない。

 あと三日だけ耐えればいいと思っていた分、今日告げられた一日分の延びは本気で命にも関わってくるほどの衝撃を俺の全身に与えてくれてしまっている。


 一日の延長。それはすなわち絶望。

 あぁ、絶望の果てに辿り着くのは呆然か。

 本当に意識が遠くなってきた。

 明日が遠い……。






 ここは…………今日の野営地か。


 どうやらあのあと本当に気を失ってしまったようだな。

 昼間いた場所とは違うようだから昼飯を食べたあとも俺を荷のように馬に積んで移動を続けたのだろう。


 気分は相変わらずだが、昼間よりはマシになっている気がする。

 少しだけだが首も腕も動かせる。


「あ、あー」


 声も……出るな。

 これならフィナンシェと会話することもできそうだ。


「あ、トール目が覚めた? 今日はいつにもましてよく眠ってたね」

「ああ、草の匂いに包まれていたらつい、な」


 ついもなにもないが。

 正直、草の匂いなんてまったく記憶にない。

 俺はただ気分が悪くなりすぎて気を失っただけだ。


「やっぱりそうだったんだ。気持いいもんね。草の上で寝転がるの。私もたまに寝ちゃうんだ~」


 にににこ顔で食事の準備中のフィナンシェが同意してくれるが、俺は草の匂いや背中に感じる草の感触が心地よくて寝たわけではない。

 さらっと口からでまかせが出てきたことに自分でも驚くが、それよりもフィナンシェの後ろに並べられている魔物の死体らしきものが気になる。あれはなんだろうか?


「なぁ、その後ろの魔物はなんだ?」

「アーマードベアーとロックディア―とアイアンビットだよ。ヒュドラと討伐軍から逃げてきたみたい」


 魔物の種族名ではなく、どうして魔物が並べられているのかを訊いたつもりだったんだが。

 襲ってきたから返り討ちにしたということでいいんだろうか?


 寝そべっているこの視点からだとわかりにくいが、一体一体がフィナンシェよりもデカいように見える。

 これを一人で……まぁ、フィナンシェなら余裕で倒せるか。

 そんなことより、カード化していないということは今日の夕飯にでも使うつもりなのだろうか。

 まさかまだ生きてるなんてことはないよな。


「トドメは刺したんだよな? カードから戻されてるってことはその魔物たちも今日の夕飯にするつもりか?」

「うん、そうだよ。美味しいから楽しみにしててね」


 調理した肉や血の匂いにつられて魔物が寄ってこないかという心配はあるが、何かの歌を口ずさみながら「トールはお昼を食べられなかったぶん多めに食べるよね?」と訊いてくるフィナンシェの表情はいい笑顔。

 テンションも少し高いように見える。


 この魔物たちはそれほど美味しいのだろうか。

 量は少なめでいいがもう少しすれば夕飯を食べられるくらいの体調にはなりそうだし、今日の夕飯への期待が高まるな。


 それにしても、右から順にアーマードベアー、ロックディア―、アイアンビットだろうか?

 アーマードベアーは熊型、ロックディア―は鹿型の魔物っぽい見た目をしているから食べられそうにも見えるが、アイアンビットはただの鉄の塊にしか見えない。あれも食べられるのだろうか。

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