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混濁する意識

 こめかみに何かがぶつかる感触。

 ゴッ、という音のあと頭がぐわんと揺れる。


「いててて」


 左側頭部を左手で押さえながら目を二、三回瞬かせると徐々に意識がはっきりしてきた。

 目の焦点が定まり、ぼや~、としていた視界もくっきりとしてくる。


「あ、トールおはよ~」

「アンタ、なんでまた寝てんのよ! ダンジョン内で寝るなんて、もしかして本当にバカなの?」


 倒れている俺の顔を何かを食べながら覗き込んでくるフィナンシェと、俺の顔のすぐ横で左手を腰に、右手の人差し指をこちらに向けて指差しながら偉そうに見下ろしてくるノエル。

 右側にいるフィナンシェは座っていて左側に見えるノエルは立っていること、これについ先ほどの頭への衝撃を合わせると……。


《テッド、もしかして俺、ノエルに蹴られたか?》

『結構な勢いだったぞ』

《やっぱりか》


 テッドの意識があるかどうかを確認する意味も込めての質問だったが、返ってきた答えに頭が痛む。

 どうして簡単に他人の頭を蹴ることができるんだこいつはという思いとまだ抜けきっていない衝撃のせいで、二重の意味で頭が痛い。


 記憶が曖昧だが、たしかどこかに連れ去られそうになってそれに抵抗しようとしたら地面に落ちたんだったか?

 そう考えると、全身が痛いような気もしてくる。

 だが、身体よりも頭の方が痛い。

 どれだけ強く蹴られたんだ、俺は。


「なにぼさっとしてんのよ。目が覚めたなら早く起き上がってこの状況の説明をしなさい」


 状況の説明?


「アンタ、ここで何をしたのよ?」


 何をした?


 ノエルの言葉の意味がわからず、とりあえずビキビキと痛む身体をゆっくりと起き上がらせ周囲を確認する。

 目に入ってきたのはオンサシビレ草らしき草が大量に散乱している地面。

 射出された勢いが凄かったのか、樹木に深々と突き刺さっている草もいくつか散見される。


「……なんだ、これ?」

「なんだ、って、アンタがやったんでしょ?」

「そう、なのか?」

「まだ寝ぼけてるみたいね。もう一発必要かしら」

「いや、蹴りはもういい」

「あら、そう? なら次は魔術にしてみましょうか」

「いま思い出すからちょっと待ってくれ」


 冗談なのか本気なのかいまいちわかりにくい物騒な発言をし始めたノエルに待ったをかけるも全然思い出せない。


《なぁ、テッド。何があったんだ?》

『憶えてないのか?』

《ああ、まったく何も。どうしてこんなことになっているんだ?》

『簡潔に言うとだな――』


 面倒くさそうに説明してくるテッド。

 テッドから話を聞いた結果、俺がカスタネットを使用したせいでこんな状況になったということがわかった。


『思い出したか?』

《なんとなくそうだったような気はしてきたが……ああ、いや。だいぶはっきりと思い出してきた》


 ぐわんぐわんと頭を揺らしていた衝撃が鳴りを潜め初め、若干混濁していた意識が朧気だった記憶を思い起こさせようとするかのようにまとまり始める。


 テッドのおかげでだいぶ思い出せてきた。


 たしかに俺はメルロの伸縮機能を使ってカスタネットを打ち鳴らした。

 テッドの魔力で敵をびびらせる効果も狙って、テッドにかばんから出てきてもらいカスタネットを投げてもらった覚えがある。

 手首が動くことは確認していたし、もし仮にカスタネットが投げられた先とメルロの先端が伸びる先に齟齬があったとしてもテッドに指示をもらってメルロの軌道を修正すればカスタネットに当てることはできる。そう思って、ありったけの魔力を注ぎ込むつもりでメルロに魔力を流した。

 結果、メルロは勢いよくカスタネットにぶつかり、カツンと軽く打ち合わせるだけでもかなりの音量を出すことのできるカスタネットをガツンと全力で打ち鳴らしてしまった。


 身体の芯を大きく揺らすほどの音が全身をかけまわったことと脳が揺れるような感覚、それと耳と頭に走った激痛は覚えているが、そのあとの記憶はない。

 本来なら軽く打ち鳴らす場合でも防音機能に優れた耳当てを着用しなくてはいけないほどの音量。それを遥かに上回る音を手で耳を塞ぐことすらできずに間近で聞いてしまったのだから倒れるのもやむなし。

 俺が意識を失ったのはあの激痛の直後か。

 目覚めたとき頭が痛かったのはノエルの蹴りのせいだけじゃなかったんだな。


「思い出したぞ。たぶん、フィナンシェたちはここに来る前に大きな音を聞いたんじゃないか?」

「ええ、聞いたわね。というより、その音を聞いてここに来たのよ」

「すっごい大きかったよね、あの音。ドゴォーンッ、って派手な音!」

 

 思い出そうとする必要がないほど印象的な音だったのか、即座に返答をくれる二人。

 音が聞こえていたなら話は早い。


「その音を出したのが俺だ。そしてこうなった」


 俺のわかりやすい説明に「へぇ、そうだったんだ~。さっすがトール!」と納得しているフィナンシェとどんな感情でいるのかポカンと口を開けながら俺を見つめてくるノエルの二人。


「…………え? 説明終わり?」


 説明も終わったし「さあ、キャンプ地に戻ろう」と言おうとしたところでノエルが急に素っ頓狂な声を上げた。


「なにかわからないことがあったか?」


 個人的にはすごくわかりやすい説明だったと思うのだが……。


「わからないことだらけよ! アンタ、まさか今の説明で納得してもらえるとでも思ってたの!? 全然説明になってないわよ!」

「けどフィナンシェは納得してくれてるぞ?」

「それは特殊なケース! 普通はわけがわからなくていまのアタシみたいになるわよ!」


 フィナンシェの「あれ? ノエルちゃんも『さっきの音にオンサシビレ草が反応したのね。だからこんな状況に……。とにかく、ここがあの音の発生源なのは間違いないわね』って言ってたよね? トールがあの音を出したからこうなった。それで説明は終わりな気がするんだけど……」という言葉に耳を貸すこともなく俺の完璧な説明を否定するノエル。

 たぶんだが、フィナンシェは俺とテッドなら何をしてもおかしくないと思っている。だからさっきの俺の説明にも「トールが言うならそうなんだろう」と俺の言葉を信じてくれたにちがいない。

 だがノエルは違う。ノエルは俺たちと知り合って間もないし、俺に敵対心を抱いている。だからフィナンシェとは俺の言葉の受け取り方が違うのだろう。

 よくよく考えてみると、どうやって音を出したのかとかどうして俺がここに倒れていたのかとか、色々と説明が不足していたように思う。


 とはいっても、テッドから聞いたのは俺がメルロを使ってカスタネットを鳴らしたらオンサシビレ草が飛んできて敵をカード化させたということだけ。

 それを聞いていくつか思い出したこともあったが、こうなった経緯に関しては俺自身まだ完全に思い出せたわけでもない。


 話を聞いていた限りだと周囲に散乱しているこの草はこの世界でもオンサシビレ草と呼ばれているらしいし音に反応して飛んでくるという特徴も人魔界のモノと同じ。

 やはりと思いつつもまったく同じ名称で呼ばれていることに少し驚きもしたが、フィナンシェとノエルの二人がそのことを知っているのであれば「どうしてオンサシビレ草が大量に散乱しているのか」という問いには「大きな音を出したから」以上の説明は不要。


 いや、違うか。

 ノエルからの質問は「俺がここで何をしたのか?」だったような気がする。

 どうしてここにオンサシビレ草が散乱しているのか、なんて一言も口にしていないな。


 ……ダメだな。

 今の俺が自分で考えて説明しようとしても無駄かもしれない。


 たしか、頭の中に入っている脳は物事を考えるために必要な器官。そして脳は衝撃に弱い。

 孤児院ではそう習った。

 意識を失う直前のことも思い出し始めているしどこにも異常はなさそうだと思っていたが、実はまだ意識がはっきりしていないのかもしれない。


 俺が考えて説明しようとするよりもノエルとフィナンシェから一つ一つ質問してもらってそれに丁寧に回答していった方が俺も情報の整理ができるし上手く状況を説明できるのではないだろうか。

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