二人の依頼主と闖入者
高難度依頼である薬草採取を終えリカルドの街に戻ってきた翌日。俺たちはいま、その依頼を出した依頼主だという男二人と面会している。
「いやあ、本当に素晴らしい腕前をお持ちだ。急に薬草が必要になっちゃってどうしようかと思ってたんですが、お二人のおかげでなんとかなりました。ありがとうございます。いやね、実のところ、この依頼が達成される確率はほとんどゼロだと思ってたんですよ。それでも少ない可能性に賭けて依頼を出してみたらなんと期限の前日には依頼達成の連絡が届くじゃないですか! ほんと驚いちゃいましたよ。それでですね、そんなに凄い方々がいるならもう一つの困りごとも解決してもらえないだろうかと思いましてね。それで今日お二人に会わせていただけないかと冒険者ギルドの方に頼んだわけなんですよ」
場所は冒険者ギルド二階の小部屋。テーブルが一つと椅子が六つ置いてあるだけのその部屋で俺とフィナンシェに向かい合うようにして依頼主二人が座っている。
それにしてもよくしゃべる男だ。
最初に見たときはしっかりとした顔つきの厳格そうな男だと思ったものだが話し始めた途端にがらりと印象が変わった。
どこか軽い調子の声で朗らかに話す姿はまるで子供のようだ。
もう一人の男はというとどこか居心地が悪そうな顔でテーブルの上に置かれたティーカップに視線を送っている。
「ああ、こいつが気になりますか? さっき紹介した通りこいつは俺の親友なんですが普段は俺の護衛を務めてくれてましてね。護衛対象の俺と肩を並べて椅子に座ることに戸惑ってるらしいんですよ。なんせいつもはずっと俺の後ろに立って控えてるわけですからね。冒険者ギルド内は安全だし今日はお前も依頼主の一人としてここに来てるんだから椅子に座れと何度も言ってやっとのことで座ってもらったんですが、どうも落ち着かないみたいで。口数が少ないのも護衛が必要以上に言葉を話すのはよくないと教えられてるからなんですよ。無愛想な奴ですみません」
よくしゃべる男の名はカルロス。無愛想な男の名はケイン。
どちらもがっしりとした身体つきをしている。
力仕事をすることの多い男の身体ががっしりとしていることは珍しくもないが、二人の身体の鍛えられ方はどうもそういった日常的な力仕事の中で身についたものではなさそうだ。
二人とも黒のコートを羽織っているためよくは見えないが、時折コートの中から見える腕や腹なんかの筋肉のつき方は戦闘を前提として鍛えられた者のそれに近い。
護衛をしているというケインは当然のことながら、カルロスの方もかなりしっかりとした身体つきをしていることから、相当の鍛錬をこなしてきたことがうかがえる。
この部屋にいる者の中で一番弱いのは俺だろうな、なんて自覚した瞬間ちょっと悲しくなってきた。
「二人ともかなり鍛えているようだが自分たちで薬草を採りに行こうとは考えなかったのか?」
しかし、俺が一番弱いとかそんなことは今は関係ない。
今はフィナンシェと俺の腕を見込んだ二人が俺たちに対してお願いをしにきている状況。こちらが優位である以上は強気の交渉姿勢を見せおくべきだろう。
「そりゃあ俺やこいつもいざというときに備えて訓練はしています。けれど訓練はあくまで訓練。圧倒的に実戦経験が少なすぎるんですよ。しかもカナタリのダンジョンは洞窟型。俺たちの訓練は基本的に広い屋外での戦闘を想定したものですから洞窟内での立ち回りなんかは上手くないですし洞窟内は暗い。まさか松明を持って片手がふさがった状態で敵と戦うなんてできませんからね。俺たちは俺たちで街中でやることもありましたしやはりこういうことは専門の方にお願いした方がうまくいくんじゃないかと思って依頼を出したんです」
「なるほど」
そういえばダンジョン内で出会った冒険者たちはみんな松明を持っていたな。俺は魔光石を腰やかばんなんかに括り付けていたから両手は自由だったが、たしかに松明を持っていると片手が使えなくなって不便だな。松明を置いてから戦闘ってのもそれはそれで危険だしな。
もしかして、この世界には魔光石みたいなものはないんだろうか。あとでフィナンシェにきいてみよう。
「専門の者に頼んだ方がうまくいくのではないか、というのが薬草採取を依頼した理由ということは今日これからお話しされる内容も冒険者向きの仕事ということですね」
つい数秒前まで澄ました顔でティーカップを傾けていたフィナンシェが会話に入ってきた。
よく見るとフィナンシェの前に置かれたティーカップの中には何も残っていない。
こいつ、飲み物がなくなって暇になったから会話に混ざり始めたんだな。さっきから全然会話に参加してこないと思っていたら飲むことに集中してたのか。依頼主を前にしてこの行動、相変わらずのぽんこつっぷりだな。
フィナンシェに対して思うところがないわけではないが、いまはフィナンシェのことよりも依頼内容の方が重要だ。カルロスの話をしっかりと聞こう。
「ええ。これからお願いしたいことは必ずしも戦闘が必須というわけではないんですが、場合によってはかなり危険なことになるのでそれなりに実力のある者にしか頼めないんですよ。それと、これから話すことは他言無用でお願いしたい。依頼内容を詳しく説明する前に、依頼を受ける受けないにかかわらずこれから聞くことを絶対に誰にも話さないと約束してほしい」
「もし誰かに話してしまったらどうなりますか?」
「街中がパニックに陥り、多くの人が死ぬことになる。街の命運を左右する依頼だと理解したうえで聞いてほしい」
おお。真面目な顔に堅い口調。これこそ俺が最初にカルロスに抱いたイメージそのものだよ。やっぱり厳格そうな雰囲気も出せるんじゃないか。
なんて頭の中で少しふざけてもみたが、そうかそうか。カルロスは俺たちに街の命運を左右するようなことを頼むつもりでこの場に来ていたのか。大して強くもない俺と、本気を出せないフィナンシェに対してそんな依頼を頼もうとしていたのか。ほー、ってできるか!
薬草採取の結果を見て俺たちに依頼しようと思ってくれたみたいだが、薬草採取の結果をたかだか一回見た程度でどうしてそんな依頼を頼もうと思っちゃったんだろうか。
それほど切羽詰まった状況ってことなのか?
それなら早くこの街から逃げ出したいんだが。
お願いだから俺以外のやつに頼んでくれよ。ほら、筋肉ダルマのパーティとかいるじゃん。
俺の頭の中ではすでに、どのようにしてこの街から離れようか、どこに行けば安全なのだろうかといった考えが駆け巡りだしていた。
フィナンシェもいまだ冷静を装った顔をし続けてはいるものの内心では相当動揺しているはずだ。カルロスの話を聞いた瞬間、眉がピクリと動いていたからな。
あのアホなフィナンシェのことだ。心中では依頼内容の規模のデカさにパニックを起こしているに違いない。
そういえば、テッドは今の話を聞いてどう思っただろうか。そう思い、隣の席に置いたかばんに目をやる。
とりあえず念話してみるか。
《テッド、この依頼やばそうだけど受けるべきかな? 俺としてはいますぐにでもこの街から逃げ出したいんだけど》
『何がやばいんだ?』
《お前も聞いてただろ。詳しいことはまだ聞いてないが、このカルロスって男、依頼が達成できないとこの街が滅ぶかもってレベルの危険なことを俺たちにやらせる気だ。お前だってそんな危険なことやりたくないだろ?》
『なんだそんなことか。救ってしまえばいいではないか。こんな街一つくらい』
《こんな街一つくらいって……この街がどれだけデカいのかわかって言ってるのか? そんな街が滅ぶかもって状況を俺たちがなんとかできるわけないだろ》
『ふむ、そうかもしれんな。だが、判断を下すのは詳しい話を聞いてからでもいいのではないか? 逃げるにしても情報は必要だろう』
《それはそうだけど。ああ、もう、わかったよ。聞けばいいんだろ、聞けば》
「ここで聞いたことを口外しないと誓う。早く詳しい内容を教えてくれ。フィナンシェもそれでいいな?」
「私も口外しないと誓うわ」
俺とフィナンシェが口外しないことを約束するとカルロスは安堵の息を吐いた。
「そうか、よかった。じゃあ詳しい説明に入らせてもらうが今回頼みたいのはこの街に……」
そこまで言ったところでカルロスの言葉が途切れる。
どうしたのだろうかと思っていると部屋の外からドタドタという足音が聞こえてきた。
この部屋に向かってどんどん近づいてくる足音の主は勢いそのままにこの部屋の扉を豪快に開け放ちながら入室してきた。
「【金眼】たちがいるのはここか!」
誰かと思えば筋肉ダルマだ。
またフィナンシェにちょっかいをかけに来たのだろうか。いまは真面目な話し中だから後にしてほしい。
そう思った次の瞬間、予想もしていなかった光景が目に飛び込んできた。
「あ、いた! この前は、ほんっとうにすいませんでしたあああああ!」
謝罪の言葉を述べながら猛烈な勢いでこちらに頭を下げてくる筋肉ダルマ。筋肉ダルマが頭を下げるのに合わせてこちらに飛来してきた筋肉ダルマの汗が俺の顔に張り付く。
え、なに?
唐突なことでぽかんとしてしまったが、なんだこれ。何に対して、誰に対しての謝罪だ。
というかさっき顔に飛んできたコイツの汗、超臭いんだけど。
いきなり部屋に入り込んできた巨漢の謎の謝罪に、俺を含む四人全員が困惑の表情を浮かべていた。