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そのころのノエル

 トールたちがベールグラン王国まで馬で五日の距離の町に辿り着いた頃、ノエルは既に討伐軍の元に辿り着いていた。


 ノエルの持つ卓越した魔法技術と冒険者としての知識と経験。

 それらを駆使すれば馬で二十日以上かかる距離をたったの十五日で走破することなど造作もない。

 ノエルは夜になれば魔術で光を生み出し、眠くなれば魔術で自身に催眠をかけ夢遊病のように身体を動かし続け、足として使っている馬の休みは必要最低限。馬がへたりそうになれば町に寄って馬を交換することで昼夜を問わず走り続けた。


 魔物の存在するこの世界において夜間の移動は死と隣り合わせ。

 視界が悪い中で魔物に襲われればひとたまりもない。

 ゆえに夜間の移動は原則として行われない。

 野営時には周囲に魔物除けの罠を設置することが通例となっているほどだ。

 緊急時の情報伝達に長けた、リカルドの街にヒュドラ出現の報を届けた者でさえ夜間の移動は行わなかった。


 しかし、ノエルは違った。

 ノエルには豊富な魔力とそれを扱う知識、そしてその知識を活かす技量があった。


 夜間移動中の魔物からの襲撃。

 自身が起きていれば魔術や魔法で楽に防げるその襲撃も、催眠魔術によって強制的に身体を動かしている時にはそうはいかない。

 襲ってきた魔物を攻撃するように催眠をかけることはできるが、催眠中の意識下では魔物と人間の区別が判然としない。

 誤って人間を攻撃しないために、ノエルは自身に催眠をかける際は一切の攻撃を禁じることにしていた。


 では、催眠中の無防備であるはずのノエルはどのようにして魔物からの襲撃に備えたのか。

 その答えは結界魔術である。


 通常、結界魔法や結界魔術は発動時に座標が固定される。

 そのため、結界は一度作り出されたらその位置から移動させることができない。

 一流の術者であれば固定された結界に自身の魔力を干渉させることで多少の範囲拡張収縮はできるが、拡張できる範囲には限りがあり、無制限に拡張し続けることは不可能である。


 ゆえに、移動しながら結界を維持したい場合には作成した結界の外に出る前に進行方向に向かって新たに結界を作成するしかない。

 しかし、新たに結界を作成する際にその結界の範囲を大きくしすぎてしまうとその範囲内に元々いた魔物も結界内に入れてしまうことになる。

 それを避けるため、結界の作成を続けながら移動する場合には新たに作成する結界の範囲を小さく指定するしかないが、結界の作成には多大な集中力と少なくない魔力を必要とする。

 いかに優秀なノエルといえども、馬の速度に合わせ小さな結界を連続で作成し続けることは不可能。

 そもそも、夜間の移動中ノエルは催眠状態。

 催眠中にそのような細かな結界操作はできない。

 通常であればノエルも夜間に移動を続けることなどできなかっただろう。


 そう、通常であれば。


 ノエルの魔術は自称だけでなく他者からの評価においても超一流であった。

 経験が足りないため状況やタイミングに合わせて適切な魔術を使用することはまだできていないが、扱える魔術の数とその操作技術においてはこの世界でもかなり高位に位置する。

 そこだけを見れば世界で屈指の魔術師と言っても過言ではない。

 そして、そんな超一流の魔術の使い手であるノエルは通常の結界魔術ではない、例外的な結界魔術を行使することができた。


 術者が指定した対象を中心にして結界を固定する高位結界魔術《支点》。

 この《支点》は結界を場所ではなく対象に固定する魔術のため、自身を対象として指定すれば術者の移動に合わせて結界も移動する。

 結界の方が自動で追尾してくるので術者は移動のために結界を作成し直す必要も拡張する必要もない。

 通常の結界魔術とは勝手が違うために発動と維持が困難ではあるが使用できれば結界を連続作成しながらの移動よりも格段に魔力消費が抑えられ、ノエルほどの使い手ともなれば催眠中の朦朧とした意識の中でも行使が可能という利点がある。

 ベールグラン王国への道中は盗賊に襲われる心配もあるため魔物だけでなく人間も侵入できないように条件付けした結界を作成する必要があり、進路上に人がいた場合には馬の速度と結界の強度によってその人を弾き飛ばしてしまうことになって危険だが、そもそも通行のない夜間だけの使用に限れば夜間にノエルの発動した魔術の光に寄ってくるのは魔物か盗賊だけのため何の心配もいらない。


 世の結界魔術師たちがその修得を目標として掲げる魔術《支点》。

 一流の結界魔術師でも扱うことが難しいその魔術をノエルは弱冠十四歳にして修得していた。


 結界魔術師の夢や憧れとも言うべきその《支点》を自身と念のため馬も対象に惜しげもなく多重展開したノエルは食事と休息に充てる時間を削ることで僅か十日という日数でベールグラン王国への入国を果たし、その翌日にヒュドラのすぐそばの町まで接近。

 すっかり人気のなくなっているその町でそれまでの休息を取り戻すかのように三日間の休養をとったノエルは、戦闘への備えを万全にした上で既にヒュドラとの交戦を開始していた討伐軍と合流した。

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