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祝勝会

「かんぱ~い!」


 陽気な声を上げながら杯を掲げるフィナンシェ。

 その正面の席に座っているノエルとさらにその右隣の席に座っている俺もそれに続くように手に持った杯を掲げる。


「まだ昼過ぎなんだが、いいのか?」

「いいのよ。新パーティでの初依頼達成ならこのくらいは普通よ」

「そうだよトール! 初依頼記念なんだからパーッと楽しもうよ!」


 毒草採取とアシッドウルフの討伐依頼を終えてギルドに戻ったのは昼過ぎ。

 日が暮れるまでまだ時間もあるし休憩を挟んでからまたいくつかの依頼を受けるんだろうなと思っていたところ、突然腕を引っ張られて連れてこられた屑肉亭。

 店の名に反して上手い料理を提供してくれるこの屑肉亭で初依頼達成記念という名目の祝勝会が始まったわけだが、本当にこんなことをしていていいのだろうか?

 さっきの戦闘はほとんどノエルに任せっきりで俺とフィナンシェはテッドの指示に従って毒草を集めていただけ。

 正直、まったく働いた気がしない。


「アンタ、なんでそんな変な顔してんのよ」

「トール、楽しくない?」

「いや、今日はもう依頼受けないのかなと思って」

「当然でしょ? アタシたちは毒草採取もアシッドウルフもほとんど狩り尽くしたのよ。そのおかげで報酬もたっぷり上乗せされた。今日はもう働く必要ないじゃない」

「そうかもしれないが……」

「あ、わかったわ! アタシの実力を目の当たりにして焦ってるんでしょ? さっきの戦闘ではアタシばっかり活躍してたから自分もいいところ見せたくなっちゃったわけね。わかる。わかるわその気持ち。でもダメよ。今日の活動はもうお終い。今日はその悔しさを噛み締めて帰りなさい。ほらこれ、このハムとステーキあげるから元気出しなさいよ」

「いらな……」


 他人の話なんて全く聞く気もなく勝手に盛り上がって勝手に肉を押し付けてきたノエルから視線を逸らしつつフィナンシェに目を向けると、先ほど心配そうな顔を向けてきたのはなんだったのかと思うほど一心不乱に料理を口に運びうっとりとした顔でその味に陶酔している。

 もう俺のことなど見てすらいない。


 どうなっているのかは知らないが、フィナンシェの腹はその見た目から想像もできないほど許容量が大きい。

 それでも、身体の動きが鈍らないように依頼前には食べすぎないようにしているフィナンシェ。

 普段なら後に依頼が控えているときは成人男性基準で三人前くらいの量しか食べないのに、今日のフィナンシェはテーブルの上の料理を次々と遠慮なく口に入れていき舌鼓を打っている。

 それを見ていると今日はこれ以降本当に依頼を受ける気がないんだなというのがわかる。


「はぁ、いただきます」


 とりあえずノエルから渡された皿にのっているステーキを一口。

 美味い。

 間違いなく美味い。

 だが、なんというか……慣れない。


 この世界に来てからは金に困ることがなくなった。

 人魔界にいた頃とは違い、朝から晩まで動き回って飢えを凌ぐような生活をする必要もない。

 だから全く働くことのない日も幾度かあったが、しかしそれは体調が悪かったり、事前にその日は休みにすると決めていたりと、働けない事情や働く必要がないという心構えがあったからこそ。

 今回のようにまだ動けるにも関わらずいきなり休みになったことはない。

 一応午前中に依頼を二つこなしたとはいえ働いた実感はなく、午後は頑張ろうと思っていたら出鼻をくじかれやる気の向かう先を消失してしまった状態。

 そのせいか最近は働かずに飯を食うという環境にも慣れてきたと思っていたが、今日に限っては心のどこかにモヤモヤとした気持ちが残ってしまっていて素直に受け入れることができない。


 ただ、フィナンシェやノエルの様子を見ていると初パーティでの初依頼達成後にこうして飲み食いして騒ぐのはあたりまえのことみたいだし、そういうものとして受け入れてしまった方がいいだろう。

 せっかくの祝勝会。どうせなら俺も目一杯楽しみたい。


『右の皿をくれ』

《はいはい》


 テッドの注文を聞き従業員の女性の隙を見てはかばんに料理を突っ込む。

 この動作にもすっかり慣れたな。

 街に来たばかりの頃はかばんに料理を入れたら怒られるのではないかとヒヤヒヤしていたが、今ではノエルの話に相槌を打ちながらでも余裕で入れることができる。

 仮に怒られないとしてもかばんに料理を突っ込みまくっていたら確実に奇異の目で見られると思い、他の席の客からの視線にも注意を払っていたせいか他人からの視線にも敏感になった気がする。

 今も死角を含むすべての客、すべての従業員から見られていなかったという確信とともに、無駄な技術ばかり磨かれていくなという呆れの気持ちがある。


「ノエルは冒険者のことに詳しいよな。以前に冒険者をやっていたことでもあるのか?」

「以前もなにも、アタシはずっと冒険者をやってるわよ? むしろアンタたちこそ冒険者のくせに冒険者の知識に疎すぎない?」

「は? そうなのか?」

「そうよ。なにかおかしいかしら?」


 虚しくなってきた気持ちを誤魔化すようにノエルへと話題を振ると、ノエルから思いも寄らない答えが返ってきた。

 てっきりどこかの王族や貴族に召し抱えられているのかと思っていたから意外だ。


「ああ、アタシが魔術師、それもとびっきり優秀な魔術師だから誤解したのね。たしかに魔術学校の卒業生は王侯貴族に仕えることが多いわ。そうすれば高い地位と身分が保証されて収入もよくなるものね。けど、それじゃあダメなのよ。アタシの目的にはそぐわない」

「目的?」

「そう、アタシの目的、それは――」


 神妙な顔をしたノエルの、地位でも金でもない目的。

 一体なんだろうかと疑問に思った瞬間、ノエルがグイっと顔を寄せてくる。


「――世界一になることよ!」


 身体を椅子からこちらに突き出し、勢いよくそう言い放つノエル。

 そんなノエルに迫られて、「あ、ああ」というなんともいえない声が出た。

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