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ダンジョン奥地で優雅にお散歩

 俺はいま、決死の覚悟でフィナンシェの腰にしがみついている。

 目に映るのはフィナンシェの綺麗な金髪と細く白い首すじのみ。

 腕から力を抜いてはいけない、フィナンシェの腰から手を離したら死ぬ。

 そう理解はしているのに、血の巡りが悪いのか、身体は冷たく、腕にうまく力が入らない。

 目の前にいる少女の、その小さな腰から段々と腕が離れていく感覚に命の終わりが近づいてくるのを感じた。

 嫌だ、離れるな、死にたくない!

 そう願うも腕は少しずつ、少しずつはがれていく。

 はがされまいと腕に力を込めようとするもやはり力は入らない。

 “世界渡りの石扉”に近づいた時の感覚に比べればいまこの身を襲っている感覚の方が圧倒的にマシだが死の気配はいまこの状況の方が強いように思う。

 腕が完全にはがれる直前、こんな依頼受けなきゃよかった、と思ったところで俺の意識は途絶えた。






「トール、おーい、着いたよー」


 どこか能天気さが感じられる声に呼ばれ目を開けるとフィナンシェに上からのぞきこまれていた。

 どうやら俺は草むらの上に寝かされていたらしい。

 そうか、俺は気絶してしまったのか。まぁ、なんであれ生きててよかった。


「びっくりしたよ。目的地に着いて後ろを振り返ったらトールが気絶してるんだもん。何かあったのかと思っちゃった」

「いや、まさか馬があんなに速いだなんて思ってなくてな。あの断続的に身体を襲ってくる振動と浮遊感はどうにかならないのか?」

「うーん、慣れるしかないかな。はじめのうちは足腰やお尻が痛くなると思うけど頑張って!」


 そう、俺はフィナンシェが操る馬の背に乗せてもらって、そして気絶してしまった。

 まさか馬があれほどまでに速く走れるとは思っていなかったのだ。

 人魔界で聞いていたよりもずっと速かった。徒歩で三日の距離をわずか数時間で移動してしまうとは。

 俺が人魔界で聞いた馬の話は嘘っぱちだったのだろうか。それとも俺の記憶違いか、この馬のスピードが常識外れだったのだろうか。

 なんにせよ、俺が気絶するはめになったのはギルド長に強制的に受けさせられた高難度依頼とやらのせいだ。

 ギルド長は高難度クエストと呼んでいたが、クエストというのは依頼という意味らしく、ギルド長以外に依頼のことをクエストと呼ぶ者はいないらしい。なんでそんな呼び方をしているのか知らないが呼び方くらい統一してほしい。


 昨日、ギルド長に強制的に依頼を受けさせられたあと、依頼をこなすのに必要だろうと言われ馬を二頭渡されたのだがそれが失敗だった。

 俺は馬に乗ったことがなかったため、フィナンシェの操る馬に二人で乗っていくことになったんだがそこで悲劇が起きてしまった。

 最初は普段よりも高い目線から見る景色や前に座るフィナンシェから漂ってくるいい香りに心躍らせていた俺だったがそんな余裕はすぐに消え去った。

 走り出した馬のスピードが加速するにつれ「まだ速くなるのか!」という期待が「ま、まだ速くなるのか?」という不安と恐れに変わるまでさして時間はかからなかった。

 予想もしていなかった程もの凄い速さで後ろへと流れ去っていく景色に馬の駆ける音、身体に伝わる振動と一瞬の浮遊感。そのどれもが俺の心に恐怖を刻みこみ、意識を彼方へと追いやったのだ。

 特に、身体が浮遊するあの感覚には何度も肝を冷やした。心臓がキュッと締め付けられるようなあの感覚はどうにかならないものだろうか。


「もう少ししたらダンジョンに入るから今のうちにしっかり休んでおいてね」


 フィナンシェは微塵も疲れた様子を見せずにそう告げてくる。


 今回の目的はカナタリのダンジョン奥地で極稀に発見されるという薬草の採取だ。

 依頼内容を聞いた時は、どうして薬草採取が命の危険を伴うような高難度依頼なんだと疑問にも思ったが、詳しい説明を聞いて納得した。

 なんでも、ダンジョン奥地というのは魔物で溢れ返っている危険地帯らしく、さらに運が悪いとそこで何日間も探し回らないと見つけられないような薬草を三日以内に採ってこいというのが今回の依頼内容らしい。

 多いときは一度に十体以上の魔物を相手にしなくてはいけないような危険地帯を長時間探索できる者は限られている。期限が短く難易度の高いこの依頼をどうしたもんかと考えていたところにスライムを連れた俺がやってきたからコイツに押し付けちゃえというのがギルド長の考えだそうだ。


 なんとも迷惑な話だが、世界最強の生物とそれを連れた男ならなんとかしてくれるだろうと期待してしまう気持ちもわかる。

 そんなこんなで期待通りの実力を持っていない俺たちにこの依頼が達成できるのかと内心びくつきながらダンジョンに向かうことになったのだがまさかダンジョン到着前に死ぬ思いをすることになるとは思ってもみなかった。

 依頼場所で死ぬならともかく、依頼場所への移動中に死ぬなんて絶対に笑い話にされるからな。そんなことにならなくてほっとした。

 しかし、もし無事に薬草採取に成功したとして、帰りもまた馬に乗って帰らないといけないのかと思うと憂鬱な気分だ。


『あれしきのことで気絶するとは情けない』


 さらに、先程から俺に向かって放たれているテッドの容赦ない言葉がただでさえ凹んでしまっている俺の心を抉ってくる。

 心が弱すぎるとか気構えが足りていないだとか好き勝手言ってくれてるが言い返せないほどの失態を見せてしまったのでどうしようもない。

 せめてこのあとの行動で見返すしかない、と言いたいところだがこのあとの方がもっと失態を見せてしまいそうなんだよなあ。

 なにせ、これから向かうのは魔物で溢れ返っているというダンジョン奥地だ。命の危機をびんびん感じる。

 カナタリのダンジョンはゴブリンやスケルトンなんかの人型の魔物が多いという話だったっけか?


「トール、テッド、準備はいい? そろそろ行くよー!」


 テッドの小言を聞き続けること数分。全然心休まらなかった俺とは対照的に元気いっぱいなフィナンシェの声が俺たちを呼ぶ。

 これから高難度依頼を達成しなきゃいけないっていうのにあんなに緊張感がなくていいものなんだろうか。いや、そういえばフィナンシェはかなりの実力者だって話だったか。なら、フィナンシェにとってはこんな依頼は大したことないのかもしれない。


「よし。テッド、なんとしてでも生きて帰るぞ」

『当然だ』


 こうして、俺たちは魔物はびこるダンジョン奥地へと足を踏み入れることとなった。






 ギルド長からもらった地図のおかげでダンジョン奥地までは簡単に来ることができた。

 ここに来るまでに遭遇した魔物は多くても一度に二匹までだったが、ここから先は一度に五匹、六匹いることも珍しくないそうだ。気を引き締めなくては。

 とはいっても、ここに来るまでに遭遇した魔物はすべてフィナンシェに一撃で葬られていた。

 実際に戦闘を見るまではフィナンシェが筋肉ダルマに勝利したという話も半信半疑だったが、いまならわかる。フィナンシェは強い。

 鋭い瞳で敵の動きを見極め、かわし、攻撃する。その姿はまるで澄んだ水のようにきれいで、冷ややかで、かっこよかった。

 しなやかな動きで敵の攻撃をかわし、間合いをずらし、隙を逃さず攻撃する。一連の動作には一切の無駄がなく、まさしく剣士の理想形の一つともいえる姿がそこにはあった。


「フィナンシェって本当に強かったんだな」

「急にどうしたの?」

「いや、昨日ギルドで俺に絡んできた筋肉ダルマが言ってたんだ。お前との決闘で負けたって」

「トンファさんのこと? それなら多分、いま戦ったら私が負けるんじゃないかな」

「へー、それはまたどうして?」

「色々あってね。いまちょっと本気が出せないんだ、私」

「へー」


 ん? なんかさらっと聞き流しそうになったけどいま結構重要なこと言ってなかったか?

 本気が出せないとか、今なら筋肉ダルマの方が強いとか。

 つまり、あれか。筋肉ダルマは化け物か。そしてフィナンシェの本気はそんな化け物のさらに上をいくのか。


『おい。そろそろ外に出たいぞ』


 ああ、そうだった。奥地に着いたらテッドをかばんから出す約束をしていたんだった。

 ここから先は冒険者もいないからな。人目を気にせず存分に外を楽しんでほしい。


『ふぅ、やっと外に出れたか。かばんの中は窮屈なうえに退屈で肩が凝る。早くなんとかしてほしいものだ』

《お前の肩ってどこだよ》

『言葉の綾というやつだ。気にするな。それよりもっと周囲を警戒しろ。何匹か近づいてきているぞ』


 トールの言う通り、前方から魔物が七匹近づいてきていた。

 怖い。あんな数、いくらフィナンシェでも捌ききれないんじゃないだろうか。そしたら何匹か俺たちの方に流れてくるよな。そうなったら、死。

 一匹くらいなら俺一人でもなんとかなる。二匹以上となると厳しいだろう。三匹来たら確実に死ぬ。

 あわよくばフィナンシェが全部倒してくれるかも、なんていう期待を抱きながら敵が接近してくるのを眺めていたらある程度近づいてきたところで敵が一目散に逃げ去り始めた。

 え、なんで? と思ったがそういえばこの世界の生物はテッドの出す魔力を嫌がるんだったな。

 人魔界ではそんなことなかったからすっかり忘れていた。さっきまではテッドをかばんに入れていたから普通に魔物も近づいてきていたし、ここから先はさらに魔物の数が増えると聞いてびびっていたが、そうか。魔物は三メートル以内に近づいてこないのか。そうかそうか。


「みんなテッドを怖がって逃げちゃったね。さすがスライム」


 テッドが強いと信じているフィナンシェがそんなことを言ってくる。


「それにしてもトールは凄いなあ。魔物が近づいてきても自然体っていうか構えの一つも取らないんだもん。ここに来るまでもそうだったけど、やっぱりトールからしたらあの程度の魔物はなんてことないのかな?」


 なんだろう。これは嫌味を言われているんだろうかと思えるような発言なのにフィナンシェの顔は真剣そのものだ。むしろ、目がキラキラしていて尊敬されているような気がする。

 俺が構えなかったのはびびって動けなかったからだし、ここに来るまでのことにしたってフィナンシェにすべて丸投げしていただけだ。戦わなくていいから楽だな、なんて考えながらぼーっとしていただけなのにその行動がなぜか好意的に受け取られている。

 すげーなこいつ。底抜けのアホだな。

 戦闘中はあんなにもかっこいいのに、どうして普段は元気と明るさしか取り柄がないようなアホ面を晒しているんだこいつ。不思議だ。まったくもって意味が分からん。

 実は二重人格というやつだったりするのだろうか。戦闘中だけ頭のいい人格が出てくるみたいな。


「フィナンシェ、お前ってなんかその、残念なやつだよな」

「え、どういうこと!?」

「いや、なんでもない。それより先に進もうぜ」

「なんでもないことないと思うけど! あ、ちょっと待って!」


 フィナンシェとテッドとくだらない会話を続けながら探索すること十二時間。やっとのことで依頼達成に必要な数の薬草を集め終えることができた。

 途中、中にいる魔物をすべて倒さないと出られない魔物部屋というところに閉じ込められたときはどうなることかと思ったがテッドの魔力に触れた魔物が暴走、狂乱。勝手に自殺、殺し合いを始めたことでものの数分で百体以上いたであろう魔物がすべて死体に変わったときはそのグロさとえげつなさにスライムの脅威を今一度確認することとなった。


 そういえば、ダンジョン奥地にも結構人がいたらしい。俺は姿を見なかったが、テッドが何度か感知していたので間違いないだろう。

 ダンジョン奥地は人が寄り付かない超危険地帯みたいなことを言われていたからびびってたけど、案外人がいるという情報を聞いてからはそこまで危険ってわけでもなさそうだなと安心できた。もちろん、テッドの魔力のおかげで敵が寄ってこないからこその安心ではあったが。


 薬草を集め終えたあとは来た道を数時間かけて戻りダンジョンの外で野営。

 夜が明けてから馬を走らせること数時間。昼頃にはリカルドの街まで戻ってくることができた。

 依頼を受けてからまだ二日。依頼達成の期日は明日だから無事依頼達成だ。

 命を懸ける覚悟で臨んだにしては拍子抜けな結果だったが全員無事に帰ってくることができてよかった。 

 正直、ダンジョン内での活動よりも行き帰りの移動の方がよっぽど大変で身の危険を感じたほどだ。本当に、生きて帰れてよかった。


 この二日間での成果は依頼達成報酬の金貨五枚にダンジョン内で拾った鉱物や魔物の素材が少々となった。依頼達成報酬はただでさえ高難度な依頼の上に期限が短かったことで相場の二倍以上の値段が支払われたらしい。

 一体何に使われる薬草なのかは知らないが太っ腹な依頼者もいたもんだと思っていたら、その依頼者が俺たちと直接会って頼みたい依頼があるという話をギルド職員が夜に宿まで伝えに来た。

 明日の昼に冒険者ギルドでその依頼者と会うことになったが今度は何を頼むつもりなんだろうか。戦闘が必要な依頼だと俺とテッドには荷が重すぎるのでどうか今回の薬草採取みたいな依頼であってほしいと願うばかりだ。

優雅さの欠片もなかった。これがタイトル詐欺というやつか。

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