遅刻と敬意
パーティリーダー。
詳しくは知らないが、パーティーで一番偉いやつ、だよな?
ただ、筋肉ダルマパーティを見ていると一番偉いやつではなく一番信頼されている者という印象もある。
人魔界にいた頃に聞きかじった話と筋肉ダルマパーティや他の冒険者パーティを見た感じだと、パーティメンバーをまとめることができ、パーティの最終決定権を握っている者がパーティリーダーということになるか?
パーティリーダーが最終決定権を握っている者だと仮定した場合、これまでの俺たちのパーティにおけるパーティリーダーは誰だったんだろうか。
テッドは俺を介さずにフィナンシェと意思疎通できないから除外するとして、これまでは俺とフィナンシェ、どちらがパーティリーダーかなんて考えたこともなかったからな。
俺はこの世界の常識に疎いし、冒険者としての実力も経験の長さもフィナンシェの方が上。
そのこともあって何かあったときにはフィナンシェを頼るようにしていたから心のどこかではフィナンシェがパーティリーダーだと思っていたかもしれないが、明確にどちらがリーダーだと意識したことはなかった。
とはいえ、どちらがリーダーかを意識した上でフィナンシェの行動を思い返してみると、フィナンシェは何かを決断する時には必ず俺の意思を確認してきていたように思う。
あれは最終決定権を俺に委ねていたからなのか、それともパーティリーダーとして俺の意見を加味した上で決定を下そうとしていたからなのか。
普段のフィナンシェの言動を思えば、最終決定がどうとかリーダーとしてだとかそういう考えは一切なしにただ単純に「トールの意見も聞くべきだよね」という至極真っ当な理由から訊いてきていただけかもしれない。
しかし、フィナンシェのことだ。
自分よりも俺の方が強いと勘違いしたままでもあるし、俺のことをパーティリーダーだと思っていてもおかしくはない。
ノエルもメンバーに加わり人数も増えたことだし、誰がリーダーかはっきりさせといた方がいいかもしれないな。
まぁそれはそれとして、今は眠いしもう寝るか。
リーダーが誰かは目が覚めてから訊こう……。
「おっそいじゃない! 大遅刻よ! 明日の朝集合って昨日言ったわよね!?」
朝のギルド前にノエルの怒声が響き渡る。
冒険者には気性の荒い者も多く、このあたりでは怒鳴り声なんて日常茶飯事。だから周囲の人たちがノエルの怒声を気にしている様子はないが、その声はまだ人の少ないこの時間、この場所ではやけに大きく聞こえる。
それにしても俺が寝すぎたせいで少し遅くなりはしたがそれでもまだ朝になったばかりなんだが。
朝集合と言われてその時間にここに来たのに、こいつはどうしてこんなに怒っているんだ?
「声がでかい。まだ日が昇ってからそんなに経ってないだろ?」
「冒険者が朝に集合って言ったら日が昇る前には来てるのがあたりまえなのよ!」
「そうなのか?」
「うーん、私はあんまり待ち合わせとかしたことないから……」
「そうなのよ! それがあたりまえなの!」
まだ集合時刻の範疇だろと思って口にした言葉は冒険者基準ではそうではないと否定され、そうなのかとフィナンシェに尋ねれば俺と組むまでパーティ活動なんてしたことがなかったフィナンシェはよくわからないと言う。
ノエルは強く主張してきているが、この場合はどちらが悪いのだろうか?
俺たちは朝と言ったら日が昇る前などという冒険者の常識を知らなかったわけだし、それならそうと朝なんて曖昧な時間指定ではなく日の出よりも前に集合と言われていればそうすることも可能だった。
これはどちらかというとノエルの伝え方が悪かったのではないか?
「次からは気をつけるよ」
「ふん、そうしなさい」
まぁ、ここで反論したら面倒くさいことになるのは確実だし、お前の伝え方が悪かったなんてことは言わないが。
ただこれは、あとで認識の擦り合わせをした方がいいな。
他にもノエルと俺たちのあいだで考え方に違いがあるかもしれないし。
「今日はどんな依頼を受けよっか?」
「そうね。まずは簡単な依頼がいいんじゃないかしら?」
怒鳴られたことを気にする様子もなく平然と話しかけたフィナンシェに対し、ノエルが意外にも無難な答えを返す。
ノエルのことだから俺の方を指差しながら「一番難しい依頼を受けるわよ! アンタにアタシの力を思い知らせてやるわ!」とでも言ってくるかと思ったが、そんなことはなかったか。
昨日の話し合いで決めた「まずはパーティとしての連携を確かめていく」という方針のおかげか?
話し合いといえば、昨日の話し合いのあと寝るまえに目が覚めたら訊こうと思っていたことがあったような……。
思い出せないな。もしかして気のせいか?
いや、夕方前に寝たはずなのに起きたらもう朝になっていたし、それで慌てて準備を整えてここまで来たからな。
長く寝すぎたせい、あるいは急いで防具を身に着けたり朝食を口に入れたりと忙しかったせいで忘れてしまったのかもしれない。
そこそこ大切なことだったような気がするんだがなんだっただろうか。
「ねぇ、フィナンシェさんの様子がおかしいんだけど。あれ、どうしちゃったの?」
「フィナンシェがおかしい? ああ、なるほど」
急に袖を引っ張られて何事かと思って横を向くと、珍しく困惑したような様子のノエルが小声でそんなことを訊いてくる。
それに対し、フィナンシェは大体いつもおかしいと思うんだがと考えながらフィナンシェに目を向けるとそこにあったのはいつものぽけーっとした姿ではなく、できる女という感じの凛々しい表情とピンと張り詰めたような空気を纏った外面フィナンシェ。
それを見て、ノエルの発言に得心がいった。
「外面フィナンシェだな」
「そ、外面フィナンシェ?」
「そう。外面フィナンシェだ」
まだ困惑している様子のノエルに、はっきりともう一度伝える。
「ギルドの中とか、戦闘中や魔物に襲われる危険のある場所なんかだとああなるんだ。たぶん集中するとあんなふうに凛々しくなるんだと思う。ノエルと初めて会ったときもあんな感じだったんじゃないか?」
「そういえば……」
俺がノエルと初めて会ったとき、フィナンシェはまだ外面モードでノエルと会話していたのを覚えている。ノエルもそのことは憶えているだろう。
それよりも一つ、さっきのノエルの発言の中に気になることがあったな。
「あと、ノエルがフィナンシェの名を呼んだのを初めて聞いたが、フィナンシェのことはフィナンシェさんって呼ぶんだな」
「年上に敬意を払うのは当然じゃない?」
「俺も年上なんだが」
「アンタは敵だからいいのよ。敵に敬意なんて払わないでしょ?」
「ああ、そう。まあ別に呼び方なんてなんでもいいけど」
「……それに、あの人には初対面の時に色々とお世話になったのよ」
「へぇ」
「な、なによその『へぇ』は!?」
誰に対しても高圧的なノエルが『年上だから』という理由だけで他人に敬称をつけるとは思えなかったが、最後にぽつりと呟かれた一言を聞いてなんとなく納得がいった。
ノエルがフィナンシェと初めて会った日、ノエルはテッドの魔力に触れて動けなくなってしまっている。
多分そのときにフィナンシェが何かしたんだろうな。
……まぁ、まったく別のことで世話になったのかもしれないが。
「これにしましょう」
話が終わりノエルが俺から距離をとったタイミングで、掲示板に貼られた依頼を吟味していたフィナンシェが二枚の依頼書を持って俺とノエルのそばまで戻ってきた。