尊敬と初撃
世界一の魔術師になるためなら何でもする。
危険に自ら飛び込むことだって厭わない。
常日頃からそのような志を持って生活していたノエルの前に降って湧いた大チャンス――ヒュドラの出現。
その報せを聞いたノエルは一も二もなくその話題に飛びついた。
幼い頃より心待ちにしていた自分が輝く日。
その日を迎えるための第一歩。
世界一の魔術師になるための大きな一歩を踏み出す日。
遂に、その時が来た。
ヒュドラ討伐に貢献すれば自分の名は内界中に広まる。
それも六つ首のヒュドラを倒したともなれば世界有数の魔術師に名を連ねられることになるのは間違いない。
もしかしたら一気に内界一の魔術師と呼ばれるようになるかもしれない。
そのためにも、できれば誰よりも活躍して一番の功労者として名を知らしめたい。
すべては世界一の魔術師になるため、そんな想いでベールグラン王国までやって来たノエルはヒュドラ討伐軍の軍団長トーラと対面してその想いを強くすることとなった。
「貴殿があの【神童】ノエルか。かの有名なレトルファリア魔術師学校から輩出された魔術師の中でも特に優秀だと聞いている」
「救国の英雄に名前を知ってもらえているなんて光栄ね。今回のヒュドラ討伐、アタシが力を貸してあげるわ」
「そうか。貴殿が力を貸してくれるのなら心強い。改めて、こちらからも助力を願いたい」
「ええ、安心しなさい。このアタシがいれば勝利は間違いなしよ!」
トーラがカードから戻されてからすでに百日以上、ブルークロップ王国に召し抱えられることになってからは七十日以上が経過している。
その間に弟子や兵士たちを鍛え上げながら現在のこの世界の情勢や知識についても勉強していたトーラはレトルファリア魔術師学校やノエルのことも知っていた。
曰く、レトルファリア魔術師学校首席卒業生にして一番の変わり者。
曰く、全ての魔術を統べる者。
具体的には、夜を朝に、朝を夜に。大地を海に、海を大地に変えられるほどの力を持ちながら冒険者に身をやつした変わり者。
少女がひとたび魔術を使えば一晩で森が更地に、荒れ地が豊かな土壌へと変貌する。
在学時に小さな村を包み込めるほどの火球を生成し、大きな川を凍りつかせたこともある。
高慢な性格。などなど。
トーラがノエルという少女について聞いた噂のほとんどはノエルという少女の実力の高さと、レトルファリア魔術師学校主席卒業という名誉を受けながらどこの国にも貴族にも仕えなかった変わり者という内容だった。
性格に難ありとの噂もあったがトーラが実際に対面してみた感想としては素直で優秀な魔術師。
なにより、レトルファリア魔術師学校主席卒業の実力者にしてヒュドラの弱点である聖属性魔法の使い手であるノエルが力を貸してくれることはトーラたち討伐軍にとって喜ばしいことだった。
一方、ノエルはノエルで恩着せがましい物言いとは裏腹に心臓が飛びあがりそうなほどの喜びを感じていた。
昔観た『ロール・ブルークロップ王女の悲恋』。
その物語に登場した伝説の英雄トーラを目の前にして気持ちが昂らないわけがない。
極度の興奮と緊張のあまりつい普段通りの口調で話してしまったノエルだが、その内心では世界一の魔術師に勝るとも劣らない名声を持つトーラに対し敬意を払っていた。
互いに悪くない雰囲気のなか初対面の挨拶を終えた二人はそのまま作戦等に関するいくつかの話し合いを行う。
そしてその話し合いの後、トーラは今もヒュドラと交戦中の討伐軍の指揮を執りに行くため、ノエルは早速ヒュドラに攻撃を与えに行くため、それぞれ別の方向へと歩き出した。
ノエルの敬意とトーラの助力を願う気持ち。
二つが合わさった結果、つつがなく終了することができた二人の対面。
その対面の十分後にノエルの発動した聖属性魔術は全長三十メートルを超えるヒュドラの横腹に確かな効果を現した。
「くらいなさい!!」
そんな掛け声と共に発動されたノエルの魔術がヒュドラの全身を覆う強毒の一部を完全に無効化したことは一目瞭然。
聖属性魔術の最高位解毒によって無効化された毒は色が紫から白に変色し、その下にあった黒に近い紫の鱗にも小さなヒビが入っている。
ヒュドラの左横腹に生まれたその変色部分の範囲はおよそ男性十人分。
全長三十メートルを超すヒュドラの全身からすると小さな範囲であるが、一人の人間が一瞬で作り出した戦果としては驚異的。
さらにノエルが続けて放った火球と氷矢がその変色部分に降り注ぎ、ヒュドラの鱗を割り飛ばしたのちにその下に隠れていたヒュドラの肉を抉り焼く。
突如与えられたダメージに呻くヒュドラとそれを見てにやりと笑みを浮かべるノエル。
ノエルの初撃は、ヒュドラに確かに通用した。