一瞬の気の緩み
今回、別視点です。
数刻前、トールとフィナンシェは敵の正体と居場所を探る方法が思い浮かばず頭を悩ませていた。
迂闊に動けば死を招く。
その場に居座り続けても敵に見つかるのは時間の問題。
それは理解していたが、しかしどうすれば敵を見つけられるのか、あるいは敵から見つからずに逃げ切れるのか、それがわからずにいた。
これに対し、解決策を提案したのがノエル。
ノエルの提案した方法は単純明快。
敵をおびき寄せ、倒す。
敵の正体や居場所がわからないのなら敵の方からこちらに来てもらえばよい。
見つけるのではなく、見つけてもらう。
すでに魔力が八割方回復していたノエルは自身が戦闘可能であると判断し、敵と戦う選択をとった。
攫い屋の二人は敵に雇われている。
その仕事内容は標的を攫い、雇い主に引き渡すこと。
それならば当然、雇い主と接触することも可能。
仕事が成功した時のために待ち合わせなり合図なりといった手段で雇い主と連絡が取れるようになっているはず。
ノエルのその読みは当たり、攫い屋は標的の確保に成功した暁にはあらかじめ決められた発光信号を送ることで雇い主と合流する手はずとなっていた。
そしてトールたちはそれを逆手に取った。
数時間前にトールたちが襲撃を受けた際、トールたちはまだ起きていた。
さらに部屋には三人+スライム。
寝込みを襲うでもなく、一人の時を狙うでもない。
あのタイミングで攻め込んできたということは敵は馬鹿か、そうでなければ相当の自信家。
そしてそのことから浮かび上がる敵の人物像は思慮の浅い直情バカ。
まだ見ぬ敵に対するトールたちの見立てはそんなところだった。
「敵はバカよ。アタシたちを追い詰めたと聞けば絶対にむこうからやって来るわ」
ノエルのその言葉通り、合流した攫い屋の男から「標的を追い詰めたがトドメを刺しきれなくて困っている。今は相方が抑えているが早くしないと逃げられるかもしれない」といった旨の情報を伝えられたカードコレクターは手下を引き連れてのこのことトールたちの前に姿を現し、そして倒された。
トールたちが見晴らしの良い開けた場所にいた理由は敵が伏兵を用意していた場合に備えたため。
もし伏兵が接近あるいは遠距離から攻撃してきたとしても、フィナンシェやノエルならその存在を察知してから一秒もあれば対処が可能。
重要なのはいかにしてその一秒を確保するか。
周囲に隠れられる場所がないため敵を容易に近寄らせずにすむ伏兵との距離を空けやすいその場所は、伏兵に備える上でとても都合がよかった。
敵を目の前まで引きずりだした後は簡単。
疲弊しているフリをして敵を油断させ、他に仲間がいないかどうか確認してから倒すだけ。
伏兵の有無を確認したのちノエルの精神干渉魔術で昏倒させ、拘束。
拘束後は、他に仲間はいないか、どうして襲ってきたのか等、いくつかの詳しい事情を聴いてからカード化させ、この国の兵士に引き渡す予定……だったのだが、ノエルが敵の嘲りに激昂したため九人の敵全員がその場でカード化。
魔術で敵をカード化させた時のノエルの心情は作戦が上手くいったことへの喜び七割、相手への怒り三割だったが、感情の幅が常人よりも大きいノエルの三割は敵をカード化たらしめるに十分な威力を発揮した。
トールとフィナンシェは拘束・尋問の過程を経ることなく敵がカード化させられてしまったことに多少思うところがあったものの、ノエルの行動に対して文句を言うことはなかった。
もとよりこの襲撃はトールとテッドを狙ったもの。しっかりとした裏付けはとれていないが、今回の一連の騒動の原因が自分たちにあると認識しているトールはノエルに対し感謝の気持ちとそれを上回る申し訳なさでいっぱいだった。
フィナンシェはフィナンシェで油断はできないと思いつつも敵の親玉らしき人物とその取り巻きたちを捕えられたことに安堵し、キャンプ地に戻ったらモラードカレーの残りがないか訊いてみようかなーなどと間の抜けたことを考えていた。
ノエルに至っては生意気な敵を作戦通り仕留められたことにご満悦。ふんす、と鼻息を荒くしながらもドヤ顔で仁王立ちをし、勝ち誇った声で「どう? 勝てると思った相手に負けた気分は。あ、カード化中は聞こえないんだっけ?」とカードに向かって一人遊び中。
三人が三人、警戒心を薄れさせていた。
狙われたのは――まさにその瞬間。
遠く離れた木々の間から飛んできた糸がトールの身体を素早く拘束。トールが己の身体に何かが巻き付いてきたと認識した時にはすでにトールの身体は宙へと浮いていた。
ピンと引っ張られた糸の先へと物凄い勢いで攫われていくトール。
異変に気付いたフィナンシェがトールに向かって手を伸ばし、ノエルが魔術を行使しようとするも寸でのところで間に合わない。
トールの姿は深い森の中へと消えていき、トールを攫った者の気配もすでになかった。
敵をカード化し、伏兵の存在も確認できず、三人が気を緩めた瞬間。且つ、フィナンシェとノエル二人の視線がトールから外れたその一瞬のできごと。
それゆえに、フィナンシェとノエルの反応が遅れた。
「まずいわね」
「どうしよう!?」
ノエルとフィナンシェが焦った声を出す。
三人がほんの少し油断した、そのほんの一瞬の好機を逃さず企みを成功させた技術と胆力。
トールを連れ去った時でさえ自身の正確な位置を悟らせなかった完璧な気配隠蔽能力。
先ほどカード化した九人とは違う、正真正銘の手練れ。
その手練れに連れ去られたトールとテッドを追いかけるようにして、フィナンシェとノエルは走り出す。
(アタシとの決着がつく前に勝手にどこかへ行くなんて許さないわよ!)
ノエルはトールと優劣をつけるために。
(どうしよう!? トールもテッドもまだ朝ごはん食べてないのに!)
フィナンシェはトールとテッドの腹の心配をしながら。
トールとテッドを追いかけ走り出した二人だったが、連れ去られたトールたちの身を真に案じている者は誰一人としていなかった。
背負っているかばんを巻き込むようにして己の身体に幾重にも巻き付けられた太く頑丈な糸。
森の中を凄い速さで疾走する眼光の鋭い男に担がれながら、その糸からなんとかして抜け出せないかとトールはもがく。
うつ伏せに担がれ、糸でグルグル巻き。身動きも取れない。
見えるのは男の背中と地面ばかり。
かばんの中からテッドに協力してもらっても糸はびくともしない。
ただし、知り得たこともある。
担がれる際にチラリと見えた男の横顔と現在進行形で見え続けている男の背中――正確には、鋭い眼光と鎧。
この二つに、トールは見覚えがあった。
次回も別視点です。
本当は次回はトール視点に戻る予定だったのですが、なぜか伏線を盛り込んださして重要でもない一人のキャラクターの人生(別名:キャラ設定)を一話分執筆してしまったのでそれを投稿しようと思います。