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爆音カスタネット

 とりあえず、アッセ・スレッドという名の記されたカードを回収してからキャンプ地への帰還を目標に移動を開始。

 道中、二人から質問してもらいそれに俺が回答するという形式で状況説明を試みたが、話を聞いた二人の様子が少しおかしい。


「どう思う?」

「うーん、どうなんだろ?」


 知りたかったことは聞き終えたのか、二人からの質問が途切れたあとに二人のあいだで行われたそのようなやりとり。

 フィナンシェの方へ顔を向け意見を求めるように話しかけたノエルと、ノエルからの問いかけに曖昧な声を返すフィナンシェ。

 俺としては二人からの質問に答えていくことで大体の状況を把握できたし頭の中で整理もついたのだが二人の反応、特にノエルの反応が芳しくない。


「どうしたんだ? 何かひっかかることでもあったか?」

「はぁ? アンタ、おかしいと思わなかったの?」

「どういうことだ?」

「……はぁー。その様子だと、何も思わなかったみたいね」


 わからないから訊いたのに返ってきたのは呆れたようなため息と声。

 その後少ししてから「ダンジョンを出たらもう一度聞かせてもらうわ」と言われたが、ますます意味がわからない。


 攫われて、抵抗して、カスタネットを鳴らしてああなった。

 説明したのはそのことだけ。

 俺が攫われてからの短い時間の中で起こったことだし、改めて質問されてもあまり説明するようなこともなかった。

 せいぜいカスタネットを鳴らしたらオンサシビレ草が大量に飛んできたと付け加えた程度。

 何か考え込まねばいけないようなことを言った覚えはない。

 だから、余計にいまのノエルの態度が気になる。

 一体、何がおかしかったというのだろうか。


「俺の説明、何かおかしかったか?」


 なんとなく訳知り顔をしているフィナンシェに訊いてみる。


「たぶん、カスタネットのところじゃないかな? ノエルちゃんが気にしているのはそこだと思うよ」

「カスタネット?」


 返ってきたのはカスタネットのくだりにおかしなところがあったのではないかという答え。

 それを受け、カスタネットを使用したときのこととフィナンシェたちからの質問に答えたときのことを思い返す。

 しかし、自分が口にした内容を思い出してみてもやはりおかしなところがあるとは思えない。


《なぁ、テッド。一つ訊きたいんだが》

『なんだ?』

《カスタネットを使ったら大きな音が鳴ってオンサシビレ草が飛んできた。この説明に何かおかしいところがあるか?》

『ないと思うぞ』

《だよなぁ。けど、ノエルはそこが気になるみたいなんだ》

『そんなことは知らん』


 そりゃテッドならそう答えるよなと思いつつ、先頭を歩いているノエルの後ろ姿を眺めながらもう一度何かおかしなところがないか考える。

 フィナンシェから詳しいことを聞けば解決する悩みとはいえ、ここはまだダンジョンの中。それも、三猿が誕生するダンジョン奥地のすぐ近く。

 討伐作戦の名残とフィナンシェの持つ匂い袋のおかげで魔物が寄ってくる可能性は低いが、気配察知能力と戦闘能力に優れたフィナンシェの意識をこんなことのために割くわけにもいかない。

 フィナンシェもそう思ったから俺への詳しい説明を控え周囲の警戒に戻ったのだろう。

 カスタネットのくだりにおかしなことがあったというヒントはもらったのだし、ダンジョンを抜けるまでに自分なりに考えてみるか。






「もう一度聞くわよ。カスタネットを使ったらあの音が鳴った。そのことに間違いはない?」

「ないぞ」


 ダンジョンから少し離れた平野の上。

 後ろを気にしつつ「もう大丈夫かしら」と口にしたノエルからそう聞き返される。


 結局、ダンジョンを抜けるまで考えてみてもどこがおかしいのかさっぱりわからなかった。

 ノエルが気になっているのはカスタネットのくだりではないのかもしれないと思いカスタネット以外の質問とそれに対する返答を思い出してもみたが、自分のした説明に過不足があったとは思えない。

 幸いなことにノエルはもう魔物に襲撃される心配はないと判断したみたいだし、この疑問に対する答えはすぐにノエルの口から告げられるだろう。

 自力で答えに辿り着けなかったことに釈然としない気持ちもあるがそれは仕方がない。


「それで? 色々と考えてたみたいだけど、どこがおかしかったのかはわかった?」

「さっぱりだ」

「……アンタって、本当にバカなのね」


 ノエルからたびたび言われてきた、もう何度目になるかもわからない「バカ」という言葉。

 これまではノエルがそれを口にするときは俺に対する多少の嘲りと優越感が見えていた。

 しかし今の発言と態度からは疲れたような様子と同情的な目しか伝わってこなかった。

 俺の頭が良くないのは事実であるしそのことに異論はないが、急に態度を変えられると困惑してしまう。

 もしかして、今までは本当にバカだとは思っていなかったのだろうか?

 バカと言われたことに対して一度として反論した記憶もないし、頭の良さそうなところを見せた覚えもなかったんだが、それは俺がとぼけたフリをしているだけだとでも思っていたんだろうか?


「結局、何がおかしかったんだ? 早く教えてくれ」

「はぁー。まぁいいわ。聞きなさい」

「ああ」


 ダンジョン内で説明を聞いてすぐに聞き返してこなかったということは致命的なことではないのだろう。しかし、何かミスをしてしまったのかもしれない。

 そう思い、心して次の言葉を待つ。


「あのね、アンタはわかってないみたいだけどカスタネットはふつうあんなに大きな音を出さないの。アタシたちが音を聞いた時、アンタがいた位置からそこそこ離れた場所にいたのにかなり大きな音が聞こえたっていうのは説明したわよね?」

「説明されたな」

「それよ。そこがおかしいの。わかる? カスタネットはどんなに勢いよく鳴らしたとしてもそんなに遠くまで聞こえるようにできてないのよ。もしそんなに大きな音が出せるとしたらそれは兵器も同然。町中で鳴らされたら大惨事になるわ。そんなものが店にゴロゴロと並んでいるわけないでしょ?」


 たしかに。

 今も俺のかばんの中に入っているこのカスタネットはリカルドの街で普通に売られている商品。

 近くで鳴らされればうるさいとも思うし驚きもするが兵器というほどではない。

 十メートルも離れていればその音はかなり小さく聞こえる。

 にもかかわらず、フィナンシェたちは俺が倒れ込んでいた場所からかなり離れた場所にいたはずなのにだいぶ大きな音が聞こえたと言っていた。

 俺は音の発生源のすぐ近くにいたしカスタネットを思いっきり叩き合わせたこともなかったからあんなもんなんだろうと思っていたが、冷静に考えてみれば失神してしまうほどの音が出し放題な品が街中で売られているわけがない。


「けど、それはあれじゃないか? 思いっきり叩きつけたから」

「ありえないわね。さっきも言ったけどアレはそんなに大きな音が出せないようになってるの。はっきり言って、あの時の音は異常だったわ。本当にカスタネットを鳴らしただけなんでしょうね? 何か隠してない?」


 一応反論を試みてみたが発言の途中で即座に否定される。


「本当にカスタネットを鳴らしただけだ。他には何もしていない」

「信じがたいわね」


 目を細めたノエルに問い詰められるも本当にカスタネットを使用した以外に覚えがない。

 テッドもカスタネットから音が出たと言っていたし、ノエルたちが聞いた音がカスタネットから出たものであることは疑いようがない。

 詳しく聞くとカスタネットには音を抑える魔法効果が付与されているためにどう頑張っても定められた上限以上の音は出せないということらしいが、俺の買ったカスタネットは壊れていたのだろうか?

 俺としては大きな音が出てくれたおかげで助かったところもあるが、謎だな。

 本当にどうしてそんなに大きな音が出たのだろうか?


「何か心当たりはないのかしら? 実は道具に頼らずとも自力であの音を出せるとかそんなことはない?」

「ない」

「本当に?」

「本当だ」

「嘘言ってるんじゃないでしょうね?」

「言ってない」


 その後も似たような問答が続いた末、ノエルは納得がいってないような顔をしながらもなんとか引き下がってくれた。

 ……というか、失神するだけで済んで運がよかったな。

 あのときはそれほど大きな音が出ているとは思いもしなかったが、かなりの爆音が轟いていたという話。

 大きな音を聞いたせいで耳が聞こえなくなったり身体に異常をきたしたりという話もあるくらいだ。

 もし運が悪ければ死んでいたかもしれない。

 そんな考えに今更ながらゾッとしつつ、少し寒い思いをしながらもキャンプ地までの道を静かに歩いた。

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